表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/178

4.1.8 Mrs.ミドールの長い一日 その八

 薄汚れた服を着た小さい人影が、御堂の呼びかけに反応して身じろぎした。よく見れば、それは歳は十になったばかりに見える子供たちであった。数えてみれば五人ほどいて、まだ一桁にも見える幼い子供も混ざっている。

 薄暗い中で目をこらして観察すれば、どの子も痩せ細り、衰弱していることが窺えた。


「君たちも、あの男たちに連れてこられたのか?」


「……お姉さんと同じだよ、多分」


 返事をしたのは、その中でもまだ顔色が良い十歳ほどの少年だった。暗さで顔は良く見えないが、ぼさぼさな茶色い髪が印象に残る。膝を抱えて座り込んでいる彼は、見目麗しい女性に見える御堂に、僅かながら関心を示した様子だった。


「お姉さんは、貴族様?」


「一応は、そっち側に入る身分ではある」


「そんな人まで捕まってるんじゃ、きっと助からないんだろうな……」


 少年は小さく溜め息、諦観の上に諦めを上乗せしたようなそれを吐いた。他の子供たちも似たような気持ちなのか、声こそ出さないが表情が死んでいる。涙も枯れた、という表現が御堂の脳裏に浮かんだ。


「……君たちは、どうしてここに?」


 思わずそう尋ねる。親に売られたのかとまでは、流石に不謹慎過ぎて口にしなかった。


「……襲われたんだ」


「襲われた……? 何があったんだ」


 少し想定外の言葉を聞いて、御堂は更に尋ねる。それを拒むこともなく淡々とした口調で、少年はぽつりぽつりと己の境遇について語り出した。


「俺たちは、山の麓にある小さい村に住んでたんだ。畑を耕して、貴族様に納めてた……それだけで、なんも怖いことはない日だった。おっかぁもおっとぉも優しかった。誰もなんも悪いことをしてねぇ」


「その村に、魔獣が来たのか?」


 そう言いつつも、御堂は小さい違和感を覚えていた。少年の語り口から、魔獣という災害に対する感情を読めなかったのだ。もっと理不尽で、悲惨な事が起きたのではないかと予感させた。


「やってきたのは魔獣なんかじゃねぇ、鎧を着込んだ兵士だった、大勢いた。出迎えた村長がいきなり斬られて、そっからはもう滅茶苦茶だ、みんな殺された」


「なんと……」


 御堂の嫌な予感は合っていた。この世界において鎧を着れるというのは正規軍の兵だけだ。賊にそんなものを実用レベルで維持する能力はない。つまり、この少年がいた村を攻撃したのは、貴族の下にいる軍隊だということになる。


 誰も悪いことをしていないはずなのに、理不尽に殲滅させられた村。その僅かな生き残りが、ここにいる子供たちだった。


「みんな死んで、隠れてた俺たちは捕まって、ここに放り込まれた。逃げ出そうとした奴もいたけど、奴らに遊ばれて殺された。俺たちも何度も棍棒で殴られた」


 子供たちは自分と違い、手も足も縛られていない。子供だからというのもあるだろうが、暴力で反抗心を文字通り叩き折ったのだろう。


「もう、痛いのは嫌だ……何も考えたくない」


 そこまで話すと、少年は黙ってしまった。彼からすれば、もはや自分たちに救いなどあるはずもなく。ただ非合法の奴隷として碌でもない主人に売られ、惨たらしい最期を迎えることしか想像できないのだ。だから、思考を停止させてしまいたいのだろう。


 ここまでの話を聞いて、御堂は脳裏に推測を並べていた。敵の正体とその繋がりについてだ。敵を知らなければ、反撃に移ることはできない。


(村を襲わせたのは、間違いなく貴族……それも帝国のだろう。そこには論理的、合理的な要素は欠片もない。狂気染みた娯楽のつもりだろう。マンハントとは、悪趣味にも程がある。唾棄すべき行為だ)


 更に考える。子供たちは口封じか、あるいはそれも興の一つかで奴隷商人に引き渡された。そして売り物として、貴族が大勢いる学院都市に連れてこられたのだろう。しかし、ここは帝国と共和国から集った魔術師のお膝元。違法行為に手を染めて、のうのうと活動できる場所ではない。


 奴隷商人はそれを予期していなかったのだろう、さして考える頭があるとは思えない。だから売れ残った。男たちが言っていた主人の怒りの原因はこれに違いない。その補填のために自分は攫われたのだ。御堂はそう結論付けた。


(相手が何者で、何をしようとしていたかはわかった。この後に敵が何をするか……)


