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3.4.7 保護者たちの奮戦

 観覧席で騒動が起きているのは、近い位置の観客席からも窺えた。試合の途中だと言うのに突然動きを止めた魔道鎧に、観客の貴族らが戸惑っているところで、皇女殿下がいる場へと明らかな敵性集団が押し入ったのだ。


 混乱する観客の中には「殿下をお救いに行かねば!」と席を立つ気概のある貴族もいた。だが、その恰幅の良い男性が駆け出そうとするよりも先に、隣にいた貴婦人が「杖もないのにどうするのですか」と旦那の服を引っ張って席に座らせた。


 そう、観客席にいる貴族たちは全員丸腰であった。側に領地から連れてきた護衛を控えさせてる者もいるが、持っているのは刀剣だけである。


 警備の都合上、貴族に成り済まして杖を持ち込む賊を、客席に紛れ込ませないための処置によるものだった。一応、学院側が配置した警備の兵もいるが、複数ある出入り口一つに二人のみと人数は多くないし、何故だか観覧席に向かおうとしない。


「おい貴様ら! 殿下をお救いに行かぬか! それでも警備役か!」


 その警備兵の近くにいた貴族が、動こうとしない兵に掴みかからんという剣幕で迫るが、「申し訳ありません。我々の役目は皆様に不慮がないようにすることですので」と相手は取り合わない。


 思わず「腑抜けめ!」と吐き捨てたその貴族が、連れてきていた護衛の騎士に「お前が代わりに行ってくるのだ!」と命令した直後、悲鳴があがった。


 何だと悲鳴がした方を観客らが見れば、離れた位置にある出入り口から、黒いローブを被った男たちが続々と現れ、剣を抜いたのだ。いつの間にか、怒鳴った貴族がいた側の出口からも、同じ姿格好の男が現れている。その手には、敵対心を露わにした鋭い長剣が握られている。


「危険ですので、皆様はお下がりを」


 短く述べて、警備の兵が持っていた短槍を油断なく構える。二人の兵が黒ローブを槍先で牽制するが、出てきた黒ローブは十人もいる。明らかに数が足りないと見て、今し方に命令されていた騎士も「申し訳ありませぬ。今は旦那様をお守りします」と剣を抜き、警備兵に並ぶように前に出る。


「抵抗しなければ何もせんぞ。邪魔立てするならば、小生意気な騎士と雑兵には死んでもらうがな」


 先頭に立つ黒ローブの一人が悠々と剣を揺らし、脅すように告げる。が、警備兵らは身じろぎもしない。


「ほざけ、ここは魔術師様の集う学院だぞ。お前たちのような薄汚い賊が踏み入って良い場所ではない」


「そうだ、貴族様方が祭典の場に似付かわしくない、貴様らのような不届き者こそ、我が剣の錆にしてくれる」


 一歩も引く姿勢を見せない警備兵と護衛の騎士を、黒ローブは「阿呆め、立場を理解していないのか」と嘲る。


 その間にも、離れた位置の観客席からまた数名、他の貴族が連れてきた騎士らしき者らがやってくる。主人に命じられて、現れた賊を排除しようと出てきたのだ。


「貴族のお守りだけしていた甘ちゃんが、その程度の数で我らに抗おうと言うのか!」


 確かに、集まろうとする騎士と警備の兵は合わせても五名にしかならない。しかも、すぐ後ろに守護すべき貴族がいては、圧倒的に不利であった。それでも、騎士の一人が声高々と叫ぶ。


「黙れ! 主人や奥方を守るためならば、我らは満身の力を持って貴様らを打ち砕くのみ!」


 それに他の騎士も呼応して剣を振り上げ、雄叫びをあげる。周囲の貴族らも歓呼して「騎士の誉れぞ!」と鼓舞の声を送った。対し、黒ローブはそれを見下すように冷笑し、片手を上げる。後ろにいる残り九人が剣を構えた。


「くだらん劇は終わらせてやろう。少しなら貴族を殺しても構わないとのご指示だ、見せしめにしてやる」


 ついに仕掛けてくる。集まった騎士と警備兵が武器を前に出して身構えた。そこに黒ローブが倍の人数で押し込もうと踏み出す。そこへ、


「人間と言えど、流石は学徒の親御様ら一行か」


 観客席の上から、静かだが良く通る声がした。この場にいた全員がそれに気付いたのと同時、大きく鋭い氷柱が飛来して、黒ローブの一人を貫いた。哀れな被害者は胴体に大穴を開け、吐血して倒れる。


「馬鹿な、攻撃魔術だと?!」


「なっ、何者!」


 想定外の攻撃に動揺し、動きを止めた賊の言葉に応えるように、魔術を放った人物が騎士らの後ろに着地した。それは賊と同じくローブを頭まで被った男性だった。だが、貴族たちと賊はその男が纏っている紺色をしたローブのデザインに見覚えがあった。


