4.2.3 ダンジョン・アタック! その三
翌日。日も上がり城中での人の動きが活発になり始めた頃。御堂、ブルーロ、オーランの三人は駆竜が引く荷馬車に荷を積んでいた。
御堂は最後の木箱を両手で抱え上げ、荷台に載せる。中身は保存食である。これから察せられる通り、件の洞穴は領主の城から離れた地にある。学院よりは近いが、気軽に日帰りできる距離ではない。
「運ぶのはこれで最後だな?」
「はい、食料に水に薬類、予備の武具も積めましたな」
「本来は俺がやることなのに、ミドール殿にまで手伝わせて申し訳ないな」
手にした紙に記された内容と木箱の数を確認したブルーロが頷き、木箱の固定を終えたオーランがすまなそうに小さく頭を下げる。
「自分のための荷物くらい、自分で積むさ。こうした管理も軍人の役目だろう?」
「然り、ミドール殿はやはり良くわかっておられる」
「騎士が皆、ミドール殿やブルーロ殿と同じような方だと良いのだがなぁ」
そんなことを話しながら、馬車に乗り込もうとする三人。
領主のムカラドからは準備出来次第に出立して良いと言われている。早く出て早く戻りたいのは、理由は違っても共通の思いであった。
「では駆竜の手綱は任せる、悪いが俺にはできんことだ」
「申しつかった。任せてもらおう」
「私とオーランで交代して行きますから、ミドール殿は一応周囲に気を張っておいていただければ」
「そうさせてもらおう」
オーランが駆龍の首に繋がれた綱を持ち、荷馬車を進めようとしたときであった。急ぎ足で駆けてくる、小さい足音が御堂の耳に入った。
「騎士ミドール! お待ちになってください!」
城と駐車小屋を繋ぐ出入り口から息を切らして現れたのは、御堂の主人であるラジュリィであった。そのすぐ後ろからまた見慣れた少女が二人もやってくる。
「……ラジュリィさん、何かあったのでしょうか? ローネとファルベスまで連れて」
正直、足音がした時点で御者台のオーランに馬車を出せと言うべきだったと思った御堂だった。が、それは表情に出さず、主人の要件を尋ねるため荷台から一旦降りる。
彼女は上下させる肩を落ち着かせるように一度深呼吸すると、ずいと御堂に迫った。
「騎士ミドール! 私も同行したいのですが、よろしいですね?!」
「いえ、駄目ですが」
「はうあっ?!」
間髪も入れずに一瞬で切り捨てられた少女がショックからか足をもつらせ、ふらりとよろける。それを後ろからローネが支えた。
「だから言ったではないですかラジュリィ様、もう諦めましょう」
「な、何を言うのローネ……この程度で私は諦めるわけにはいかないのです……!」
「が、頑張ってラジュ姉様!」
応援の声に応えるように気合を入れて、ラジュリィは従者から身を離す。そしてもう荷台に戻ろうとしている御堂の服をぐいと引っ張り、無理矢理に地面へ降ろした。引っ張られた方は、呆れ混じりの小さい息を吐いた。
ラジュリィは胸元で両手の指を組み、祈るように御堂を見上げる。潤む目元に憂いを帯びた表情。場面が違えば、それは御伽噺のワンシーンとも思えただろう。
「もう一度聞きます、我が騎士……主人である私の同行を、お認めになってくれますね?」
「お断りします」
「うぐぅ?!」
しかし御堂には一切効果がなかった。良い大人である彼は、場の空気だとか、雰囲気だとか、そういうのに流されるとろくなことにならないと知っている。
ついでに言えば、ラジュリィがしつこく自身に同行の許可を求めている理由も、なんとなく察せられていた。
(どうせ、父親のムカラド氏を説得できないから、こちらに直接頼みに来たと言ったところだろうな)
「ラジュリィ様、ミドール様もお困りの様子ですが」
「あ、諦めません! 騎士ミドール自身が認めてくれれば、父も許してくれるはずです!」
本人の口から己の推測が正解であったことを聞かされ、御堂は隠さず溜息を吐いた。この御転婆令嬢、日に日に変な方向で行動力が上がっている気がする。つまりその分、御堂の胃に負担がかかるわけで、
「……ラジュリィさん、ムカラド様も仰っていましたが、今回の件に貴女をお連れするわけにはいきません」
「な、何故です! 私が小娘だからですか? 貴族だからですか?」
「その通りです」
「ですが私とて魔術師の一人! 足手まといにはなりません! 今ならファルベスとローネもつきますよ!」
思わず「そんなスーパーのセールみたいな言い方しなくても」と言いかけたのを我慢しつつ、一応ラジュリィの後ろに控える二人の様子を見やる。
ローネは視線に気づくと申し訳なさそうに頭を下げる。また主人のわがままに振り回されている形だろう。だが、ファルベスの方はちらちらと、どこか期待しているように御堂の顔色を伺っていた。
(……従騎士としては、武功でも積みたいところなのだろうか)
その表情に薄らと恋する少女特有のそれがあることまでは、御堂も読み取れなかったのでそう判断した。
「更に三人をお連れするには、物理的にも権限的にも無理があります。今回は控えていただけませんか?」
