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1.2.1 相互理解

 それから、御堂は習慣であるベッドメイクを行った。自衛隊の基本は整理整頓である。それは、異世界に来たからといって変わらない。しっかりと四隅を直角にし、しわ一つないように整えられたベッドを見て、御堂は満足気に頷く。


(教官が見ても、文句はつけられないだろうな)


 ふと、そんなことを思った。だが、その教官たちと再会できるかどうかがわからないという現状を思い出して、表情が陰った。


 その後、身支度を整えてから、御堂は人目につかないように部屋から出た。そして、中庭に鎮座する愛機のコクピットの中に入る。

 周囲にいた見張りの兵たちは、御堂を何か恐ろしいものを見るようにして、止めようとはしなかった。


(昨日のことを、よほど気にしているのか……もしくは、領主の娘から何か言われているな)


 御堂からすれば、その方が都合が良い。座席に座り、主機エンジンに火を入れる。ヘルメットを被り、網膜で認証を終える。そこまでして、一旦、ヘルメットを脱いだ。


 この機体のコクピットは、内側にもモニターが設置されている。ヘッドマウントディスプレイがあれば不要なのだが、それが破損した時の予備や、今のように計器や装置を手動で操作するときに活用する。御堂はそう教わっていた。


 端末を操作し、通信機を起動させる。対応する周波数は、事前にセットされている。しかし、どのチャンネルに接続してもノイズしか聞こえてこなかった。モニターにも「オフライン」の文字が表示されるだけだ。


「やはり、通じないか……」


 最新鋭機の通信装置でも、流石に世界を超えての交信はできないらしい。わかってはいたが、微かな望みが一つ絶たれて、御堂は肩を落とした。


『機士ミドール!』


 一息ついた御堂の耳に、機体の集音装置が拾い上げた声が入った。ラジュリィだ。従者の少女、ローネを連れている。

 朝になり、御堂を起こしにいったローネが、客人がいなくなっているのを知り、主人であるラジュリィに報告していた。そのため、彼女は血相を変えて御堂を探したのだ。


 そんなことを知らない御堂は、呑気に機体に手を振らせて挨拶代わりにした。モニターに映るラジュリィが思わず手を振り返してから、はっとした。


『機士ミドール! 降りてきてください!』


 声に僅かな怒気がこもっていた。どうやら、勝手に愛機に乗っていることがお気に召さなかったらしい。御堂はそう判断して、すぐに主機を落とし、荷物を取り出して、コクピットから這い出る。


 裸眼で見ても、やはり彼女は怒っていた。御堂は少し急いで、小脇に荷物を抱え、装甲を伝って地面に降り立った。


「お呼びでしょうか、ラジュリィさん。勝手にこれに乗ることが御気に召しませんでしたか?」


「それもありますが、鎧へ乗ってそのままどこかへ行ってしまうのではと思ったのですよ!」


 聞いて、御堂はああ、と納得した。自分が機体に乗って、城から逃げ出すと疑ったらしい。


「そんなことはしませんよ。昨晩、約束しましたからね。ただ、荷物を出そうと思っただけです」


「……本当ですね?」


「信じていただけませんか?」


 御堂は少女の目を見据えた。真っ直ぐな視線だ。相手に自分の意思を伝えようとする際にこうするのが、御堂の癖なのだとラジュリィは知った。頬が少し赤くなる。黒真珠のような瞳に見つめられ、吸い込まれるような錯覚を覚えたのだ。


「……信じます。ミドールは将来、私の騎士になるべき者なのですから」


「そこまでは約束していませんが、ありがとうございます」


 そのやり取りを見ていた従者、ローネは溜め息を吐きそうになった。この主人、相当に授け人に入れ込んでいるようなので、心配になったのである。


(深海の真珠が、こうなるとは……)


 見ている先で、ラジュリィがまた何か責め立てようとして、授け人に、苦笑するように微笑みかけられていた。それだけで、自分の主人は俯いて押し黙り、もじもじとし始めるのだ。


 ローネが彼女のお付きになってもう八年。こんな主人は初めて見る。いや、実を言えばラジュリィの性根は、結構甘えん坊なのである。二人きりの時は、ローネのことを姉様と呼んで甘えることすらあった。それにしたって、限度がある。


(そりゃあ……あの授け人は、かなりの美男ですけどね?)


 その上、性格も紳士的だ。自分のような従者にさえ、気遣いをしようとする。甘さと言えばそれまでだが、優しさと言い換えたら、それは長所だ。

 ローネ自身も、気を抜くところっと落ちてしまいそうだ。しかし、主従揃って、客人に骨抜きにされるなど、イセカー家の名に傷がつきかねない醜態だ。だというのに、


「そ、それで騎士ミドール。せっかくですから、貴方の素敵な鎧について、教えてくださいませんか?」


「この機体についてですか?」


「はい……貴方のこと、もっと良く知りたいのです」


 なんて会話をしている。ローネは小さく、気付かれないように今度は堪えずに溜め息を吐いた。


 一方、それを聞かれた御堂は、少し悩んだ。兵器について話すということは、この世界に悪影響なのではないか、と考えたのだ。しかし、変に隠し事をして、悪印象を与えるのも、良くない。顎に手をやって、数秒考えるようにしてから、御堂は提案した。


