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1.2.3 城働き

 さて、コクピットに乗り込み、起動手順を終えた御堂は、動態センサーが一つの動きを捉えたのに気付いた。


「ん?」


 頭部カメラを向けると、なんとラジュリィが、装甲をよじ登ってきているのである。御堂は驚いて、ヘルメットを脱いでからハッチを開けた。降りるように言うためだ。


「ラジュリィさん? 危ないから離れてください、これから歩き出すところなんですから!」


「私も一緒に行きます!」


 しかし、御堂の警告を無視して、意外にも身軽なラジュリィは、ひょいとコクピットハッチのところまで登ってきてしまった。御堂は、危ないからと彼女の手を取って支える。


「遊びに行くのではないのです。それに、昨日申し上げたではないですか、城から不用意に出るのはよろしくないと」


「あら、騎士ミドールと一緒なのですから、危険はないはずでしょう?」


 彼女は遠回しに、ついでに外へ行く自分の護衛をしろと言っている。御堂は空いた手で頭を掻いた。断る理由も正当性も自分にはあるが、ここで断って、また拗ねられでもしたら面倒だ。リスクを承知した上で、仕方なく、承諾することにした。


「わかりました。ただし、コクピットに入れるわけにはいきませんから、腕に乗ってください。それと、自分は仕事をするので、お相手ができないことを、ご了承ください」


「わかっております。騎士ミドールの邪魔はしません」


 そう、にこりとした笑顔で言う彼女に、御堂は表には出さずに疑いの感情を持った。本当にわかっているんだろうな? ということである。この年頃の少女は、何を行動の基準にしているのか、大人の男性である御堂には、いまいちわからない。


「……それでは、右腕を寄せますので、それに乗ってください。本当は命綱でもあれば良いのですが」


「あら、私、乗馬は得意なのですよ?」


「そういう問題ではなく、危機管理としてですね……」


「もう、良いから早く行きましょう、騎士ミドール!」


「……わかりました」


 これ以上、何か言っても無駄だろう。御堂はコクピットに再度入り、操作ヘルメットを被る。念じると、ネメスィの白く逞しい右腕が胸の前に来た。ラジュリィがそれに座って、機体の胸部に片手を添えた。


 彼女は白磁のような感触の装甲を撫でる。この逞しく太い腕の中に、魔道鎧を容易く切り裂く刃が入っているとは思えない。芸術的な曲線を帯びた造形をしていると、ラジュリィは感じた。


『いつでも良いですよ、騎士ミドール!』


「……本当に、落ちたらどうするんだか」


 この世界の安全配慮の考えはどうなっているのやら、御堂はこの世界におけるその辺りの認識の未成熟さを感じながら、機体をゆっくりと起き上がらせる。


『ミドール様! ラジュリィ様をよろしく!』


 足下のローネが、手を振りながら叫ぶように言う。止めなかった辺り、彼女もラジュリィの自由奔放っぷりを、よくわかっているようだ。


「わかっている!」


 そして、白い巨人は、のっそりと歩き出した。目的地は、事前にローネから聞いていたので、ラジュリィに道案内を頼むことはしなかった。


 ***


 この城や周辺を真上から俯瞰すると、楕円形の開けた土地の下側に城があり、その反対方向に、城下町や農業地帯が広がっている。城の周囲には、AMWと同じくらいの高さの城壁があった。その修繕作業が、御堂が請け負おうとしている作業だった。


(しかし、城壁が壊されるようなことがあるということは、外敵がいるんだな)


 城壁までは数百メートル。草原になっているそこを、白い機体に歩かせながら、御堂は考え事を始めた。聞かされた城壁の状態から考察する。

 その外敵が、昨日倒した鎧兵器と結びついた。あれだけの戦力を持った賊というのが、日常茶飯事に出現するのだろうか?


(だとすると、あまり治安が良い場所とは言えないのかもしれない)


 隣国との国境沿いの場所であるという話と、昨晩、ブルーロから聞いた聖国という国のことが浮かぶ。そちらは、共和国と違い、同盟関係を結んでいるわけでもないのだ。あくまで、不可侵条約。地球で言えば、それは冷戦に近い状態であってもおかしくないのだ。


(その聖国というのが、賊をけしかけてきている。というのはないのか?)