実際、人数が倍になるか、一人増えるだけでも必要な荷物はかなり増加する。荷馬車の大きさも足りない。しかも貴族令嬢を魔導鎧無しで護衛するなど、この人数ではぞっとしない。
流石にそれくらいはこの娘もわかっているだろう。そんな淡い期待をした御堂だったが、
「では出発の日を先に伸ばしましょう! そうすれば準備もできるはずです!」
いまいち正しく伝わっていない。これが若者特有の視野狭窄だろうか。
まだなお、ああだこうだと言い募るラジュリィの言葉を遮るように、御堂は深く息を吐いた。そこに僅かな苛立ちが混ざっていることは流石に察せられたようで、少女はびくりと身を硬らせる。
「……ラジュリィ、本当はわかっているだろう? 聡い君なら、俺が拒む理由くらいは」
「で、ですが……私はそれでも心配で、貴方と共にいたくて……」
「その気持ちは嬉しい、身に余る光栄とも思える。だがそれとこれは別だ、わかるな?」
御堂はできるだけ口調を和らげ、諭すように落ち着いた口調を心掛けた。その甲斐あって、ラジュリィは癇癪を起こす子供から、理性ある少女に戻った。だが、それでも御堂を見上げる彼女の瞳は、訴え掛けるように潤んでいる。
さて、どうしたものかと御堂は後頭部を掻く。今の彼女のように感情を優先させている相手を諭すのは、どうにも難しく感じてしまう。
(乙女心というものについては、教官たちから講義されていないからな……)
ここは何か上手いことを言わなければならない。そんな空気を感じた。事実、荷馬車ではブルーロとオーランが聞き耳を立てているし、ローネとファルベスも興味津々と二人の顔を交互に見ている。
(……こういうのは、俺のキャラというものではないのだが)
これからやろうとしていることに、御堂の内心で羞恥心が強まる。堪えつつ一歩、ラジュリィに歩み寄ると、瑠璃色の髪に手をやって、割れ物に接するように柔らかく触れた。
「み、ミドール……?」
突然のことに困惑する少女の髪を、優しく撫でた。以前にも一度していたからか、今回は少女も感情を爆発させることはない。
「……ラジュリィ、どうして俺が君を連れずに行くのか……もう一つ告げていない理由がある」
「ご、誤魔化しはやめてください……こうすれば私が大人しくなると、ミドールはそうお思いなのですか?」
自身がまるで簡単な女だと思われているのでは、言外にそう告げるラジュリィだが、髪に触れている手を振り払うことはしなかった。ただ頰を赤く、むくれさせるばかりである。
「君の身を案じていることを、不器用だが態度でも表しておきたくてな、主人にするには相当に失礼かも知れないが、俺たちの仲ということで許してもらえないだろうか」
「……仕方のない人です。よろしいですから、貴方の想いを聞かせてください」
「率直に言えば、君はまだ幼い部分がある」
「なっ!」
その一言は看過できないのか、ラジュリィが眉を寄せた。だが「すまない、だが聞いてくれ」と撫でる力を強めたので、押さえ込まれてしまう。
「幼いと言ったのは、君が未熟だからではない。俺の立場から見た話だ」
「……具体的には?」
「こちらからすれば、君は二重で、いや三重で守べき対象なんだ。だから連れて行くわけにはいかない」
「もう少し、きちんと仰ってくださいな、この小娘にもわかるように」
そう言うラジュリィの表情は、先までとは一転してどこか楽しむような微笑みがあった。御堂が何を言おうとしているか、もうわかっているようですらある。
本当にこういう部分では聡い娘だ。御堂は下を巻く思いで、仕方なく説明した。
「仕えるべき主人として、庇護するべき少女として……」
「最後の一つは?」
言い淀んだ御堂に、頭から手が離れるのも構わずまた身を近づける。もうすぐ眼前にある端正で美しい顔に、今度は御堂が頰を薄ら染めて告げた。
「……君が大切な人だからだ。これで許してくれ」
「……ふふ、よろしいです。騎士ミドールがそこまで言うのでしたら、今回は身を引きます」
すっと言葉通り身を離したラジュリィは、上機嫌な様子でくるりとまわってローネとファルベスの方へ下がる。
御堂はまた頭を掻いて「……これははめられたか」と呟いた。気付いたときにはいつも、この少女のペースに乗せられてしまっている。本当に侮れない相手である。
「では私たちはミドールたちの無事を祈って待つことにします、くれぐれも怪我のないように」
「かしこまりました、無理はしないようにしましょう」
「そうしてくださいね。ブルーロ、兵士長、騎士ミドールを助けてあげてください」
「承知しました、お任せください」
「自分めにできる限りは尽くします」
景気良く返事をした二人に「助け舟くらい出してくれ」と小言を漏らしながら、御堂は馬車の乗り込む。間も無くしてオーランが手綱を叩き、駆竜が走り出す。段々と加速していき、敷地の外へと出ていった一行を見送ったラジュリィは次の瞬間、
「……ッ〜〜〜〜!」
顔を抑えて地面にへたり込んでしまった。ゆっくり近づいたローネが横から覗き込んだ顔は、手で隠していてもわかる程には真っ赤であった。




