4.2.9 ダンジョン・アタック! その九
「走れ走れ! 全力でだ!」
「言われずとも!」
「くそったれ!」
御堂、ブルーロ、オーランの三人は暗い洞窟の中を駆けていた。つい数分前までは凱旋ムードであったのに、どうしてこうなったのか。
ことは数分前──
***
最初に気付いたのは最後尾にいたオーランだった。
彼がした「落盤か?」という呟きの言葉は、前を行く二人の足を止めさせた。
顔を見合わせた御堂とブルーロは、勘が鋭い方であるし、何より楽観主義者ではなく現実主義者だ。
「ミドール殿、凄く胸騒ぎがするのですが」
「奇遇だな、俺もだ」
きっと、互いに同じ予感がしている。その答え合わせは直後、盛大な破砕音によって行われた。具体的には、通路を構成していた岩壁と天井が崩れる音。更に言えば奥から出口に向け、音はどんどん近づいて来ている。
「っ急げ! 早く!」
どうしてだとか、なぜだとか、そういった疑問を口にする間も惜しい。余計な荷物を放り捨て身軽になった三人は、一斉に走り出した。
***
(お約束と言えばそうだが、実際に味わうとたまらんな……!)
ランタンを手に先頭を走る御堂は、脳裏に日本製アニメにおける冒険物のお約束『ラスボスを倒したら崩壊するダンジョン』を思い浮かべていた。
文字通り、先ほどまで自分たちがいた後方からは、盛大な崩落音が聞こえている。そしてそれはこちらを追いかけるように近づいてきているのだ。
「あと何トメルだ!」
「こうも暗い閉鎖空間ではなんとも!」
思わず残りの距離を尋ねた御堂に、ブルーロが無情に返答する。聞いた側にもわからないのだ、同じ環境にいた側にわかるはずもない。
「とにかく走るしかないだろ!」
ごもっともだ。内心で返して脚を加速させる。先ほどの戦いで疲労困憊、身体に鞭打つとは正にこのことだった。しかし、そうでもしなけば待ち受けているのは圧死である。
緩やかなカーブを曲がる。片手に持ったランタンは、振り回されながらも光源として周囲を照らす。曲線を抜けた先で暗闇に一筋、光がさした。
「やっとか……!」
手持ちの光源以外の光とすれば、それは出口に違いなかった。あと少しで助かる。その事実に安堵から気が抜けそうになるが、満身の力を込めて地面を蹴り続ける。
崩落の音は、すでに後方十メートルまで迫って来ている。パイロットとして空間認識に長けた御堂の頭で、絶望的な試算が成された。
(天井が崩れる方が先か!)
音の聞こえ方からして、自分たちが出口を抜けるより通路が崩れ落ちる方が僅かに早く思えた。だがどうするかは浮かばない。
(さしもの陸上自衛隊とは言え、洞窟の発破などしたことがない!)
土木作業は慣れたものだが──駄目元で数歩後ろを行くブルーロに叫ぶ。
「魔術でなんとかできないか! 僅かに間に合わないかもしれない!」
「術は万能の力ではありません!」
優れた魔術師でも流石にできないことはあった。「とにかく走れ!」とオーランが掠れた声をあげる。
(それでもどうにかしなければ、全滅するだけだろう……!)
残り五十メートル。音は後方数メートルまで来ていた。計算するまでもなく間に合わない。手持ちの道具では崩壊を止められない。
(俺ではどうにもできない、だがブルーロなら!)
