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1.2.2 思惑

 領主、ムカラドは貴族であるが、平民をさげずむことはしない男であった。自分にはできない仕事ができる者がいて、優れた才を持っていれば、魔道の力を持っていなくとも手元で使う。そうして人材を有効活用する。そういう考え方をしていた。故に、魔術至上主義が主流である他領からは、変わり者の領主とされていた。


 そういうわけで、領主は部屋に訪ねてきた従者、ローネが部屋に入ることを許した。書斎とも呼べるほどに本棚が三方向を囲む部屋に入り、ローネは深くお辞儀をしてから、報告を始めた。領主はそれを聞くと、ふむと呟いて、思考を始める。


「あの鎧を使って、城下や街で働きたいと、そう言っていたのだな」


「はい。そんなことはしなくても良いと、失礼を承知で私の方から伝えたのですが……それでも、やらせて欲しいとの一点張りでして」


「力を持て余している。ということでは、ないのだろうな。あの授け人は、そういう類の人ではない。あれは、必要以上の争いは避けようとする人種だ」


 そういう領主の言葉に棘はなかった。御堂を臆病者だとか、卑怯者と思っての意味ではない。強いて言えば、理性的な人格の持ち主だと評価しているのだ。


「どうなさいましょう」


「うむ……それを止めたとして、勝手に出て行くような短慮はしないとは思うが……そうだな」


 領主は考えた。あの男が望んでいるのは、自分の世界へと帰還するための情報だ。それを、街の住民や兵士から集めようとしているのだろう。更に言えば、領主や城の関係者に、自分の利用価値を売り込もうとしているとも取れる。

 どちらも、授け人の現状を知っていれば、簡単に推測できることだった。故に、領主は自問する。


(あの授け人、それを私が勘付くと思っているだろうな)


 過去の伝承を思い出す。授け人とは伝説の人物とされているが、人格が優れた人物は少なかった。大半は、この世界の住民を貴族だろうが王族だろうが、どこか見下していたと言う。だが、御堂は違うように思えた。こちらを見下さず、むしろ自分が下と見ている。だから、こちらへの警戒を解かず、短絡的な行動を控えているように見えた。


(そういうところも、好印象なのだがな)


 領主としては、どうにかして、あの男の警戒心を解かねばならないと考えていた。強い力を持つ人材を、自身の側に置きたいという意図もあった。それに、深海の真珠などと言われるほど堅物だった娘が、初めて好いた好青年を、見す見す逃す手はない。


「よし、私が許可する。授け人の好きなようにさせてやろう。ただし、町民や兵に要らぬ不安を抱かせるなと、良く言い聞かせてくれ」


「仰せのままに」


 今は、授け人の意図した通りにしてやろうと決めた。それの方が、領主にとっても好都合であると判断したからだ。

 その話はそこまでにして、領主はもう一つの関心事に話を移した。中庭にある鎧の元に授け人が向かったことは、兵からの報告で知っていた。


「ところで、あの授け人は、自身の鎧について何か語ったか?」


「……はい。ラジュリィ様と、魔道鎧について話をした後に、お話になられました」


「ほう……」


 領主は顎に手をやった。我が娘ながら、授け人の情報を得るために近づき、情報の交換を試みるとは……恋煩悩になっていても腑抜けてはいない、ということだろう。と、そう考えていた領主だったが、実際にはラジュリィが少しでも御堂のことを知りたい一心で聞いただけなのだ。子の心、親知らずだった。


「それを、お前も聞いたのか?」


「はい。側に控えておりましたので」


「理解はできたか?」


 領主が、一従者であるローネにそう聞いたのには、理由があった。この少女は、代々イセカー家に仕える家系で、そのために様々な教育を受けている。彼女自身は、魔術を操る術を持たない。それでも、簡単な魔術についての学もあった。ただの従者ではない。


