3.4.4 決勝戦
昼の休憩を終えて、第二回戦がスタートする。通常型の魔道鎧でも、一回戦を勝ち上がった同士ともなれば、午前中までよりかは白熱した勝負となり、観客を楽しませた。
だがそれでも、一組と一体の魔道鎧は止まらなかった。巧みな連携と剣技で鮮やかに相手を倒すトーラレル、テンジャル。対照的に、性能差による力業で相手を叩き潰すラジュリィ。この強者に対し、あわやと言うところまで健闘するサルーベやウクリェは、ついに現れなかった。
そこから三回戦が終わり、準決勝を終え、誰もが予想した通りの順当な組み合わせで、闘技大会は決勝戦を迎えた。
『これより、最終戦を行います!』
アナウンスが流れ、審判がこれまでで一番の大声を張り上げ、選手の名を呼ぶ。
『東! トーラレル・アシカガ・イジン、テンジャル・ルマ・アノーブ!』
駐機場の扉が開き現れた緑と銀の一組。一回戦からここまで、手傷どころか攻撃を受けすらしなかった華麗な戦いっぷりは、昔は魔道鎧を操っていた貴族らから見れば、種族国家関係なく賞賛に値した。貴族らしく剣と槍を頭上に掲げて見せた彼女らを見て、会場がわっと湧く。
『西! ラジュリィ・ケントシィ・イセカー!』
だが、反対側からのっそりと現れた青と紫の巨体が姿を現したと同時に、観客は静まりかえった。こちらも相手と同じく、まったくの無傷である。
驚愕の初陣から彼女に挑んだ三組は、いずれも知恵を回して講じた小細工ごと叩き伏せられていた。魔術師として、あるいは騎士として、どちらの戦いも通用しないように思わせる化け物は、畏怖の視線を受け流すように堂々と指定の位置まで進む。
最後の一戦。退屈気味だった観客も、これには嫌でも注目せざるを得なかった。
会場内が静かになったのを見計らって、観覧席のクラメット学院長が立ち上がる。杖を一振りして拡声魔術をかけると、決勝戦前の口上を述べた。
『諸君、並み居る猛者を打ち倒し、よくぞここまで勝ち上がった。皇女殿下も諸君らの活躍をお認めであるぞ。だが、真に賞賛されるべき者は一組か一人と決まっておる。故に、諸君は競わねばならない。どちらが今、より優れた魔道鎧の繰り手か、皇女殿下に証明してみせよ』
厳かな口調で話し終えて、学院長が席に戻る。なお、件の皇女殿下は「前座は良いから早く始まらないかしら」と小声で呟き、興奮を隠せないように御堂の服の裾をぐいぐいと引っ張っていた。
『では両陣、試合前に鎧より出て礼を』
審判に促され、それぞれ自身の魔道鎧の搭乗口を開けて外に出る。三人が礼をしてから、突然、ラジュリィが拡声魔術を使って語り出した。
「あの約束、よもやお忘れになられていませんよね、トーラレルさん?」
その声は周囲にまで聞こえていた。何事かと戸惑うギャラリーを無視して、トーラレルは同じく拡声魔術を用いて言い返した。
「勿論だよ。君こそ、結果がどうなっても受け入れる用意はできているのかい?」
「随分と自信があるようですね、その華奢で可憐な鎧がぐしゃぐしゃになったとき、同じ口がきけるかどうか、些か心配になりますね」
「余計な心配さ。僕の方は心苦しいよ、その興味深い魔道鎧、いや、怪物をこれからばらばらにすることになるんだから」
貴族にあるまじき口撃の応酬に、審判すらも制止できない。それから数分、遠回しに罵倒し合ったラジュリィとトーラレルは少しだけ黙ってから、ぼそりと呟いた。
「……出遅れのくせに、口が達者ですこと」
「……偶然先手を取れただけなのに、随分と偉そうだよね」
短い言葉と同時に、離れた位置にいる両者の間に猛烈な火花が散ったのを、御堂は幻視した。その原因と件の“約束”とやらが何なのか、なんとなく推測できてしまって、薄らと頭痛がする。
額に皺を寄せて溜め息を吐く御堂の肩を、皇女が「人気者は大変ね」と優しく叩いた。
そして審判が言うよりも先に二人は魔道鎧に乗り込む。場の空気に飲まれていたテンジャルも慌てて銀のサルーベに乗ったところで、審判がやっと発言権を得た。口論をするなという注意をする余裕はない。