咄嗟に頭に浮かんだのは、これまでブルーロが放った魔術であった。巨大な氷柱、火炎球、強い風。どれが有効かを即座に推測し始める。
(火炎で吹き飛ばす、駄目だ。風で受け止める、無理だ。氷で──)
三つ目の発想で、御堂は閃きを得た。魔術師でもなく魔術に疎い御堂では、それができるかどうかわからない。それでも賭ける他なかった。
残り二十メートル。音はもうオーランのすぐ後ろまで来ている。
「ブルーロ! 天井を凍らせられるか! 応用だ!」
「──やってみせましょう!」
この世界で特に学がある騎士は、授け人の突拍子な提案を即座に呑み込んで理解した。腰から短杖を振り抜き、勢いのまま頭上の僅か後ろへ穂先を向ける。
「せやっ!」
気合と共に発せられた魔術は、騎士が魔素を絞り出した故の威力を発揮した。杖の先端から放出された白い霧。可視化できる程の冷気がオーランの頭上を飛び越える。
「二人とも何をっ」
魔術師でないオーランがその行為の意味を察したのは、迫ってくる音が止まったからだった。何事かと思わず脚を止めかけた。
「止まるな! すぐ崩れ出すぞ!」
その通り、崩落が止まったのは僅か数秒で、すぐに硬い物が割れて崩れる音が鳴り始める。ぎょっとしてオーランは減速しそうになった駆け足を早める。同時にまた音が近づき始めた。
出口から差し込む太陽光が大きく、強くなる。残り十メートル。五メートル。一メートル。
「うおお!」
誰ともなく雄叫びをあげた。脚が限界を迎え、御堂はランタンを放り出して地面を転がる。続くブルーロも前のめりになって膝を着き、最後にオーランが飛び出した。直後、砂場の山を崩すように洞穴は潰れた。
「つ、爪先に石が当たった……」
ヘッドスライディングで地面に腹をつけたまま、オーランは汗塗れの顔を青くした。もしあそこで御堂が言ってくれていなければ、自分は足を止め崩落に巻き込まれていただろう。
「間一髪でしたな……しかし、ミドール殿の機転はやはり凄まじい」
「賭けに勝っただけだ……こんな博打はもうしたくない」
立ち上がることもできず地に尻をつけたまま、荒げた呼吸をしながら吐き捨てた。実際、魔術を知らない身でするには一か八かの考えだった。何であれば、魔術師であるブルーロからしても考え付きもしない策だった。
疲労と魔術の過剰行使が堪えたらしく、ブルーロも座り込んだ。
「賭けと言いますと、あれは確信があったわけではないと?」
「氷を生み出す現象が完全なる魔素によるものか、科学……自然的要素からなるものかが、賭けだった」
「なるほど、前者であれば天井を凍らせることはできなかったと、そういうことですな」
納得しながらも「カガク、というものはよくわかりませぬが、ご教授願っても?」と聞いてくる異世界人に、御堂は勘弁してくれと首を横に振って地面に倒れ込んだ。
「とかく、ミドール殿にはまた助けれた……娘に良い土産話ができる」
「ファルベスのことだ、きっとミドール殿への尊敬を強めるでしょうな」
「魔術の使い方について小言をされるだけだろう……」
しばらく動けそうにない。冷えた汗の感触に心地良ささえ覚えながら、御堂は暗闇に慣れた目には強過ぎる日差しに、目を細めた。
(だが、報告はどうすればいいんだ)
***
それからしばらく。村に立ち寄り丸一日の休憩を挟んでから、御堂は玉座に座るムカラドの前に立った。悩んだ末、御堂は包み隠さず全てを話すことにした。信じる信じないは、領主に任せることにしたのだ。
「──以上が、今回の件に関する報告となります」
「ふむ」
正味十分の説明を聞き、ムカラドはそれだけ言ってしばらく黙り込んだ。肘置きに置いて右手の指で、木製のそれをとんとんと叩いている。何か考えている際の癖だった。
「……これを言ってきたのが其方でなければ、戯言か妄言だと切って捨てられたのだがな、嘘偽りはないのだろう」
「はい、自分の知り得る全てをお話しました」
「そうか……今、私は今回の件における元凶に勘づいている気がしているのだ。其方にもわかっていると思うが」
「それは授け人、でしょうか、自分と同じ」
御堂の言葉に、ムカラドは「やはりわかるか」と頷いた。
「そのような埒外なことを考え、実行するのはいつも授け人という異邦の者だ。如何にして行ったのかまではわからんがな」
言動は授け人を批判するようであったが、御堂を見つめる目に敵意などの悪感情はなかった。だからこそ、御堂は小さく頭を下げただけに留めた。
「して、この勘が其方にどう関係するかだが……それを話す前に彼奴の相手を頼んでも良いか」
「彼奴?」
話を中断した領主の視線に合わせて振り向いた先。閉ざされた扉の向こうから軽いながらも大きな足音と「ミドール! お戻りになったのですね!」という少女の高い声が聞こえた。
「……自分がいない間のラジュリィ様のご様子は、如何だったのでしょうか?」
「少しばかり親子で話してみたのだが、まあ、その、なんだ……父とは時に、弱い存在となるものなのだ……」
「……それだけでも察せられました」
かの娘の父である領主の手前、がくりと肩を落とさずに済ませた御堂の前で、扉が開け放たれる。
「おかえりなさい、騎士ミドール!」
満面の笑みを浮かべた彼女に、御堂もなんとか微笑を返したのだった。
〈第四章二節 ダンジョン・アタック! 了〉
作者体調不良につき、療養のため一か月から二ヵ月の間、休載させて頂きます。
ブックマークを頂きました皆様、読者皆様には申し訳ありません。
しばらくは書き溜めを行い、ペースを取り戻すことに専念したいと思います。
エピローグまでプロットを用意しておりますので、エタることはありません。
しばらくの間、お待ちいただければ幸いです。
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どうか本作品を今後ともよろしくお願い致します。




