4.2.6 ダンジョン・アタック! その六
2021/2/21
身内の不幸により今週の更新はお休み致します。
次回更新は2/27となります。
それから二度、同じような規模の遭遇戦があった。戦闘事態は問題なく終わり、御堂に至っては慣れさえ感じていた。しかしそれらの結果、御堂のみならずブルーロとオーランの二人も、この洞窟に違和感を覚えることになった。
一つは、群れに遭遇した三回で相手にした魔獣が、どれも全く違う種別だったことである。これは御堂が提言するよりも先に、ブルーロが呟いたことだ。
魔獣とて獣であり、生態系という概念がある。魔獣同士での弱肉強食からなる食物連鎖が存在し、同種族であれば同じ洞穴を住処にすることもある。だが実際には全く別種、それどころか通常であれば敵対しあっているはずの種もいた。
こんなことは通常あり得ない。ブルーロはいくら考えても、納得の行く理由が思いつかないとぼやいていた。
そして二つ目、洞窟が長すぎるのだ。
通路は時折緩やかな坂になっており、徐々に下へ降っていっている。物理的におかしいというわけではない。それでも違和感があるのはもっと単純なこと。
”こんなに整備された環境が続いている“。これに尽きる。
入り口から少しまでがそうであれば、何らかの目的で人が整備したとも考えられる。だが、この世界の土木技術は、最低でも数百メートルはある洞窟を通路として使えるようにできるほど発達していない。
しかも、通路の広さはほぼ一定。さらに魔獣と遭遇する箇所だけ、人為的に用意されたような広場だった。
どう考えても、これはおかしい。
「して、どうしますかな」
まだ先は長いと見たブルーロの提案で、一行は一旦の小休止を取っていた。地面に尻をつけた御堂は水筒の中身を数口、噛むように飲んだ。一息吐いて、立ったまま壁に寄り掛かっている騎士へ聞き返す。
「どうするとは、戻るか進むかを選ぼうということか」
「無論、それもありますな。私の攻撃魔術も無限には行使できませんし、何よりミドール殿がお辛いでしょう」
「……侮りではなく、経験者が見たことによる判断だと受け取っておくよ」
「決してミドール殿が劣っているわけではないんだ。けれどもこの環境に長くいるのは、俺ですらも堪える。不慣れなミドール殿は言わんしもだろう」
御堂と同じく片膝を立てて座っているオーランが、フォローするように話す。ブルーロの発言で御堂が気を悪くすると思ったらしい。
(強がりの一つでも返すべきだろうが……)
実際には彼らの言う通りであった。御堂は精神的な疲れを強く感じていた。
暗い閉鎖空間で、常に敵からの奇襲を警戒しながら、終わりの見えない道を進む。これは如何に訓練された兵士でもくるものがある。
それに御堂は現代戦に特化した軍隊のパイロットである。このような場で戦い、踏破する経験は持ち合わせていない。
「正直に言えば、少し辛いのはある。だが……」
「何の成果も得られずに戻るのは、気が済みませんかな?」
「その通りだ、ここで戻って正式な調査隊を組み、再調査を行い、事態が解決するまで、かなりかかるだろうことは門外漢の俺にもわかる」
御堂が何を言おうとしているのか、ブルーロは元より、オーランにも理解できた。
被害を受けている村落、あるいはこの洞窟付近に兵を置くことはできないし、領主や家臣団からすればやるメリットも薄い。
けれども、解決策が実行されるまでの期間、人的被害は出続けるだろう。村ごと全滅するケースが出てくるかもしれない。
それは現代日本人として、人を守る立場であった御堂からすれば、許容できないことであった。
「ミドール殿のお気持ちはわかります。しかしここで万が一、貴方の身に何かあれば、それは村一つどころの損失ではなくなります」
「それは、俺の魔導鎧が領地の戦力でなくなるからか?」
「意地の悪い方だ。おわかりでしょうに」
禿頭の騎士は肩を小さく竦める。ちらりと兵士長の方に目線を向けた。
「オーランも、私と同意見だと思いますがね」
促されて、「当然です」と御堂の顔を真っ直ぐ見据える。