『そ、それでは最終戦を開始します! 両者、構え!』
イルガ・ルゥとティーフィルグンが一瞬、観覧席を見上げた。そこにいる者への思いを確かめるためだ。二人の少女は、想いが強い方が勝つと信じて疑っていないのだ。
緑と銀の騎士が武器を引き抜き、異形の怪物が四肢に括り付けていた鈍器を浮遊させる。臨戦態勢になったのを確認した審判が右手を振り上げ、
『初めっ!』
合図の直後、熾烈な戦いが始まった。
まず先に動いたのはイルガ・ルゥだった。これまでの試合では見せなかった俊敏さを持ってして、相手の懐目掛けて吶喊する。並の学徒では反応できなかったかもしれないが、対峙しているのは才能の塊であるラジュリィである。
「っ!」
間合いに入る直前、緑の鎧が真横へと進路を変更して距離を取った。元の進行方向には、いつ突き刺さったのか、二本のランスが地面を穿いていた。
更に浮遊する残り二本が追撃を仕掛けてくるより先に、イルガ・ルゥは後方に飛びすがり更に離れた。
『姉様!』
「速攻は厳しかったね。やはり、作戦通り仕掛けるしかなさそうだ。いけるかい?」
『お任せを!』
イルガ・ルゥが突きの構えを取る。その周囲で魔素が光り輝き、足下から二体の幻影が出力された。トーラレルの得意技、質量と実体を持った分身である。
『講師トルネー、あれも使用して良かったんだったな?』
『そうだ、直接的な攻撃魔術以外は許可されている』
御堂とトルネーの解説で改めて説明が入る中、三体の姫騎士は片足を引いた。怪物を挟んで反対方向にいる銀のサルーベは、槍を回して同じく突撃の構えを取る。一瞬の間があって、四体の人型は一斉にティーフィルグンに襲いかかった。
交互に入り交じる機動で本物と偽物の位置を巧みに入れ替えたイルガ・ルゥが飛び上がって剣を叩き付けようとする。そこに弾丸のように飛び込んだ大槍がぶち当たり、霧のように掻き消える。
囮が稼いだ時間を使って、残りで押し込もうとするが、まだ三本のランスが飛び回っている。一本が駆けてきた緑の鎧を叩き潰し、また一本が銀色の鎧を真横から打ち据える。直前でガードしたそれが吹っ飛ばされている間に、残った一体、本物のイルガ・ルゥが飛来した凶器を避けて間合いへと入り込んだ。
「獲った!」
真正面上方から突っ込んだ緑の姫騎士が長剣を振り上げ、怪物の無防備な上半身を打ち据えようとする。やはり技量差が大きかったか、と観客がトーラレルの勝利を予感した。
『姉様!』
「!」
だが、離れた位置に着地したテンジャルは警告することができた。すぐに反応できたのは、トーラレルの彼女への信頼もあった。イルガ・ルゥが空中で身を捻り、相手の脚部を足場にして再度上へ逃げた。その真下を、三本のランスが高速で交差していく。
(あのまま攻撃していたら……!)
回転しながら後方へと着地した鎧の中、トーラレルは冷や汗をかいた。彼女らが考えていたよりもずっと機敏に素早く動く凶器によって文字通り、イルガ・ルゥはぐしゃぐしゃに潰されていたかもしれない。
無論、闘技大会で用いる模擬武器にそんな破壊力は無い。けれども、それを操り動かしているのは怪物だ。それくらいはやってのけるだろうという確信があった。
そして、その怪物の乗り手なら何の躊躇もなくやってみせるということも、トーラレルには容易に想像できた。
「怪物退治も、楽じゃないね……!」
テンジャルに片手で合図をしたトーラレルは、再び外向魔素を練り上げる。どこかで、所詮は闘技大会なのだと油断していた己がいた。これは大切な者を賭けた実戦なのだ。
(負けるわけには、いかない!)
渾身の力を込めて生み出した分身は五体。現状の少女にできる全力である。それを見てもなお、怪物は悠々と両手を掲げ、周囲に四本の番犬を従えて佇んでいる。まるで、ラジュリィが己の鎧に対して持つ絶対の自信を体現しているようだった。
それが、代々受け継いできた魔道鎧へ絶対の信頼を寄せる貴族であるトーラレルの癪に障る。
「その余裕がどこまで持つかな……!」
絶対に勝つ。意気込んだエルフの少女は、再度の攻撃を敢行した。




