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3.4.3 怪物、招来

 イルガ・ルゥとそのお供の活躍は会場を大いに沸かせた。軽く礼をしてから駐機場へ戻っていく緑の魔道鎧を見送り、御堂は嘆息を吐いた。


(やはり、鎧を操る技量では彼女が頭一つ、いや二つは抜けているな)


 先に自身が解説した通りトーラレルの操縦技術、それにセンスは、他の学徒と比べて飛び抜けていた。パートナーであるテンジャルの技量も相当に高いが、それでも彼女と比べれば劣る。


(しかし、槍の指導なんてほとんどしていなかったが、それでもあそこまで使いこなすか。あの娘もやり手であることには違いないな)


 現状、エルフで御堂から魔道鎧操縦の講義を受けているのは、トーラレルとテンジャルのみである。故に集中して技術を教え込むことができているのだが、銀色髪のエルフはどうにも、御堂に対する敵愾心が抜けきっていない。


 初めの頃、魔道鎧での剣術について講義しようとしたら、「私の得意な得物は手槍ですが、それについても教えて頂けるのですか?」と、意地の悪い顔で訪ねられた。御堂は剣しか扱えないと考えての嫌がらせだった。


 しかし、御堂は普通に槍についても講義して見せた。言い出したテンジャルにとっては嫌みを発端にして、自分の知らなかった技や応用法を教われてしまうという、予想外の幸運があったのだ。


 御堂がこれをできたのには理由がある。地球に居た頃、剣術の師匠から「相手の武器を知らないと痛い目を見るわよ」と言われ、槍や薙刀などの指南も受けていたからだ。剣術ほど手を入れてはいなかったが、それでも実戦を知らない子供よりは余程に腕が立つ。


 先ほど、テンジャルがやってみせた相手の槍を弾き飛ばす技も、実を言えば御堂が教えた技である。しっかりと実践できていて、教えた甲斐があったというものだが、


(あれでもう少し素直なら、良い学徒なのだが……)


 そう思わずにはいられない。だが嫌われている理由も理由なのでどうにもならない。


「して講師ミドール。次の試合じゃが――」


 どうしたものかと考えている内に、次の試合が始まっていた。思考を切り替え、戦闘風景を眺めながら、合間合間に挟むように解説をする。前の試合とは打って変わって、色や細部が違う程度の差異しかないウクリェやサルーベが出てきては、特段多く説明する必要もない戦いを終えて引っ込む。


 観客席の方を横目で見れば、遠目にも盛り下がっているのが窺えた。解説で話すこともなくなってきている御堂も、観客らと似た心境である。同じく飽きが来たのか、隣に座るパルーアは御堂の腕や腰を突いて、退屈そうにしていた。


「あと何試合あるのでしたか、学院長殿?」


「予選は次で最後ですな」


「それじゃあ、やっとラジュリィの鎧が見られるのですね」


 ようやくお目当てが見れるとばかりに、うんと伸びをする皇女。どうやら、ラジュリィの魔道鎧が特別製であることはすでに知っている様子だった。


「ミドール、ラジュリィの鎧はとても変わっていると聞いていますが、どのような代物なのですか?」


 服の裾をくいくいと引っ張って訪ねてくる皇女に、御堂は少し考えてからこう答えた。


「見てからのお楽しみ、と言わせていだたきます」


「それは期待しても良いのですね?」


 あえて勿体振った御堂の顔を見上げるパルーアの顔は、面白いものが見れることを確信している。それでも聞いてきた彼女に「勿論です」と返す。


「自分がいた世界でもそうは見られないものでした。実際に戦う場面を見るのはこれが初めてですが、訓練には自分が付き添っていましたので」


「ラジュリィとその鎧がどのように戦うか、ミドールはもうわかっているということですか、ずるいですね」


 拗ねたような台詞とは裏腹に、くすりとした笑みを浮かべる。幼馴染みの鎧に対し、大いに期待している様子だった。だが、御堂は別の心配をしていた。それは――


(果たして、真っ当な試合になるのか?)


『西! ラジュリィ・ケントシィ・イセカー!』


 前の試合が終わり、ついに主人の名前が呼ばれた。しかし、チームメイトの名前は呼ばれない。そのことに実物を知らないパルーアたちは首を傾げる。そんな中であった、その怪物が現れたのは。


 それは駐機場の扉ぎりぎりをかすめて、のそりと四脚を動かして出てきた。ぱっと見た造形は、脚が四本の蜘蛛、それに人型の腰から上が鎮座している。大きさは通常の魔道鎧より二回りは大きい。青と紫のコントラストがかかった装甲は、見るからに重厚で、分厚く、堅牢に見えた。背後には、用途不明の巨大な腹部を抱えている。


「なんと……」


 魔道鎧の乗り手でもあるペルーイが、あまりにも異質な魔道鎧を見て声を漏らした。観客席からも、大きなざわめきが聞こえる。そして、ラジュリィが班を組まず単身で出場している理由を理解した。


 東側から出てきた三体のサルーベ、おそらく多少は優れた学徒が乗っている二等級の鎧が三体。彼らでは到底、相手が一体だけでも勝算は限りなく低いということを。

 あれを見て驚いていないのは、事前に知っていた御堂とトルネー、学院長などの講師陣くらいであった。


「思っていたより凄い鎧が出てきましたね。あれの名はなんと言うのですか?」


 御堂に問い掛けながらも、パルーアは目をぱちくりさせてラジュリィの魔道鎧を見ていた。皇女である彼女からしても、あのような異質な鎧は初めて見た。しかもそれが幼馴染みの物だったとは、想像の斜め上だったようである。