 奴隷商人の視点に立つ。商品が売れなず、更には取引を持ちかけた“善良な貴族”に通報される可能性まで考えれば、今すぐにでも学院都市から出たいはずだ。都市から馬車が出てしまえば、逃げ出す機会は皆無になってしまう。脱出までの猶予はあまりないと見える。


 考え事を始めて黙りこくった御堂から、少年は視線を外した。抱えている自身の膝を見つめて、小さく呟く。


「もう、どうにもならないんだ、何も考えない方がいい。考えたくもない」


 少年の独り言に、御堂はちらりとその顔を見る。薄暗い中でも、表情に強い絶望を浮かべた小さい子供がそこにいるのだとわかる。助けを求めることも諦めてしまった者の顔だ。


(けれども、死にたいと考えているわけではない)


 こういったとき、自衛官はどう動くべきか、教官たちから嫌というほどに教え込まれた言葉が、御堂の心に思い浮かぶ。


『弱者に救いの手を伸ばすこと、それは人を守る役目を持つ者に与えられた、絶対の義務だ。故に自衛官は如何なる苦境に身を置こうとも、その義務を放棄してはならない。一人でも悲しみに呑まれる人が減るように――』


 御堂もそうして教官たちに救われ、今の自分がある。心中にあるのは強い使命感。ただ己の窮地を脱するためだけではない。自身の全力を尽くして、理不尽に襲われた子供たちを救い出すのだ。枯れた涙を、再び流させないためにも、


(考えろ、御堂 るい。自身の手にある全てを使わなければ、この困難は乗り越えられない……)


 武器はない。筋力も落ちている。魔術は元からない。武力によるストレートな突破は無理だ。であれば、絡め手に頼る他ない。ただの話術だけでは駄目だ。もっと強い、相手に隙を作らせる要素が必要である。


 それは何か、御堂は少し考えた末、あることを思い出した。この状況に陥る原因となった、自身の身体についてだ。


「……ふむ」


 首を傾け、自身の胸元を見る。それは、一般的な男性を惹き付け、誘惑するには十分な質量を持って御堂の胸元にくっついていた。


(少しばかり、嫌悪感はあるが……)


 御堂は一つの作戦を立案した。まずはそれを実行するための段取りをしなければならない。そのためには、子供たちの協力は必要不可欠であった。


「すまない、君……名前はなんという?」


 御堂に声をかけられ、目だけ動かした少年はぽつりと名乗る。


「……エリム。ただのエリムだ」


「エリムか、良い名だ。すまないがこの縄を解いてくれないか」


「そんなことしたら、また殴られる……」


「大丈夫だ。もう君が、君たちが殴られないようにする」


 諭すような言葉に、エリムは頭だけを御堂に向けた。だが表情は変えず膝から手を離さない。闇に慣れた御堂の目には、猜疑心のある幼い顔が見えた。


「そんなことを言って、俺の友達は死んだんだ、だから……」


「大丈夫だ。俺を信じてくれないか」


 エリムの声を遮り、御堂は言葉を重ねる。反応したのは、エリムの後ろで横たわっていた少女だった。小さく、僅かに希望を持って口を開く。


「お姉さん……私たちを、助けてくれるの?」


「信じられねぇよ、あんたに何ができるってんだ……」


 なおも御堂を信じようとしないエリムに、御堂は不適な笑みを作って名乗る。


「俺の名はミドール。イセカー家の騎士にして、魔術学院の講師をしている者だ」


 名乗りを受けて、子供らに動揺の色が出た。騎士であり講師、その意味は幼い子供たちにもなんとなくは理解できる。

 魔術講師というのはエリムが思っていたようなただの貴族ではない。その子息子女を指南する程の身分である。しかも騎士でもあれば、それだけで強さを保証されているようなものだ。エリムも一度は夢見た、武勇に優れた者しかなれない男子の憧れる存在であった。


 子供たちの反応に「かかった」と、餌に食いついた魚を相手にするつもりで御堂は後一押しと口を回す。


「証拠を見せろと言われても、今は武器も何もない身だ。けれども、伊達や酔狂で口にできるほど、この名乗りは軽くはない。それはわかってもらえるな?」


「だけんど……」


 まだ戸惑うエリムの目を正面から見据えて、騎士は弁じる。


「騎士の名において約束する。君たちを救い出すと」


 穏やかだが、同時に絶対の自信を持っていると感じさせる口調だった。少年は久方ぶりに、目元が潤んだのを感じた。頬を伝ったのは、希望を得た喜びの涙であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