4.2.2 ダンジョン・アタック! その二
「それでは、我々がミドール殿の手伝いを承りましたので」
「ミドール殿には不要かもしれないがな」
玉座の間で領主とその娘が礼儀正しい痴話喧嘩を始め、御堂は早々に退散していた。
なんとなしに元自室へと向かっている矢先、二人の男性と鉢合わせた。御堂と同じイセカー領の騎士であるブルーロ・エグマグと、兵士長であるオーラン・アルベンである。
挨拶を交わし「立ち話もなんですから」と言うブルーロの一言から、三人は兵たちの詰めどころでもある食堂へと足を運んだ。
そして今、ブルーロとオーランの二人の口から、御堂が任された依頼についての話を切り出されたところである。
「いや、二人が来てくれるだけでもありがたい。俺は生身での戦いがあまり得意じゃないからな」
簡素な椅子に腰掛け、長机に肘を置いた御堂が大真面目に告げると、二人は一瞬顔を見合わせて呆れた表情になった。
「ご謙遜を、貴方の学院でのご活躍は我々の耳にも届いております」
「……あまり広めないで欲しいのだがな、恥ずかしい」
「何を言う、立派な武功じゃないか、下々の兵だけでなく、街の者たちも己のことのように喜んでいるぞ」
「どういう風に伝わっているんだ……」
なんだか多分な誤解というか、噂に尾鰭が付いてイセカー領に伝わっている気がしてならない。頰が羞恥で赤くなるのを、顔を片手で強く擦り上げることで防ぐ。
「私めが聞きましたのは、女体になった身で賊を壊滅させたという話でしたな。しかも捕まっていた孤児も助け出し、自身の配下に加えたと」
「実際のところはそんなに上手く行ったわけじゃない、危うく奴隷として売り飛ばされるところだった」
ちらりとブルーロに険を向けるが、彼は禿頭を撫でて「いやぁ、その節はご迷惑をお掛けしました」と頭を下げるのみである。御堂も過ぎたことをくどくど引きずるつもりはないので、溜息一つでそれを流す。きちんとした謝罪は、戻ってきて早々にされているのだ。
「とにかく、俺が強いという噂は話半分でいてくれ、魔導鎧を持ち込めるならともかく、魔術もろくに使えない身で魔獣とやり合うなんて、本当なら避けたいくらいだ」
「だが、俺も魔術はからっきしだぞ」
「オーランはあの巨大なバルバドに、剣一本で立ち向かえる勇敢さがあるだろう。俺にはない強みだよそれは」
「そういうんじゃないぞ、俺は兵士としての役目を……」
「はっはっ、ミドール殿、オーランはそんなに褒められることに慣れていないのです。あまり虐めないでやってください」
「ブルーロ殿……!」
今度はオーランが顔を薄ら赤くし、ブルーロはからかい甲斐がある部下だと笑みを浮かべている。
この男は本当に掴みどころがない。御堂は目の前に座る禿頭の男に呆れ半分、感心半分の面持ちになった。
「それはそれとして、まぁミドール殿がそこまで仰るのでしたら、我々もそのつもりでいるとしましょう」
「なんだ、俺が自分から守ってくれと頼まなければ、手を抜くつもりだったのか?」
「ラジュリィ様の想い人から手柄を奪ったと知れたら、私とオーランの身が危ないですからな」
またからかいを混ぜた言い方をされ、御堂は呆れを強めた。オーランから何か一言ないのかと横目で見るが、そちらはむしろブルーロに同意するとばかりに頷いている。
「……ブルーロ、俺はまだ聞きたいことがあるんだ。あまり世間話を振らないでくれ」
「これは失敬しました。それでお聞きになりたい事とは、私とオーランにお答えできることであれば良いのですが」
少し真面目になったのか、ブルーロが筋肉質な身体を揺らして椅子に座り直す。オーランも僅かに緊張した様子で背筋を伸ばした。
「いや、そこまで重要な相談でもないかもしれない。そちらからすれば当たり前の常識かもしれないからな」
「しかし、授け人であるミドール殿からしたら未知の事柄でしょう。察するに魔獣のことかと思いますが」
どこか抜けているように見えて鋭い男である。やはり侮れない相手だとブルーロを再評価してから、「その通りだ」と御堂は素直に頷く。
「察しが良くて助かる。俺は魔獣はバルバドしか知らない。他にどのような存在があるのか、聞いておきたくてな」
「戦士としては当然の考えでしょう。ですが、それを重要でないと考えるのは、少しよろしくないかと」
「そうだな、気をつけるとしよう」
「して、魔獣に関しましては自分よりもオーランの方が詳しいでしょう。自分は頭でっかちの学士もどきですからな、実際の戦いの場数はこれの方がずっと積んでいます」