「ラジュリィさんは“ティーフィルグン”と呼んでいました。鎧自体がそう名乗ったとのことです」


「……そのティーフィルグンはお話ができるのですか?」


「いえ、そこまでは……」


「でも、名乗ったということはそういうことでしょう?」


 二人が少しずれた問答をしている間に、審判が「初めっ!」と開始を合図した。無情なそれはサルーベ側に作戦を立てさせる余裕も与えない。

 武器を持ったまま戸惑う魔道鎧の前で、ティーフィルグンは両腕を掲げた。すると、前脚部二本の側面にそれぞれ装着されていた木製の巨大な槍、地球の西洋ではランスとでも言うべき代物が独りでに浮き上がった。


 計二本の丈七メートル、つまり通常の魔道鎧やAMWの全高とほぼ同じ大きさの武器が、巨体の側で浮遊する。


「あれは魔術を使用しないという決まりに抵触しないのか?」


 ふと気になり、先ほどからずっと黙っていたトルネーに質問する。彼は鼻を鳴らして、


「使用を禁じているのあくまで攻撃魔術だ。直接的な攻撃力を発揮しなければ、使用に制限はない」


「……一応聞くが、幻影などの魔術も使えるのか?」


「そうだ、攻撃手段が剣技、近接武器であれば許される」


 つまり、先のトーラレルは全力を出していなかったことになるな。そう御堂の思考が横道に反れている間に、動きがあった。


 槍、こちらは常識的な大きなの得物を構えた三体のサルーベは、ひとまず動かない相手を囲うように立ち回った。ティーフィルグンから正面と斜め後方に陣取った三体は、それでも攻め込むタイミングが掴めないのか、油断なく槍を構えたまま動けない。


「ふむ、ラジュリィ嬢が乗っている魔道鎧は相当異質であるが、流石に相手が三体では分が悪いのではないかの? 講師ミドールはどう見る」


 もはや定番となった学院長からの振りに、御堂は「そうですね」とすぐ答えた。


「自分がサルーベやウクリェであれに対峙するとなれば、味方は十倍欲しいところです」


「それはまた、謙虚が過ぎるのではないか? 其方ほどの繰り手が弱気じゃのう」


「考えてみてもらえればわかると思いますが、ラジュリィさんの鎧、ティーフィルグンは腕で直接に武器を振るいません。魔術によって周囲を飛行させています」


「その要素が重要というわけじゃな」


 実際、相手は構えもしていないのに、サルーベらは仕掛けられないでいる。周囲を警護するように飛ぶ巨大なランスには死角が存在しないからだ。


「これまでの理屈が通じない相手となれば、経験不足の彼らでは手に余るでしょう。相手の手数以上で同時に仕掛ければ、機会があるかもしれないですが」


 と御堂が言った直後、サルーベが一斉に突進をかけた。攻めあぐねていることに焦ったか、覚悟を決めたのか。だが、状況を俯瞰して見ている御堂からすれば、それはあまりにも迂闊だった。


「隙を突かない攻撃は自爆と同じ、自分が講義を担当していれば教えたのですが」


 まず、後方から近づいた二体に向けて、二本の大槍が飛んだ。とても咄嗟に避けられる速度ではないそれがサルーベの胴体を強く打つ。硬い物体がぶつかりあった鈍い音が鳴って、サルーベは十メートルほど吹っ飛ばされる。


 味方の犠牲でようやく生まれたその隙を逃すほど、学徒も鈍くはない。決死の覚悟で無防備に見える正面から突っ込むサルーベ。だが、相手は人型ではないのである。つまり、人型同士で通じるセオリーも通用しない。


 巨大な前脚の一本が身じろぎし上に持ち上がる。脚の全長だけでも並の魔道鎧の背丈に近い。それが特攻を仕掛けた人型を、容赦なく真上から叩き潰した。


 ずんっと会場が揺れたのではないかという音がした。思わず目を伏せた観客らが、恐る恐る視線を上げた先で、うつ伏せに押し潰されたサルーベが地面にめり込んでいた。よく見れば、強固な胴体の外装には亀裂が走っている。とんでもない力だと嫌でも理解させられる光景だった。


『そ、そこまで! 勝者、ラジュリィ・ケントシィ・イセカー!』


 審判が声を張り上げ試合終了を告げる。しかし、先ほどまでの試合であったような歓声はあがらない。ただ誰もが、哀れな被害者を踏み潰した怪物を恐怖するように押し黙っていた。


 ティーフィルグンの方も、上半身が小さく礼をするだけであった。特に感慨もないのか、さっさと駐機場へと戻っていく。打ちのめされた魔道鎧だけが転がる闘技場と観客席を、静寂を包み込む。少し間が空いて、拡声魔術によるアナウンスが入った。


『ただ今の試合をもって、予選を終了と致します。次の鐘がなるまでの間は休憩時間となりますので、ご来客の方々は――』


 それでようやく、観客らは思い出したかのように動き出した。ディーフィルグン、ラジュリィの初陣は、恐怖と畏怖を振りまく結果で終わったのだった。

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[一言] う~んラスボスです。
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