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3.4.11 皇女と機士

 襲撃を受けてから数時間後。学院長クラメットが弁舌を回したことで、ひとまず観客の貴族たちへの納得が行く説明と、闘技大会の閉幕に成功した。それから学院長と講師たちは学院の会議室に集まり、議論を紛糾させていた。


「皇女殿下にはすぐ帝都へお戻りいただくべきだ! これ以上この地で何かあったら、我らの首が飛びかねん!」


「しかり、この場に留まっている内に賊が再度仕掛けてきたら、次は守り切れるかわからなんだ」


 講師たちの主な意見はこのようであった。彼らは今、賊に狙われた皇女をどうするか、もっとわかりやすく言えば、どうやって責任問題を回避するか、発生させないかについて話し合っている。


 この中にはトルネーもいたが、彼は一言も発しない。ただ黙って、学院長の方を横目で見ている。クラメットも、講師らが好きなように発言するのに任せるだけで、意見を述べようとしない。


「――では、皇女殿下と近衛機士には、早々に学院を出て頂くということで、よろしいですかな、学院長」


 集まった講師らの内、クラメットの次に高齢の男性講師が告げた。それは確認というよりも、催促に近い言い方であった。もうこれで決まりなのだから、余計な口を挟まないでもらいたい、そういった意図が透けている。


 対し、学院長は小さく息を吐いた。どこか悲しさを持っているような溜め息だった。


「それは皇女殿下の安否を案じてのことかの?」


「無論です。ここに留まれるよりも、一日も早く帝都にお戻り頂くべきです」


「なるほど……ところで、護衛に付き添える近衛機士のウクリェは何体残っておったかな?」


 クラメットの質問に、高齢の講師は隣にいた若手講師に目配せする。彼が手元にあった資料を何枚かめくり、代わりに答える。


「三体です、学院長」


「ふむ、そうか……してじゃ、諸君らに問いたい。魔道鎧という戦力を残したまま、学院の外へと逃走した賊から見て、護衛の鎧を三体しか連れていない皇族は、どう見えると思う? わしに教えてくれんかの」


 学院長の問い掛けに即座に返答できる講師はいなかった。答えはわかり切っている。だが、それを口にしたら、自分たちの都合が悪くなってしまう。ここで最初に声を上げたのは、やはり高齢の講師だった。


「であれば、あの授け人を連れていかせましょう。彼一人いれば、なんとでもなりましょうぞ」


 他の講師たちも「そうだ」「それなら安全だ」と口を揃えて同意する。「いかがでしょう、学院長」と同意を求めた講師に、クラメットは心底うんざりした口調でまた尋ねた。


「……其方らは、ミドールからの報告を聞いていたのか?」


「それは、どういった意図で?」


 とぼけたような、本当に心当たりがないというような、そんな反応であった。


「彼曰く、自身と互角以上に渡り合う鎧と乗り手が賊にいたという話じゃよ。彼が自ら、この場で話してくれたであろう……それとも、其方らは報告したミドールに対し、あれだけ執拗な尋問をしたというのに、話の内容は一切聞いていなかったと、そう申すのかのう?」


 そう言う学院長の視線には、侮蔑じみたものがあった。

 クラメットの言った通り、つい先ほどまでこの場には御堂も立っていた。彼は学院長に促され、敵の魔道鎧についてをなるべく詳しく報告して見せ、その危険性を述べていた。


 だが、報告を聞いた講師らは彼を「役立たずの魔無し」としか評せず、ただ賊を逃した責任だけを追求していたのだ。クラメットに促されて退室するその背中にまで、罵声を浴びせた者もいる。


「あのような余所者の報告など、信じるに値するでしょうか……そもそも、彼の者が賊を取り逃したことが事の原因なのです。その責任を負わせず、殿下の護衛という大役に就かせるのは、大変に慈悲のある処罰だと私は考えますが?」


 これにはクラメットだけでなく、トルネーも小さく鼻を鳴らして呆れた。先と御堂に対する評価が反転している。

 結局の所、講師らは学院の中ではなく外で皇女が襲われるならば、責任逃れができると考えているだけなのだ。


 前々から駄目だとは思っていたが、学院長は自身の想定の甘さを思い知らされた気分だった。なので、自ら動くことにした。


「諸君らの意見はわかった。では学院の最高権力者として決定を下そう……皇女殿下には帝都より増援が来るまで、我が学院に留まっていただく。講師ミドールは殿下お帰りの際の護衛につけず、学院の守備に回す」


「なっ、学院長! 私たちの話を聞いてらしたのですか!」


「それでは何かあったとき、誰が責任を取るのです!」


 自分たちの決定を覆す言葉に講師らは驚き、憤怒した。荒々しく腰を上げて抗議する。が、クラメットは静かな表情をしたまま、


「黙れ若造ども。そんなに自身の首が大事であるなら、今すぐにでも講師の外套をわしに返すが良い。さすれば、学院内で殿下の身に何があろうと無関係でいられる」


「我らに講師の座を返上せよと申しますのか! それは横暴です!」


「そうじゃ、わしは横暴じゃ、殿下の命よりも自身の立場を優先するような俗物に、何故に慈悲深く接してやる必要がある?」


 学院長の率直な言い草に、講師らは閉口する。ここで感情任せに罵倒しようものなら、本当に講師の立場を捨てなければならなくなる。高齢の講師は一瞬、苦渋の表情を浮かべたが、すぐに真顔になり、学院長に問いた。


