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4.2.8 ダンジョン・アタック! その八

 数秒の間、三人は構えを取ったまま動けなかった。死角で起こっている事象に想像を巡らせている。


 御堂はここまでに感じていた“お約束”に対する確信を、ブルーロとオーランはあり得ないと言う思いを、それぞれ脳裏に浮かべていた。

 それでも共通していたのは、戦士として感じる嫌な予感と想像。可能ならば今すぐにでも撤退したかった。


 それを現すように三人が後退りする。だが距離を取る前に、複数多種の産声があがった。


「……ブルーロ、一応聞いておくが、こういった類の魔獣はこれまでに確認されているのか?」


「ご冗談を……」


「だろうな」


 その一言だけで十分な答えであった。どうするべきか、打開策を講じようと考えをまとめようとするが、それより早く大蜘蛛の背後からそれらは押し寄せてきた。


「くそっ、予想通りだな!」


「とにかく叩き伏せるしかあるまい!」


 悪態をついたオーランと覚悟を決めたブルーロが、黒い粘液をまとった魔獣、四足歩行に二本の腕を持った蜥蜴や毛むくじゃらの巨大な熊、鎌を四本携えた蟷螂を相手に立ち向かう。


「ミドール殿、何か策を講じていただきたい!」


「俺たちが時間を稼ぐ!」


「なっ……」


 それは実質の戦力外通知か、否、二人は御堂の持つ知識と戦略眼に賭けたのだ。すぐにその意図を汲み取れたのは自惚れではなく、受けてきた信頼によるものだった。


「……わかった、三十秒だけくれ!」


 御堂の返事に、二人は応とも言える掛け声で応える。囲まれないように立ち回り、大蜘蛛の吐瀉物を避け、確実に魔獣を仕留めて行く二人は、紛う事なき猛者だ。


(その猛者を、見す見す死なせるわけにはいかない――)


 思考を回す間にも、不気味な排泄音と共に魔獣が産み出され、二人に襲い掛かっている。


(戦場を俯瞰し、後方で作戦を考える立場というのは、これほどまでに重圧があるものだったのか)


 ろくな小隊指揮の経験もない御堂は、焦りと胃痛に苛まれる思考を必至に回す。


「考えろ、御堂 るい……いや」


 逆の発想だった。考えるまでもない。あれが大ボスであれば、もしこのダンジョンを“産み出した授け人”が、そう言った趣味趣向を持っている人物だったとすれば。


「これは賭けか……いいや、確信がある!」


 叫んだ御堂が、太股のポーチから素早く切り札を取り出す。手に取ったのは五百ミリペットボトルに近い形状をした、鉄製の筒であった。先端には引き抜きピンが刺さっている。


「ブルーロ! 小さい物体を射出できる魔術はあるか?!」


「なんですと?!」


 切れ味が鈍くなってきた剣を振り、蟷螂を斬り伏せたブルーロが振り向かずに聞き返す。


「拳より一回り大きい道具を、大蜘蛛の口に叩き込むんだ! 頼めないか!」


 魔術師でもある騎士はその頼みに一瞬戸惑った。そんな用途で魔術を使うことなどないし、聞いたこともない。だが、己が信じ命運を託した者に応えるのも、騎士の役目。


「成功するかはわかりませぬが、やってみせましょう!」


「最悪は外れても良い! オーランは合図したらこちらまで駆けてくれ!」


「わかった!」


 ぶっつけ本番の作戦が始まり、各々が動き出す。魔獣の囲いから素早く抜け出し、御堂の前まで戻ったブルーロが短杖を構え、集中する。


 そこへ追いすがろうとする魔獣に、オーランが飛びかかり斬りかかり、引き付けてみせた。油と体液がこびりつき、切れ味のなくなった剣で果敢に立ち向かう。


「ミドール殿、奴の口を開けさせる策はありますか!」


 今、御堂とブルーロがいる位置からでは、大蜘蛛の口を直接狙えない。前に立てば粘着物が飛んでくるからだ。しかし御堂にぬかりはない。


「当然だ! 俺がこれを投げたら動く、後は合わせてくれ!」


 対応策を細かく伝える時間はない。ブルーロが頷いたのを確認したと同時にピンを抜き、頭上へ放り投げた。そして、


(行くぞ、行くぞ、行くぞ!)


