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4.1.7 Mrs.ミドールの長い一日 その七

「ぐあっ……!」


 男の太い指がか細い首を掴んで締め上げ、御堂を悶えさせる。使える片手で自身の首に伸びている腕を外そうとするが、万力のようとすら感じる腕力の差を思い知らされるだけであった。


「へへ、顔を傷つけるわけにはいかねぇからな、優しくしてやるよ」


 呼吸を阻害され苦しむ美女の顔にそそられるものがあるのか、男は気色の悪い笑みを強める。男女の違いという決定的な腕力の不利を初めて味わった御堂は、咄嗟に腰へ手をやった。だが、いつも身につけている得物がぶら下がっていない。


(不用心だった……!)


 コンバットナイフがあればこんな男一人、即座に処理できるものを、御堂は慌てて自室を飛び出した自身の迂闊さを恨んだ。


 抵抗すらままならない。そのまま引き摺られるようにして、薄暗い路地裏へと引っ張り込まれる。

 首を絞められたまま息も絶え絶え、口を魚のように開けて閉める御堂の耳に重たい足音が複数聞こえた。視線だけをそちらに向けてみると、自分を締め上げている男と似たような風貌の者が三人いる。


「手洗いにしては随分長かったと思いきや、なんでぇその女は」


「商品の補充だ。これだけの上玉なら、主人のお怒りも少しは和らぐだろ?」


「へぇ、確かに良い女じゃねぇか……」


 男たちにじろじろとした視線を向けられた。それに生理的嫌悪が感じられて、御堂は身を捩る。それがまた劣情を誘うのか、男たちはにたにたとした笑みを作る。御堂は男性を恐れる女性の気分と言うのを、正にその身で知った。


「生娘みてぇな反応をしやがる、こりゃあ確かに高く売れるぜ」


「だろ?」


「でもすぐ売っちまうにはもったいねぇな……ちょっと味見しないか」


 男たちがしている会話の意味を理解できてしまった御堂は、青くなっている顔を更に白くして、もがく力を強める。女体になった上で強姦されるなど、とても許容できるものではない。そうなる前に舌を噛み切って自死する方がマシである。


「おめぇら、この前それやって主人にどやされたの忘れたのか?」


 だが、御堂を抑えている男は存外に冷静であった。


「今回は上手く隠すって、なぁ?」


「おうよ、ばれなきゃ問題ねぇよ」


「前にも同じこと言ったのも忘れちまったのか? 二度目はねぇって言われたろうが」


 どうもこの男はリーダー格でもあるらしい。言われた二人は不満そうにしながらも反論をやめた。


「そういうのは娼館にでも行って発散しようぜ、これを売ったら大金になるだろうし、そのおこぼれくらい貰えるだろうよ」


「んだな」


「生娘をやるのも悪くねぇが、主人に逆らうくらいならな」


 ひとまず最悪の事態は避けられたようだったが、だからと言って状況が良くなったとは言えない。御堂の抵抗虚しく、口に猿轡を噛まされ、手足を縛られた。更にその上から人が一人すっぽりと入る麻袋を被せられ、視界を塞がれる。


(これは、流石にまずいかもしれんな……)


 どうにかしないと自分の身が危ない。息苦しい袋の中、御堂は頭を回す。しかし考えている間にも、御堂は男に担がれてどこかに運ばれて行くのだった。


 この一幕を、広場の入り口から覗き見していた老人がいた。本が満載された革袋を肩から下げ、逆の手には出店で買ったらしい焼き菓子を持っている。


「ふむ……」


 長い髭に長い帽子、魔法使いのようなローブをまとったその老人。クラメット学院長は焼き菓子を頬張りながら、御堂が連れて行かれた方向を見やる。


「まさか、隠れた名菓子店の近くでこんな事件が起きているとはのう……しかも」


 クラメットは連れて行かれた女性から発せられる魔素から、その正体を暴いていた。ついでに事の原因もすでに見抜いている。どうやら、のんびりと買い物をしている場合ではなさそうである。