「学院長、その増援の手筈は整っていると見て良いのですな?」


「当然じゃ、何なら闘技大会の前日から、すでに早馬を出しておる」


「……それが早とちりと見られることになっていたら、どうするおつもりだったので?」


「殿下の凱旋が、少し豪華になっただけであろうな」


 もはや、この老人に対して何を言っても無駄であった。それを理解した高齢の講師は、さっさと席を立ち、礼をしてから退室していく。それを合図に、他の講師たちも出て行く。


 それを見送る学院長に、一人残ったトルネーが「苦労なさいますな」と言葉をかけた。クラメットはふんと鼻息を荒くし、言った。


「なぁに、たまにはびしっと言わんと学院長の名が泣く。それに、功労者にも示しがつかんでな」


 ***


 数日後。増援の近衛騎士と魔道鎧ウクリェが学院に到着し、騎士でごった返す学院の正門では、御堂とパルーアが二人でその様子を眺めていた。


「これでしばらくお別れだなんて、寂しいわね」


「失礼を承知で言わせてもらえば、やっと肩の荷が降りると安心している」


 ここ数日、相も変わらずお転婆であった皇女の相手をさせられた御堂がそんなことを言う。パルーアは「言うじゃないの」とその脇を肘で突く。すっかり皇女への話し方がフランクになっていた。


「だが、学院滞在の最後の最後だというのに、皇女ともあろうお方が一介の騎士に会いに来るなんて、身分的にどうなんだ?」


「ふふ、貴方は本当に自身を過小評価しているのね。ミドールがいなかったら、私の命はなかったかもしれないのよ? 父上から評されるだけの働きをしたこと、自覚しておいてね。悪いようには伝えないから」


 その言葉には、パルーアなりに「御堂に悪くなるようなことはしない」という意味が込められていた。

 彼女の報告次第で、御堂が元の世界へ帰る道のりは険しくなる。ただでさえ厳しい状況を、更に困難にされては敵わない。御堂はパルーアの気遣いに、素直にお礼を述べた。


「それは有り難く、光栄なことだ……しかし、ラジュリィたちとはもっと話すことがあったんじゃないのか? ここで俺と話すよりも大事だろうに」


「あら、ちゃんと話してきたわよ? 私もミドールをとても気に入ったこと、ちゃんと知らせておいたんだから」


「……火に油を注がないでくれ」


「火種を燻らせたのはミドールなんだから、私は責任取れないわ。自分で鎮火なさいな」


「手厳しいお方だ。さて……」


 御堂がちらりと視線を向けた先、近衛騎士隊長のペルーイがこちらに手を振っていた。出立の準備が整ったのだろう。パルーアもそれに気付いて、御堂に向き直り、顔を見上げる。


「ミドール。最後に聞いておきたいのだけれど、良いかしら?」


「俺に答えられることなら」


 御堂の顔を見るパルーアの顔が少しだけ朱色になり、意を決したように表情を引き締めて、尋ねた。


「貴方は、私が皇女でも貴族でもない、ただの少女だったとしても、助けてくれましたか?」


 その問いに、御堂は真っ直ぐな視線と共に当然だと答えた。


「勿論、貴女が何者であろうと、貴女という人物だから助けました。自分の信念に誓います」


 答えを聞いて、パルーアは数瞬、じっと御堂を見つめてから、ころころと笑った。


「これだから、あの二人も苦労するのね……ミドール、こちらへ寄ってくださる?」


 言われ、御堂はまた手の甲に口付けでもさせられるのかと近寄った。なので、それは不意打ちとなった。


 近づいた御堂の手を掴み、パルーアは自身の方へ引き寄せる。バランスを崩して顔を下げた彼の頬へ、確かな口付けをしたのだ。


「……何を?」


 一瞬の出来事、だが何をされたか十分な時間に起きたことに、御堂は唖然とする。その顔を見て、パルーアは自身の口を抑えながら、数歩後ろに下がる。


「私からの表明と呪いよ。ミドール、貴方を元の世界へ帰さないためのね」


 その意味を問い質すよりも早く、皇女は駆け足で近衛騎士たちの方へと行ってしまった。言葉の意味と行為の意味を推測し、まさかという考えに至る。そこに、


「……騎士ミドール、不敬罪で拘束されたいのですか……?」


 ぞっとするような悪寒と寒気が背後からやってきた。いつから見ていたのか、考えるほど恐ろしいことを考察しながら振り向けば、そこにはとても不満だと言いたげなラジュリィが立っていた。


「もう一度聞きます。騎士ミドール、皇女殿下に何をしたのですか?」


 全身から不機嫌さを具現化させたように冷気を放出している主人。御堂は困り顔で後頭部を掻く。彼女にいくら抗弁しても無駄だろうが、それでも自身の尊厳と助命のため、御堂はいつもの調子で口を回し始めた。


 冷気を浴びながらも、頬に残った熱い感触は、しばらく消えることはなかったのだった。


 〈第三章 帝国と機士 了〉


挿絵(By みてみん)

これにて第三章完結となります。

少しでも楽しんでもらえたなら是非、評価の方をよろしくお願い致します。

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