「ブルーロ殿もそうだろうが、兵士長ではなく個人として、ミドール殿に何かあっては困る。娘のこともあるしな」
「そこまで買っていてくれたとはな」
「意外でしたかな?」
「……答えるのは気恥ずかしい、勘弁してもらおう」
ははは、と誰ともなく笑いを漏らす。ここまでの会話から、二人は御堂のコンディションを理由に、ここで戻ることを勧めていることはわかった。それが合理的であることも、御堂には理解できる。
(だが、立場からブルーロが強制的にそうさせない。俺に選択を委ねてくれているのは、そういうことだろうな)
つくづく食えない男だ。半分は賞賛するつもりで感想を抱いた。
ならば、その思いやりと好意に甘えて我を通すのも、悪くはないだろう。
「最低でも元凶の把握だけはしておきたい、二人には負担をかけてしまうかもしれないが」
腰を上げて同行者二人に頭を下げようとする。だが腰を折るより先に革手袋が動きを制した。
「なに、ミドール殿ならそう仰ると思っていましたからな、気にすることはありません」
「明らかにまずいと判断したら引き摺ってでも戻るが、そこは許してほしいけどな」
この世界に来てから最も付き合いが長い二人からすれば、御堂の考えなどお見通しのようで、苦笑するしかなかった。
「ああ、その時は頼む……では進むか」
休息を終えた三人はランタンの放つ灯りを頼りに、最奥を目指して歩みを進めた。
命綱である血と脂を拭われた抜き身の短剣が、鈍く光を反射していた。
***
休憩地点から、御堂の感覚で百メートル歩いたところで、それはあった。
「……随分と広いな」
急に視界が開けて目に入ったのは、大きな空洞であった。見上げる程の位置にある天井は、ドーム状になっていて、ひっくり返したお椀のような空間であると思わせた。
ランタンが無ければ真っ暗闇であるはずの環境でそれがわかるのは、別の光源が存在するからであった。
「光苔があるとは、近くに水辺でもあるのですかな、しかしこれは……」
「ここまで群生しているのは、初めて見た……」
周囲を警戒しながら観察していた現地人の二人も、明らかに異質な場所であると言外に告げていた。
御堂は推測するしかなかったが、天井付近で光を放ち、薄らと床まで届く光源を与えている物は、光る苔であるらしい。
それは貴重なのか希少なのか、群生しているのは珍しいらしく、それ自体が異様な存在のようだった。
これが観光か何かなら、御堂も素直に魅入れただろう。けれども光苔とは別の理由で、御堂の内心で強い警鐘が鳴っている。
(広い空間、光源。あまりしたくない考え方だが、これは……)
ゲーム的なダンジョンを参考にするならば、これほどに絶好の環境はない。何がそうなのかと言えば、一つしかない。子供の頃にやったことがあるRPGゲームが脳裏に浮かんで、額に冷や汗が浮かぶ。
「すまん、前言撤回して悪いが、ここは一旦引いた方が──」
現代日本人だから感じることができた嫌な予感に従い、撤退を進言しようとしたが、遅かった。
御堂かブルーロかオーランか、あるいは全員が同時に、強烈な異臭と敵意を感じ取った。逃げ遅れた。怪物に知覚された時点で、逃走は成らない。それは現代人にも理解できた。
「……なるほど、ここが事の発端であるようですな」
何かを確信したブルーロが剣を片手に持ちかえ、腰から短杖を抜いた。オーランも同様に構えを取って備える。
一瞬、どうするかと迷っていたが「ミドール殿」騎士がそう短く呟いたのに反応することはできた。すでに腰袋から出していた閃光弾を、敵意の源と感じる場所へ放りつける。
地面に落ちるはずの球体が、何かにぶつかり空中で爆ぜた。三人が閃光から目元だけ守って一秒。
獣が出すような咆哮はなかった。爬虫類が発するとは思えない悲鳴もなかった。ただ耳に聞こえた音から把握できたのは、獣が発する鳴き声の類ではないということだけである。
三人のちょうど前方。十メートル以上、二十メートル以下の距離からするのは、「ぎちぎちぎち、ぎちぎちぎち」そう形容するしかない、生物ではなく昆虫が発するような、そんな音であった。




