3.4.2 試合観戦
闘技場の中央は障害物などもない平坦な地形である。これは率直な剣技が発揮されるようにするためと、闘技大会では攻撃魔術の撃ち合いを想定していないこと、そして観客席や観覧席からの見栄えを考慮してのものだった。
先ほどに学院長が告げたルールを更に付け加えると、用意されている模擬戦用の武器はある程度のバリエーションが有り、それを自由に持てるだけ用いて良いということになっている。己が扱う得物を見定める目も確かめられているのだ。
その武器の比率であるが、意外なことにも刀剣の類よりも槍の方を選んだ学徒が多かった。リーチが他よりも圧倒的に長く、集団での戦いならば互いにカバーもし易い。しっかりと座学講義を受けている学徒は、それを知識で理解していた。
対し、剣と丸盾を選んだ学徒は、大きく分別すると二種類に別れる。
近接戦を知らないが故に、最もスタンダードで扱いやすいと言ったイメージなどで選択し、槍持ちの班に負けたチーム。これが多い。
では、それとは違う方はと言えば――
「ほう、槍とはああして避ければ脅威にならんのじゃな。これを教えた講師の腕が良かったのじゃろうなぁ。どう思う、解説の講師ミドール?」
「……」
観覧席の眼下、今正に試合中の魔道鎧を見ていた御堂は、学院長から突然コメントを求められ、どう答えるべきかと悩んだ。
三体ずつのサルーベとウクリェ。前者が全員長槍を持ち、後者は長剣を携えて左腕に丸盾をつけていた。ついでに言えば、サルーベは後期生のエルフが乗っていて、ウクリェには御堂の教え子らが乗っている。
前情報だけ見れば、ウクリェ側に勝ち目はない。相手はエルフの上級生、装備もサルーベが有利に思える。だが、三体のウクリェは粘りに粘っていた。
いや、粘るどころか、槍を構えるだけで動けない相手を、包囲するように追い込んでいるのだ。とんだ番狂わせに観客席からはずっと、観客のざわめきと野次が響いている。
「あえて言及するなら、サルーベ側は知識だけを身につけ、ウクリェ側は経験を身につけていたということでしょう」
「経験とな?」
「はい、自身が不利な武器で戦わなければならないときにどう立ち回り、どう逆転するか、それを実地で知っていれば、勝てる可能性は出てくるでしょう」
御堂の解説に、クラメットは「なるほど」と頷いた。
「しかし、事前に有利となるように武器を吟味して選ぶことは、当然ながら有効です。良い考え方でもあります。戦場では長生きできるでしょうね」
「となると勝負の決め手になるのは知識か、経験か、どちらじゃ?」
御堂と学院長が見下ろす先、睨み合っていた状況に動きが生じた。サルーベが槍を前方に構え、そのままウクリェ目掛けて突っ込んだのだ。整列しての突進は確かに破壊力がある。だが、
「――経験というのは知識の一種ですが、逆はありません。つまりは」
三体のウクリェは丸盾を向けて、正面から突撃を受け止めたように見えた。実際には矛を斜めに構えた盾で受け流し、次の瞬間には腕を跳ね上げ槍を弾いている。技を教えた御堂から見ても、中々の手際だった。
「経験に勝る知識はない、ということです。無論、戦いにおいてはですが」
槍をあらぬ方向へ向かされたサルーベは動揺からか動きが鈍く、長剣を振りかぶって突っ込んだウクリェの方が俊敏であった。結果として、サルーベは一瞬の交差で全員が撃破判定を受けることになった。
『そこまで! 勝者、アルケノー班!』
審判役の講師が声を張り上げて勝利者の名を呼び上げる。剣を掲げて振るウクリェたちに、観客席から拍手と喝采が飛んだ。そのウクリェたちの頭部は、何故か観覧席に向いている。
(皇女殿下へのアピールか、やはり貴族社会では重要なことなんだな)
御堂はそう判断したが、ウクリェの乗り手たちは「講師殿! 勝ちましたよ!」やら「あの教えは正しかった!」だのと、御堂に対しての言葉を口にしていた。それを知りもせず、呑気に拍手をしている御堂の横。