「では、逆に魔道鎧という兵器について、ラジュリィさんから教えてくれませんか?」


「それは何故です?」


 聞こうとしていた立場で、何故、説明を求められたのか、という意図で、ラジュリィは聞き返した。


「自分の世界の兵器と、この世界の兵器では、技術体系が違いすぎます。すり合わせをしてから、説明したいのです」


「なるほど……わかりました。私も魔術師見習いの端くれ。騎士ミドールに講釈してさしあげます」


 御堂の意図を理解したラジュリィは、ごほんとわざとらしく咳払いをして、話始めた。


「歴史に関しては、省かせていただきますね。魔道鎧の精製と動かす術について、簡単に説明致します」


「お願いします」


「はい、まず、魔道鎧を精製するのには魔術を用います。魔術を操るには、この世に満ち溢れる“マナ”と呼ばれる、魔法の源を操作することが必要です。このマナは、我々の体内にも存在し、これを内向魔素と呼びます。生まれ持つ素質は、これに左右されます。そして、空気中にあるものを外向魔素と呼び、これを操ることが、魔術の発動に必要不可欠な要素となります」


「なるほど……」


 御堂は話を聞きながら、荷物の中にあった携帯端末を操作し、情報を逐一メモしていた。その光る石版のような道具を、不思議そうにラジュリィは見るが、それについて聞くよりも、説明を続けることにした。


「この魔術の一つに、魔道鎧精製の術があります。これは外向魔素を一カ所に集中させ、物質化し、望む形に形成する術です。これによって作れる大きさは、八トメル前後が最適とされています。これ以上大きくすると、魔素が集まらずに霧散してしまいますし、小さいと、兵器として力不足になってしまうからです」


「八トメル、というのは?」


「大きさ、長さの単位です。大体、騎士ミドールの鎧と同じくらいですね」


「よくわかりました。ありがとうございます」


「いいえ、拙い説明で申し訳ないくらいです。これ以上のことはブルーロに聞けば、より詳しくわかるでしょう」


「そうします……それでは、自分の番ですね」


 今の説明を受けて、御堂は一つの確信を得ていた。それは、この世界に自分たちの持つAMWという兵器について知恵を授けても、何ら問題ないだろうということだ。技術プロセスが違いすぎるのだ。なので、


「この機体は第四世代AMW。Tk-11Type3、通称は“ネメスィ”です。試作型で副座式のType1、一人乗りに仕様変更した通常量産型のType2、新技術実証用の少数生産型がこのType3となります。この機体の最大の特徴として、駆動系、装甲材にフォトンナノラミネートという素材技術を用いています。これにより、軽度の自己修復機能を持たせることに成功しています。その恩恵で、耐用年数、連続稼働時間が既存のAMWに比べ、大幅に向上しています。また、主機には最新型のフォトンドライブが搭載されています。フォトンナノラミネートと合わせて、この機体は実質、無制限に補給無しで動くことができるとされています。主な武装は、光分子カッターを四基。十口径三十ミリ砲が背中に二門。これにはフォトン・バレットが装填されています。フォトン・バレットとは、フォトン粒子と呼ばれる物質を弾頭にまとわせることで、貫徹力、弾速、命中精度を向上させた、画期的な弾丸です。その破壊力は、真正面から主力戦車を撃破することが可能なほどです」


「は、はぁ……あの、騎士ミドール?」


「続けて操作方式ですが、これには最新型のDLS、ダイレクト・リンク・システムを搭載したヘッドマウントディスプレイを用います。これにより、受信指数が低い機士でも、操縦桿やフットペダルに頼らない、思考制御を主にした操縦が可能となっています。まぁ、自分は受信指数八十をキープしておりますので、元から補助は不要なのですが……」


 そこまで一気に話した御堂は自機、白い塗装に曲線が多い、ヒロイックなデザインをした愛機を見上げた。そこでふと気付いた。


(ん? 傷がなくなっている?)


 昨日に見つけた傷が、消えているのである。薄いとは言えど、自己修復機能を以ってしても完全に消えるまで二日はかかる大きさだったはずだ。それが綺麗さっぱりとなくなっていた。

 そこで、御堂は一つの推論を立てる。フォトンナノラミネートは“ある兵器”が持っていた装甲特性とフォトン粒子を、化学反応的な結びつけによって強化した結果に生まれた、装甲材を元の形状に修復させるシステムだ。つまり、粒子による装甲への干渉が大きいほど、その効能は増すのである。


「この世界に滞留しているマナという物質と、フォトン粒子が近い性質を持っている……というのは、考えすぎか?」


「あの、騎士ミドール? 仰っていた意味がよく……」


 そこで御堂はようやく、未知の専門用語の濁流で思考停止していたラジュリィに気が向いた。


「失礼しました。自分も説明下手なもので……ご理解いただけたでしょうか」


「は、はい……ひとまずは」


 絶対に嘘だ。工学の技術もない世界の住民が、この説明を理解できるはずがない。御堂はそれを知っていて、このような不親切な解説をしてみせたのだ。これには、自分という授け人が持つ技術に期待しても、何も得られないぞという牽制の意味があった。

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