3.4.10 難敵との邂逅
闘技場外へと駆け出した御堂はネメスィに乗り込み、カモフラージュの木箱を強引に破壊しながら飛び出す。そして騒ぎの中心である闘技場表の広場に到着する頃には、先じて出動した警備隊は壊滅していた。
「これは……!」
広場の惨状に、御堂は思わず呻いた。大きく損傷し、建築物に叩き付けられて動かなくなっているのは、ウクリェが五体。その中には近衛騎士の物である鎧もあり、同様に打ち倒されている。幸いなのは、どれも胴体の搭乗席が大破しているようには見えないことだった。
広場の中央。そこに佇む、惨事を起こしたであろう魔道鎧は一体だけであった。ウクリェよりも大柄な、真紫色の装甲を複雑に重ね合わせた全体像。構えもしていない右腕には一振りの西洋剣。体格に反して小型な頭部の赤い双眼が、ネメスィの姿を認めて鈍く光った。
(見たことがない型だ、二等級……いや、一等級の可能性もあるか)
相手を分析しながら横目で周囲を確認する。目に見える範囲に民間人の姿はない。すでに避難したか、あるいは建物の中に隠れているのだろうか。どちらにせよ、市街地のど真ん中であることには変わりなく、流れ弾が出てしまう戦闘はできない。
「――ならばっ!」
こちらを観察するように動きを見せない敵機に、白い機体が突っ込みをかけた。市街地での戦闘で長期戦は愚策。短期決戦で即座に敵対勢力を鎮圧し、周辺被害を最低限に抑える。陸上自衛隊に所属する機士にとって、基本中の基本の戦術であった。
翼も稼働して、ぐんと加速する機体。一瞬、真紫の鎧が右腕を動かして防御の姿勢を取ろうとしているのが見えた。こちらに反応して見せた時点で、敵は相当の実力者であると窺い知れる。
(それでは、光分子の刃は止められない!)
その防御の上から一撃を加えるつもりで御堂は念じる。ネメスィは搭乗者のイメージを正確に読み取り、実行した。鋭い斜め袈裟斬り、相手が構えた西洋剣ごと胴体を叩き割るつもりの一撃。
だが、御堂の予想と結果は異なっていた。
「なっ!」
魔道鎧の装甲程度なら容易く切り裂く、薄緑色に輝くカッターが、白色に光り出した西洋剣に受け止められていたのだ。
(魔術か!)
驚愕しながらも、こちらの武装に対抗して見せた敵の技を見破った御堂は、即座にもう片腕のカッターを叩き付けようと振り上げさせる。そこで、思考に違和感が走った。
(――明らかにこちらの手の内を知っているのに――)
剣一本でこの機体と組み合うのか? それが言語化するよりも早く、御堂は機体を後ろに飛ばした。その前方を掠めるように、頭上から二つの刺突が成された。間一髪で逃れたネメスィが着地して構え直す。
「腕、いや尾か!」
真紫の鎧の背後から、多数の可動部を持つ蛇のような装備が現れていた。その先端には、手に持つ剣と同じように白く光る切っ先がある。違和感に気付くのが遅れていたら、あれに串刺しにされていただろう。
(おそらくは、光剣の魔術を魔道鎧にも適用した術だな。実現は難しいと聞いていたが……できないというわけではないか)
その高度な術を操るだけの魔術師が乗り手であれば、難敵なのは一目瞭然である。油断せず構える白い機体、対する真紫の鎧は剣を構えず、悠々と尾を揺らしている。
『流石は授け人と言ったところか、良い勘をしている』
突然、真紫の鎧から男性の声が響いた。その意図を察し、利用するつもりで御堂も外部スピーカーをオンにした。
「そちらこそ、随分と立派な物に乗っているな」
『その白い鎧に相対するなら、相応の鎧を用意しなければ失礼というものだろう』
「こちらを買ってくれているようで、嬉しい限りだ」
会話をしながら、御堂はこの後の流れを推測する。敵の目的は時間稼ぎということはわかっている。増援を待つ、というのは立地的にあり得ない。ならば作戦が失敗したために味方が逃げる時間を作る必要が生じて、殿を務めて暴れている。御堂はそう予測した。
(ウクリェならともかく、ネメスィと長くやり合うには不利と考えた――そんなところだろう)
逆に、ネメスィの性能でもこの敵を一瞬で鎮圧するのは困難だ。なので、警備隊か近衛機士のウクリェが新たにやってきてくれるまで時間を稼ぐことにする。
『して、授け人。俺は部下から、仕事を優先しろと良く言われる』
それまで尾を揺らすだけだった真紫の鎧が、右腕の剣を半身で構えた。
『確かにそれは大切なことだ。しかし俺としては、仕事と同じくらい優先したいこともある。それはな――』
相手が先に時間稼ぎを終えたかと、御堂は周囲の動きに気を配る。伏兵がいる可能性もあった。ネメスィの頭部カメラが僅かに横を向く。
『俺の戦績に泥を塗った奴を叩き潰すことだ、ミドール!』
それが致命的な隙になったのを、御堂は遅れて理解した。相手の言葉と踏み込む音に反応したときには、重厚な見た目にはそぐわないスピードで敵が迫ってきていた。
「くそっ!」
後ろに引けば民間施設。自然と前に出て迎え撃つしかなくなった。ネメスィに踏み込ませようとした直前、視界に敵と違う物が大写しになった。
「っ!」
それは資材箱、四辺が六メートルはある木製コンテナであった。御堂は辛うじて、駆ける真紫の鎧が片方の尻尾でそれを突き刺して、正確に投擲してきたことだけ理解できた。
(目眩ましとは!)