 自身に檄を飛ばして、全力で大蜘蛛の真っ正面へ駆け出した。ブルーロがぎょっとするが、それでも短杖を構えた腕をぴくりともさせない。足音で察したオーランも、声を出さなかった。


 鉄筒がくるりと回転しながら落下し始める。それより速く、全力疾走で御堂は駆ける。

 鉄筒が落下するまでもう三メートル。大蜘蛛が射程に入った得物を捉えた。首を回す。

 鉄筒がブルーロの目の前、魔術行使範囲に入る。大蜘蛛と眼があった。口が開く。


(――ここだっ!)


 端から見れば、それは大転倒であった。膝と肘を同時に地へ着け、続いて身体全体で落着する。両腕で肺と頭部を守りながらのそれは、変則的な受け身だった。その頭上を黄ばんだ塊が飛んで行く。


「お見事!」


 その隙を上級魔術師は見逃さない。氷柱や火炎を飛ばす力を使い、即席で組んだ魔術は、どんぴしゃりのタイミングで落ちてきた鉄筒。“高性能爆薬手榴弾”を高速で撃ち出した。


 果たしてそれは粘液と入れ替わるように大蜘蛛の口内へと吸い込まれるように入り、嚥下させる。確認する間も惜しく、御堂は伏せたまま両手を頭部にやった。対爆発姿勢。訓練で身体に染みついた動作を終えた直後。


 ずどんっ、という爆音が、くぐもっているにも関わらず空間に鳴り響いた。

 想定した衝撃が来なかったことに不安を覚えながらも、御堂は頭を上げる。自身の作戦は成功したのか、


「……やったな?」


 口から出たのは、勝利宣言であった。


 大蜘蛛の元から肥大していた頭部は更に膨れ上がり、亀裂が入り、複眼のいくつかは飛び出していた。胴体にも損傷を受けたのか、残っていた脚が全て外れ音を立てて倒れる。


 対人ではなく対物用の、破片ではなく純粋な衝撃と高熱を発する現代兵器を前に、あれだけ忙しなく動いていた大蜘蛛は完全に沈黙した。


(……教官に言われて備品にしていたが、本当に役立つ日が来るとはな)


「流石は、ミドール殿ですな」


「何をするのかと冷や冷やしたが、見事な覚悟と健脚を見せてもらった」


 気付けば、ブルーロとオーランがこちらに来て、倒れたままの御堂に手を伸ばしていた。それを握って立ち上がる。


「他のは……」


 言ってから、聞くまでもないと悟った。数多の魔獣が動き回っていた音も気配もなくなっている。代わりにあるのは、黒い粘液の水たまりだけであった。


 これが奇妙な魔獣の正体だったようだ。


「今回ばかりは、本当にどうなるかと思ったな……バルバドの前に飛び出した時よりも恐怖があった」


「誠に、ミドール殿がいなければ、我々は二人揃って息絶えていたでしょうな」


「あまり持ち上げないでくれ、共にいたのがブルーロとオーランでなければ、俺も死んでいる」


 互いに互いを讃え、周囲の軽く見渡してから残敵がいないと確認すると、御堂は膝に手をついた。


「しかし他人に前を任せるというのは辛いものだ。胃が痛む」


「はっは、その感覚を知れただけでも大きな収穫でしょう。得がたい経験ですぞ」


「少しは俺の苦労を知ってもらえたようで嬉しい限りだ」


「全くだ……これから集団で戦う際は、戦士長殿に任せることにする」


 冗談めかした会話をしながら、出口を振り返る。塞いでいた粘液も溶け落ちていた。あの大蜘蛛が発した物体、生物は主が息絶えると共に消え去るらしい。


(これが魔術で動く生物の生態というわけか……俺の常識では測れないことばかりだ)


「して、まずはここから出ましょう。この様子ならもう魔獣と出くわすこともありますまい」


「ブルーロ殿に賛成です、ここは休憩するにはちょっとばかり向いていない」


「調査はどうする……と言ったが、少なくとも俺には全く理解できないし、調べてもしょうがないな」


「私もそうですな。このような存在、専門畑の学士でもなければ何もわからない」


「では戻るとしようか……灯りを出さないとな」


 ちらりと雑嚢の方を見れば、すでにオーランがランタンを拾い上げていた。それを受け取ったブルーロが簡易魔術で火を灯し、御堂に手渡す。


「派手さはないが、凱旋と行くか」


 少し気取った風に言って、御堂は先導するように歩き出した。それに続く二人も気付かなかったことだが、広間を出てすぐに、天井に付着している光苔がぱらぱらと地面へ落下していた。


 安堵と疲れが強かった御堂の頭には、「ダンジョン攻略のクライマックス」のお約束的展開を思い出す余裕はなかった。

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