「それは頼りになりそうで何よりだ。オーラン、聞かせてもらえないか」
「わかった。では恐れながらブルーロ殿に代わって俺から説明しよう」
説明役に抜擢され、また緊張を強めた兵士長はごほんと咳払いをしてから、講釈を始めた。
「まずミドール殿の知識と擦り合わせをしたいと思う。そちらのいた世界に、魔獣のような存在はいなかったということで良ろしいか?」
「ああ、あのような危険生物は存在していない。初めて見た時は、俺も面食らった」
実際、映画に出てくる大型の恐竜かと錯覚したバルバドと相対した際は、AMW越しでもかなり動揺していた。皇女を迎えに行ったときに群れと戦った頃には、もう驚異と感じていなかった。だが、それはバルバドを凌駕する武装を有していたからだ。
生身であれと立ち向かえと言われたら、逃げ出す方法を模索しなければならない。
「ではバルバド以外を知らないな……まず魔獣と言うのは意外かもしれないが、かなり雑多に種類がある」
「そうなのか、その割には他の種について聞くことがないが」
「理由がある。雑多過ぎるが故に、細かく記録されていないからだ」
それを聞いて、御堂は合点が行った。
この世界の文明レベルからして、生物学が進んでいないことは明白である。ましてや危険生物である魔獣を詳しく調査し、種族毎に分類わけしようとする者もいないだろう。
「つまり、似たような種類の魔獣は同じ名前で呼ばれることもあるのか?」
「その通りだ。色が違うとか、少し大きさが違う程度なら、それは皆一つの呼び方になる」
「色違いのバルバドがいても、それはバルバドと呼ばれるわけだな」
「流石にミドール殿は理解が早いな、説明し易くて助かる」
世辞でもなく本心からそう言って、オーランは説明を続ける。
「当然だが、魔獣も生息地によって大きく生態が異なる。今回に俺たちが出向く場所はそこまで広くない洞穴だ。つまりバルバドのような巨大な奴は出てこない」
「精々が私たちと同じくらいの背丈でしょうな、与し易い相手です」
口を挟んだブルーロの言葉にオーランが頷いて同意する。
「なるほど、生身でも十分に対応できるやつしか出てこないとわかっているわけだ」
「大きさについてだけならそうだ。だが、中には頑強な鱗や甲羅を持ち、こちらの鎧を容易く切り裂く歯や爪を持つなど、大変に危険なことに変わりはない」
「でなければ、態々出向いて駆除をする必要もないか」
「ああ、実際に近くの農村などで被害が出ている。それは俺たちも聞かされていたが、地形などの下調べで精一杯でな」
「……洞穴という地形だからか」
魔術を用いる者も武具を用いる者も、数が多いに越したことはない。だが狭い場所ではそうも行かない。それも相手が無尽蔵に湧いてくるような存在だったとしたら、並の兵士を向かわせても被害が出るだけだろう。
(……だが、それだと俺を含めて少数精鋭で行く理由もわからないが)
自分で予想を立てたが、自身を含めた三名で調査をする理由と繋がらない。首を傾げる御堂を見て、オーランは不可思議そうにする。
「ああ、ミドール殿は少し誤解をされているようで」
「わかるか……俺の想像する魔獣というのは、洞穴とか巣穴とか、そういうものから続々と湧いて出てくるものだとな」
「いやいや、魔獣とは何もないところから無限に湧き出すような存在ではないのです。それは獣ではなくただの怪物です」
「……確かに、そうだな」
「想像力と言うのは武器だと俺も知っている。ミドール殿のように最悪を予想できれば、生き残れる兵士になるぞ」
なんだか無理に褒められているように感じて、御堂はまた目元から下を手で強く擦った。
「情報をまとめた学士らが言うには、洞穴の奥で魔獣が大繁殖しているのだろうとの話だ。だから、俺たちはそこまで忍び込んでから、毒煙で燻して一掃する」
「害獣駆除そのままだな」
「魔獣も害獣も、危険の度合いに差があるだけで似たようなものですからな……オーランの説明で、十分でしたか」
まだ聞きたいことがあれば答えると言う風にする二人に、御堂は理解ができたと頷いて見せた。
「いや、知りたいことは知れた。あとは現地で都度聞きたいが、構わないか?」
「勿論だ、俺で良ければ尋ねてくれ」
説明を終えたことで緊張も抜けたのか、オーランは大柄な体を軽く反らして胸を張った。兵をまとめる役目をしているのは、頼られるのが好きだからかもしれない。御堂はそう感じた。
「頼りにしているよ、兵士長殿」