(こっそり拡声魔術でわしとミドールの問答を闘技場に流しているのじゃが、言わない方が面白そうじゃの)
学院長はほくそ笑んでいた。御堂の性格を見抜き、催しが盛り上がるように利用していたのだ。そうだとは知る由もない御堂に、次に出てきた学徒らについて話を投げかけ、解説させる。これがまた、意外と観客受けが良かった。試合の解説実況という文化がまだ根付いていない世界故のことだった。
試合数が着々と消化されていき、ついに彼女らの出番がやってきた。
『東! トーラレル・アシカガ・イジン、テンジャル・ルマ・アノーブ!』
審判がそう告げたのと同時、屋内駐機場から二体の魔道鎧が姿を現した。緑色のスリムな女性型が見えた直後、観客席の特に共和国のエルフが集まっている側から、盛大な歓声があがった。
それに怯みもせず、トーラレルはイルガ・ルゥに手を振らせる。その後ろに控えていたテンジャルの操る銀色のサルーベも、恭しく礼をして見せた。姫騎士とその従者とでも言った出で立ちに、会場が更に沸く。
『西! ケルマ―班!』
対するのは、後期生の人間が乗ったウクリェ三体だった。二体が槍、一体が剣を持っている。こちらは御堂が指導していない学徒であるので、実力は未知数だ。
「ふむ、魔道鎧の等級からあえての不利として、トーラレルらは二人組になっておる。これが試合に影響を与えるじゃろうか?」
「あら、トーラレル殿の鎧が、そんなに弱いはずがないでしょう、学院長殿?」
学院長からの問い掛けに御堂が答えるよりも先に、パルーアが会話に割って入ってきた。それ自体は良いのだが、御堂は別の理由で凄まじく困ることになった。
「殿下、なんとはしたない……」
席の後ろにいるペルーイが、嘆かわしいとこめかみに手をやって皺を作る。皇女は今、隣に座る御堂の膝上に身を乗り出して、反対側にいるクラメットに話しかけているのだ。御堂の顔すぐ前に赤紫の髪が踊り、柑橘類の匂いを感じさせている。
それだけならばまだ良かった。パルーアが着ているのは胸元が緩いゆったりとしたドレスである。そうなると、その小さい体躯に似合わないほど豊満なそれが重力に引かれて、御堂の太ももに接地するのだ。
「………………皇女殿下、解説は自分がしますので、一度身を引いていただけないでしょうか」
鉄壁の理性にひびが入ったような錯覚を感じながらも、紳士的な態度で皇女の肩をそっと押した。窘められたパルーアは周りに見えないようにくすりと笑う。
「貴方がそう言うなら、お話をお聞きしましょう」
「ありがとうございます……では学院長の疑問に対する答えですが」
『――始めっ!』
御堂が言うが早いか、審判が試合開始の合図をした。観覧席にいる全員が闘技場の方へと注目する。
「自分は正直、トーラレルに二人組を組ませる必要もないのではと思っていました。今もそうですが、要するに数の差が足りません」
ウクリェ二体が槍を前方の構えて、剣を持つ鎧の前に立つ。後ろにいるのが指示役らしい。それを見ても、イルガ・ルゥとサルーベはすぐに動こうとしない。ただ腰から己の得物、剣と短めの槍を引き抜いただけだ。
それを侮りと取ったか、油断と取ったか、剣を頭上に上げたウクリェがそれを振り下ろす。号令を受けたように槍持ちが突撃し、指揮役がそれに続く。槍を避けた相手を、剣持ちが攻撃するという算段のようだった。
「後期生ともなれば人間とは言えウクリェ側も慣れはあるでしょうが、相手が悪すぎる」
突進の結果は呆気ないものとなった。一体は倍近い速度で逆に詰め寄ったイルガ・ルゥに胴体を打ち据えられる。もう一体は、銀色のサルーベの見事な槍捌きで矛先を絡め取られ、武器を弾き飛ばされた。
「相方も相当に強いのが、更に運がない」
驚愕する剣持ちが反応するよりも先に、その丸っこい胴体に長剣が叩き付けられた。その間に最後の一体をサルーベが槍で突き飛ばしている。あっという間の出来事であった。
「彼女は規格外ですよ。正真正銘の天才です」
御堂がそう言い切った直後、審判が試合の決着を告げた。