「面倒なことになったものじゃ」


 だからと言って取り乱すこともない。あの迂闊な男をどうやって助け出すか思案しながら、学院長は少し早足になって学院へ戻るのだった。


 ***


 御堂の視界が開けたのは、またも薄暗い場所であった。大小の荷馬車が並ぶ木造建築、車庫のようなものだろうかと御堂は推測した。

 学院都市で知る範囲で、このような場所の覚えはない。それから逆算すれば、ここは商業地区、外からやってきた商人が荷馬車を預けておく建物だと見当がついた。御堂はそう言った場所に関わりが無い。


(だとすれば、ここは街の南側、城門のすぐ側だな)


 現在地を推測していると、男の手が後頭部に伸びた。乱暴に猿轡が外され、口元が自由になる。

 何のつもりだと思い、ちらりと男の方を見る。


「大声出しても無駄だぜ、ここは静粛の術が掛かってるって話だ」


「……なるほど、随分と用意周到だな」


「こういう仕事をしてるとな、色々と賢くなるのよ」


 こめかみを太い指で叩く男に「賢い?」と聞き返しそうになったのを堪えて口を噤む。


「ま、ここまで来ちまったらもうおめぇさんは終わりだ。諦めて、せめてまともな貴族に売られることを祈るんだな」


 そう言いながら、男たちが御堂の手足を掴んで持ち上げ、目の前にある大型の荷馬車の荷台に荒々しく投げ込んだ。トラックの荷台に似たそこに放り込まれ、その床に身を横たえる。呻きながら視線を上げたのと同時に、外へ通じる蓋が閉じた。


(あそこまで徹底しているということは、この荷台にも静粛の魔術、音を抑える術が掛けられていると見ていいな)


 ここに連れてこられる間に、御堂は男たちが何者かを推測していた。彼らの話と今の状況を見るに、あれは俗に言う奴隷商人の一派だろう。だが、普通の奴隷商人ではない。


 帝国には国が認めた奴隷制度が存在する。奴隷となるのは元罪人や、貧しい村から売られた者、極希に取り潰しとなった貴族の子息がその身分へ身を落とすと、御堂は書物から知っている。


 けれども、ここにおける奴隷とは地球の創作物で良く見られる“虐げられる身分”としての奴隷ではない。どちらかと言えば古代ローマにおける扱い、つまりは“正当な労働力”として扱われる身分階級である。


 主人が奴隷に必要以上の体罰を与えることは禁じられているし、僅かだが給金も出される。優れた能力があれば正式に雇われ、下男や従者となる者もいるとのことである。当然のことながら、人を拉致し奴隷として売ることは非合法であるし、重罪だ。


(つまり、俺は犯罪組織に捕まったというわけだ)


 これはある意味で幸運でもあった。もし、この国における奴隷制度が悪趣味なものであったら、御堂は助からなかったかもしれない。非合法な方法で奴隷とされた場合であれば、事が露見さえすれば助け出されるだろう。


(が、楽観視はできない)


 先に挙げたのは、脱出に失敗した場合における幸運である。しかも、そうなる可能性は著しく低い。


(犯罪組織によって売られる先も、おそらくは後ろ暗いことをしている貴族だろう。そこでの扱いなんて、出来も後味も悪いフィクション作品で良くある展開と似たものだろうな)


 御堂は自身が嫌悪を覚える、悪趣味な創作物での展開を脳裏に浮かべて、身震いした。元の世界に帰ることも出来ず、十八禁創作物の被害者にされる気は毛頭無い。となれば、なんとしてでも脱出しなければならない。


「さて、どうするか」


 呟きながら身を起こし、荷台の壁に背を預ける。そして訓練でしたように目を薄暗さに慣れさせる。周囲からの音にも聞き耳を立てる。外で物音はしない、男たちはこの場を離れたようだ。


 逃げるなら今の内かと考えるが、その手段がない。


(しかし、ナイフがないのが悔やまれるな……)


 荒縄で縛られた手足に目をやり、思わず溜め息を吐く。そのときふと、周りから小さい吐息が聞こえるのに気付いた。息を潜めている者が、複数人いる。


「……誰かそこにいるのか」


 誰何した御堂の言葉に応えるように、薄暗い中で蹲っていた存在が顔を上げた。

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