「いいえ、申し訳ありません。ミドール様のお言葉は非情に難解で、私程度の学では、一片も理解することが叶いませんでした」


「そうか……ブルーロに話を聞かせる必要があるか?」


「失礼になりますが、騎士ブルーロ殿にも、ミドール様の鎧を理解することは難しいのではと愚考します」


「それほどまでにか」


「唯一、私にもわかりましたのは、あれが我々の知らない理で造り出され、動いているということだけです」


 従者の感想を聞いて、領主は机を指で叩く仕草をした。これは、何か損得勘定を働かせているときの癖だ。数秒、机を叩く音が鳴っていたが、領主は計算を終えて頷いた。


「あの鎧を我が物にするべきだという話が家臣から上がっている。妙案かもしれぬと考えていたが、やめた方が良さそうだな。後ほど、家臣にもそう伝えよう。中には、力尽くで奪えばと考える者もいるやもしれぬ」


「それがよろしいかと」


 そこで、領主が静かに手を動かして、ローネに退室を促した。従者は無言で、礼をしてから部屋から出て行った。一人になった領主は、ふうと息を吐いてから、羊皮紙を取り出し、文をしたため始めた。家臣に告げる内容を、文章の形にして残しておくことは、要らぬ騒動を減らすために重要である。そのことを領主は知っていた。


「……」


 その手を一旦止め、領主は小さく呟く。


「まさか、私がこう判断することも見越してのことなのか?」


 だとすれば、あの授け人は余程、頭が回ると見える。この世界のことを何も知らぬ余所者と侮っていれば、手痛いしっぺ返しを貰うのは、自分たちになるだろう。


「そうならば余計に、手元に置きたいと思えるな」


 領主は、文書を書きながら、どうすればあの授け人を自分の手に留めて置けるかと、思いに耽るのだった。


 ***


 御堂は、中庭でネメスィの具合を点検していた。戻ってきたローネに気付くと、領主の許可を貰えたかどうかを聞くため、機体から降りてきた。


「ムカラド様から許可がおりました。しかし、ミドール様にはいくつか、気をつけて頂きたいことがあります」


「聞こう」


「まず、街の人間や兵たちに、不用意に力を示さないでいただきたいのです。ラジュリィ様から聞いた限り、この鎧が持つ力は相当のもの。無闇矢鱈とその力を振るって見せないこと、承諾してください」


「わかった。俺も力自慢がしたいわけではない、その意図も理解できる」


「もう一つは、あまり遠くまで行かないこと。この地は隣国の聖国と領土を近くしております。不用意に向こうを刺激しないよう、お願い致します」


「それも心得た。動くのは城と街の近くまでにしろ、ということだな」


「そうでございます……して、何故、ミドール様は働こうと考えたのですか?」


 御堂は先ほど、ただ働かせてくれとだけ言って、その心中までは知らせなかった。特に隠すことでもなかったので、御堂は素直に話した。


「俺の国には、働かざる者、食うべからずという言葉がある。つまり、労働をしない者が飯を食うな、ということだ。それを守ろうとしているだけだ」


「……それだけですか?」


 ローネは、栗色の丸い瞳を細めて御堂に向けた。


(中々、疑り深い娘だな)


 それ以上誤魔化してもしょうがないと思ったので、御堂は本当の目的を話すことにした。


「俺だって、この世界のことを自分で知ろうと考えるさ。それに、そちらの領主の娘がした願いを一つ聞いたのだから、俺の我が儘も一つくらい、通してほしいと思ったのさ」


 それを聞いて、目を伏せてローネは首を振った。その願いの内容は、彼女も知っていた。ラジュリィ本人が、それは嬉しそうに、自慢するように何度も話してきたのだ。


 その時の主人の浮かれ様は、長年付き添った従者から見ても、少しどうかと思う程だった。ベッドの上で飛び跳ねるくらいに興奮していた昨夜の主人を思い出して、ローネは頭を振ってから、御堂に頭を下げた。


「我が主が無理を言って、申し訳ありません」


「気にしなくていい。考えて承諾したのは俺だ」


「わかりました……それでは、先ほどの二つを、よくお願いしますね。ミドール様」


「わかっているよ。ローネさん」


 従者に対してもする呼び方をして、御堂は機体の装甲を駆け上がった。

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