 そう、御堂は考えたが、そこまでにしておいた。領主もこの国の上層部も、それくらいは理解して動いているだろう。その上で、不可侵としている。一端の兵士、それも部外者が考えることではない。


『騎士ミドール。先ほど、ローネとの会話なのですが』


 ふと、腕のラジュリィが話しかけてきた。今まで静かにしていたので、彼女も何か考えていたか、景色を楽しんでいるとでも思っていたが、前者だったようである。


「ローネさんが、どうかしましたか?」


『騎士ミドールは、ローネのことをどう思いますか?』


「はぁ……?」


 自分に与えられた従者のことを、どのように感じているかという質問。御堂は考える。


(あの従者に満足しているか、ということだろうか……しかし、まだ会って丸一日も経っていない人のことを評しろと言われてもな……)


 どう答えれば良いのかと少し、考えるようにする御堂。それを待つ、ネメスィの頭部を見上げるラジュリィの表情は、何故か不機嫌さと不安さを混ぜたようなものだった。

 御堂はそれに気付き、更に考える。自分の知らない間に彼女たちに対して、何かまずいことをしてしまったのか。


「……そうですね。まだあまり世話になっていませんが……良い方ということは、わかりますよ」


『それは、どういった意味での言葉ですか?』


「優れた人材、ということですよ」


 その答えを聞いて、ラジュリィの表情が和らいだ。安心したように、ほっと息を吐いている。それを確認して、御堂は自分の答え方が間違っていなかったことを感じた。


 御堂はこう推測していた。決して自惚れではないのだが、どうにもこの少女は自分に対して好意を持っているように感じられる。そして、従者も歳が近い少女であり、自分に一番近い立場だ。

 そんな従者に対し、御堂が“私情で”どう思っているかをラジュリィは聞いた。そんなところだろう。と、御堂はあたりをつけていた。それは、的を得ていたらしい。


「さて、そろそろ城壁に着きます。どこで降りますか?」


『そ、そうですね……作業場の、兵のたまり場に降ろしていただければ結構です』


「わかりました」


 自身の考えが見透かされているとも知らない少女を乗せて、ネメスィは城壁の側まで近づいていった。


***


 城壁は、厚さ三メートルはある、立派な石造りのものだった。高さは、AMWより少し高い。九メートルほどと言ったところ。石を組み上げて、石膏らしきものを塗り固めてつくるようだ。

 その真っ白な壁が、何カ所か崩れ落ち、崩壊していた。その残骸を、軽装をした兵士たちが、素手で運び出していた。


「ラジュリィ様? どうしたのです、こんなところへ」


 その内の、兵士の一人。御堂に剣を突き付けた、兵士長と呼ばれている背の高い男が、ネメスィの(もと)に恐る恐ると言った様子で近づいた。そして、その腕にいるラジュリィを見上げる。


「この魔道鎧は、何をするのです?」


「騎士ミドールのご厚意で、城壁を直す手伝いをするのですよ、兵士長」


「魔道鎧で、そのような雑用を?」


 魔道鎧は、動かせるだけでかなりの魔素を消費する。使えるのは選りすぐりのエリート魔術師だけだ。そして、そのエリートは、魔道鎧を用いてまで、土木作業のような雑用をしようとは考えない。領主もやらせようとはしない。

 その考えからすれば、御堂が魔道鎧で雑事を手伝いに来たというのは、大変に奇妙なことなのである。


「とにかく、手伝ってくれると言うのですから、騎士ミドールに何をすれば良いか、教えて差し上げなさい!」


「は、はっ!」


 と、言われても、魔道鎧を用いての土木作業など初めてのことである。どうすれば良いなんて、作業場を仕切っている兵士長にもわからない。それを察したのか、御堂が外部音声で声をあげた。


『見た限り、まずは城壁の残骸を退かせば良いのですね? ラジュリィさん』


「その通りのようです。騎士ミドール」


『では、それから取り掛かります。後ろに降ろしますので、離れていてください。作業をしている方にも、離れるように伝えてください』


「わかりました!」


 やり取りをして、御堂は城壁から離れたところにラジュリィを降ろした。そして、向き直って崩壊している部分に向かう。


「騎士ミドールの魔道鎧が通ります! 道を開けなさい!」


 ラジュリィの声を受けて、兵士たちは石を放り出して、慌ててその場から離れていく。無人になったその場所に着くと、ネメスィは、一抱えはある石を、両手で軽々と持ち上げてみせた。

 兵士たちの間から「おお……!」と歓声があがった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読者視点からしたら絶妙に鬱陶しいお嬢様という感じですが、御堂はどう思っているのやら 付きまとわれて大変ですね
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