確かに不意打ちには違いない。御堂が並の経験しかしていない凡人であったら、次の攻撃を避けることはできないだろう。だが、彼を機士として育成し育て上げた教官からの教えが、命を救った。
飛んできたコンテナを両腕で受け止めてから、左手だけで下から支えるようにして、全身を沈み込ませるように屈める。直後、その頭上を横薙ぎの斬撃が抜けた。変則的な変わり身の術であった。
コンテナを粉砕しながら攻撃を放った相手は、これで仕留めたと油断しているはずだ。そう信じて、ネメスィは屈めていた両方の膝関節を一気に伸ばし上げた。木材と内容物が煙幕となる中、右の光分子カッターが見えない相手の胴体位置を予測して突き狙う。
『この程度でやられてはくれんか!』
対し、敵の鎧は素早い対応を見せた。右腕を振り抜いて無防備な胴体に伸びた薄緑の刺突を、左腕を犠牲にして受けて見せたのだ。ごつい腕を貫いたカッターをすぐに引き抜き、ネメスィは転がるように右へ移動する。
普通ならば完全に無防備と化している左側面を斬り付けようとするが、振るわれた尾がそれを阻んだ。なんとかカッターで切っ先を弾き飛ばし、距離を取り直す。
(やられてみるとわかるが、腕が四本あるのは相当に厄介だな)
『一つ謝罪しよう授け人、俺はお前を過小評価していた。故に――』
振り向いた真紫が西洋剣を構える。左腕の損傷などハンデにもならない、そう物語っているような動きに、御堂は被っているHMDの下で冷や汗をかいた。
次は全力の攻撃が来ると見えた。それを受け止めきれるか、反撃で倒せるか、手数では勝っているのだからできるはずだ。己と愛機を信じろ!
そう自身に言い聞かせ、御堂も受けの構えをネメスィに取らせる。数秒、睨み合う両者。どちらともなく斬り込むかと思えたそのときだった。御堂の背後、遠くから何かの破裂音が聞こえた。
(……空砲?)
地球の軍人である御堂にはそう捉えられる音だった。途端、敵は構えを解いてしまった。困惑する御堂の前で尾を格納し、西洋剣を腰の鞘にしまっている。
「何のつもりだ……?」
『まったく、楽しい時間というのはすぐ終わってしまうものだ』
真紫がそう告げたことで、御堂は敵が時間稼ぎを終えたのだと理解した。となれば、相手の目的はこちらの撃破ではなく、
『この続きはいずれ』
逃走となった。身を翻して表通りへと市街地を駆け抜けていく敵機。「待て!」とすかさず御堂が追おうとした。その前に、白い機体の足下に警備兵が一人走ってきて叫んだ。
『機士ミドール殿! 南の市街地で魔獣が暴れ出した! 資材箱から突然出てきたんだ!』
その声を聞き、真紫の鎧が逃亡した方角が北であることを理解したとき、御堂は敵が二重の備えをしていたことに気がついた。一瞬、もう建物の影に隠れて見えなくなった魔道鎧の方を見やってから、
「……わかった、すぐに向かう!」
兵士に告げてからネメスィを反転させ、即座に市街地へと向かった。拳を操縦席のコンソールに叩き付けず、小さい舌打ちで堪えたのは、理性による抑えが効いた結果であった。