「講師の外套……!」


「そう、魔術講師が一人だ。ついでに言っておくと、専攻は攻撃魔術である」


 おののく黒ローブに名乗った講師は頭の布を取り払う。すると、貴族と騎士らは彼の耳を見て驚いた。布下から出た笹長のそれは、共和国のエルフの証である。


「エルフが、我々に手を貸してくれるのか?」


 思わず訪ねた人間の騎士に、エルフの講師は「愚問だな」と返した。


「貴公も言っただろう。ここは魔術師の学び舎、そして私はそこに所属する講師だ。個人的に思うところもあるが、帝国の人間であろうと大事な教え子たちの家族を守れずして、講師を名乗れん」


 杖を敵に向け憮然とした態度で告げた講師に、騎士の一人が「ありがたい……!」と呟き、強力な援軍の登場に剣を持つ身を震い立たせる。


 逆に、黒ローブたちは明らかに動揺していた。今この会場全体には、術封じの魔道具が作用しているはずなのだ。なのに、観客席に隠れていた講師は魔術を放ってきた。


 魔術を使われた時点で、作戦の肝が崩れ去ってしまったのに近い。だが、黒ローブたちの頭に撤退の二文字は浮かばなかった。強引にでも目的を達成するために、武器を構え直した。


「たかが耳長が一人増えた程度だ! その外套ごと刺し殺してくれる!」


 自棄になり、一斉に黒ローブが剣を振り上げ突っ込んでくる。先ほどまでの余裕はもうどこにもなかった。


「憐れな……」


 エルフ講師は短く述べて、無情に攻撃魔術を発動させた。


 ***


 反対側に位置する観客席でも、同様のことが起きていた。

 武器を向けて威圧する黒ローブの前に、ローブをまとった講師が三人と警備兵が二人が立ち塞がっている。こちら側には、運悪く貴族の護衛がいなかった。


 故に、黒ローブたちは油断していた。明らかに非戦闘員にしか見えない怯えた様子を見せる痩せ型の講師が二人、それに表情だけは引き締めた軽肥満体型の講師が一人。しかも魔術は封じているはずだと思えば、まともに戦えるのは軽装の兵士が二人。これで慢心するなという方が難しい。


「人質にするのは、お前らの後ろにいる貴族様だけだ。用無しは隅っこで縮こまっていてもらおうか?」


 にやついた笑みと共に剣先を向けられ、補助魔術専門の講師ら二人は怯えて一歩下がる。だが、小太りの講師ことケムルだけは、一歩も引かない。ただ体格に似合わない鋭い眼光で、賊を睨み付けている。


「諸君、ここで逃げては魔術講師の名折れですぞ」


「で、ですが講師ケムル……」


「覚悟を決めんか! 逃げれば我らは永遠に臆病者の誹りを受けるぞ! 手はあるのだから、やってみせましょうぞ!」


 ケムルに叱咤され、講師らは下がった分だけ前に出て、ケムルに並んだ。端から見れば蛮勇である。黒ローブたちも大声で笑った。貴族らも不安そうに講師の背を見つめる。だが、講師らの後ろに控える警備兵二人は、逆に心強そうに彼らを見ていた。


「笑っていられるのもそこまでだ」


「おいおい、魔術も使えない講師が、どう戦おうっていうんだ?」


 敵の一人が笑いながら訪ねると、ケムルと講師たちは無言で懐から白く細長い物体を取り出した。それは魔法陣を画くのに用いるチョークであった。武器ですら無いそれを手に持てるだけ握った姿が滑稽に見え、男たちが更に笑う。


「魔術の応用法をお見せしよう」


 ケムルは怖じ気もせず、そのチョークを頭上にばら撒いた。床に落ちて砕け散ると思われたそれらは、落下の途中で重力の存在を忘れたように制止し、ふわりと舞った。


「なに? 魔術は封じたはずだぞ」


「こちらも相応の備えがあるのでね。さて、降伏するなら無傷で牢に入れて差し上げるが?」


 ケムルが意趣返しのように笑みを浮かべて告げる。魔術の知識がある者ならば、それは短杖を持たなくても使える、簡易魔術に過ぎないとわかっただろう。同時に、戦闘での使用に耐え得る術ではないことも、


「ほざけ! そんな手品程度で何が出来る!」


 これをおちょくられたと感じ取った男の一人が、剣を振り上げて小太り講師に駆けた。しかし、間合いが詰まるよりも早く。残像を残して二本のチョークが飛んだ。

 彼ら講師が用いるチョークは、長く荒く使うためにかなりの堅さを誇る。それが、男の両目に突き刺さり、鈍い音を立てた。


「がっ、ぎゃああああ! 目、目がああああ!」


 剣を放り捨て、両目を押さえて黒ローブの男が床に転がる。ざわっと後退った黒ローブらの前で、講師ケムル・ルトファー・パレッグが、無数に浮遊する武器を従えて仁王立ちする。隣にいるもう二人の講師も、覚悟を決めた表情で魔素を練り上げ、チョークを操り始める。


「さて、魔術講師の恐ろしさ、我々がその身にじっくりとご教授して差し上げよう」


 先とは打って変わり、顔面を蒼白させた黒ローブたちが逃げるかどうかと考えるよりも早く、白い凶器が飛び、悲鳴があがった。

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