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3.4.1 闘技大会

 急拵えながらも闘技場及び観客席は、かなりの規模を誇っていた。段々になっている客席には、すでに派手な衣装を着た人々で埋め尽くされている。

 観客席よりも一段高い位置にある広目の個室、観覧席から見えるその色取り取り人混みは、前日から学園都市入りしていた学徒の保護者たちであった。


「かなりの大人数ですね」


「そりゃのう。学徒の親兄弟に親類、それに騎士も混ざれば、これくらいにはなるじゃろうて」


「たかが千人弱程度だ。戦で集まる兵数に比べれば、騒ぐほどの数でもない」


「それは比較対象が少し違うのではないか、講師トルネーよ」


 学院長であるクラメット老人と、警備主任を担っているトルネー。それに皇女の護衛である御堂は、観覧席に設置された椅子に腰掛けて雑談をしていた。


「して、皇女殿下はまだおめかしの最中かの?」


「ええ、近衛騎士の方がお連れになるとのことです。もう少しかと」


「やはり女性の準備には時間が掛かるものじゃのう。ミドール、其方は側についていなくて良かったのか?」


「流石に、世話役と言っても着替えをしている女性の側で控えているわけにはいきませんでした。近衛の方からも、心配せず先に行くようにと強く言い含められています」


「ほっほ、あのお方がそんなことを気にするとはな……其方、案外と皇女殿下に異性として意識されているのかもしれんぞ」


「ご冗談を……」


 にやにやとしたクラメットの軽口に、御堂は苦笑で返した。口ではそう言ったが、あの皇女が心の底では自分をどう思っているかは、さっぱり予想がつかない。思わず、トルネーの方に「ありえない話だよな」と投げかけた。


「……ミドール、貴様、皇女殿下と必要以上に親しくしているのではないだろうな? 貴族として、それは見過ごせないぞ」


 講師主任からの視線は、刺々しいものだった。御堂は苦笑いをして視線を逸らすことしかできなかった。


「まぁ、其方がそんな節操なしではないことくらい、わしも講師トルネーもわかっておるよ」


「あまり苛めないでいただきたい……小心者ですので」


「貴様が? それこそ冗談だろう」


 未だ主賓不在の中、成人男性らによる他愛の無い会話が続く。ふと御堂が窓から空を見れば、雲一つない快晴だった。日差しも強すぎず心地よい気温で、身体を動かすには絶好の日和に思える。

 皇女殿下行幸の最終日は、天候に恵まれた絶好の催し日和であった。


 ***


 日の届かない薄暗い場所、学院からほど近い路地裏。建物の階段に一人の男が腰掛けていた。普段に着ている黒い外套は纏っていない。代わりに、そこら辺の平民が着ているような安っぽい服を着ていた。目深に被った帽子だけが、彼の人相を隠している。


 その男がしばらくじっとしていると、表通りからまた一人の男がやってきた。彼も、街の職人と言った風貌をしている。さり気なく、平民服の前で壁に寄り掛かる。


「……ラヴィオ様。事の準備が整いました」


 職人風の男は、対面の男をそう呼んだ。薄い傷がいくつもある顔面、硬そうな頬尻を吊り上げた。帽子で目元は見えないが、その男、ラヴィオは確かに笑っていた。


「思いの外、手早く済んだな」


「この街全体が浮かれ上がっていますからな、喉元に刃を突き付けられているとも知らず、呑気なものです」


「街の連中には関係のない話だ。そも、気付いてしまったら我々に殺されるのだとすれば、知らない方が幸せだろうよ」


「それは確かに」


 軽口を叩き合い、副官は上司に進捗状況を告げる。


「鎧を学院の周辺に四体、足が速いものを用意しました。魔道具に対する防備も済んでおります。ラヴィオ様の鎧は、ご指示の通り狩り場のすぐ前に設置しましたが、よろしかったので?」


「何か不安か?」


「いいえ、ですが万が一相手が魔道鎧を出してきた場合、それも授け人の物が出てきた場合、お一人で相手をすることになってしまいます。万が一を考えますと……」


「俺が負けると、そう言いたいのか」


 ラヴィオは声音を低くて、不機嫌そうに副官の言葉を遮った。


「滅相もございません。しかし、この小心者は確実な策を講じなければ、不安になってしまうのです」


 対し、副官は仰々しい洒落のかかった動作で頭を下げて抗弁した。ラヴィオはそれを鼻で笑う。少し脅しをかけたつもりなのに、部下はちっとも怖がる素振りを見せない。長い付き合いの弊害であった。


「お前が心配性なのは良く知っているが、今回ばかりは俺の博打に付き合ってもらうぞ」


「それは、借りを返すためですかな?」


「あのとき俺の邪魔をしてくれた授け人には、ここで痛い目を見てもらいたくてな。それを俺直々の手で味合わせてやれたら、溜飲も下がるというものだろう」


 数ヶ月前、イセカー領でラジュリィ拉致を失敗したラヴィオは、その原因となった授け人の御堂に、ささやかな復讐を誓っていた。


 別に、あの一件によってラヴィオの祖国内での立場が悪くなったり、命を脅かされたりはしていない。むしろ、報告を受けた姫巫女から「面白い玩具を見つけてくれてありがとう」などと、感謝の言葉を受けたくらいだ。


「でなければ、ラヴィオ様が鎧を持ち出すこともない、ということですね」


「ああ、授け人の鎧は本物の強さを持っているからな。相応の武具で相手をしてやらないと、無作法になるだろう?」


「仰る通りで」


 では何故、御堂に復讐を企てているのかと言えば、単純な理由であった。


「負けっ放しでいるのは、俺の主義に反する」


 仕事とは似付かわしくない程に武人気質な上司。その補助は大変であるなと、副官は失笑を零しつつ、小さく首を振ったのだった。


 ***


 予定時刻を知らせる鐘が鳴り、闘技大会の開会式が行われる。

 闘技場の中央にずらりと整列するのは参加する学徒たち、いずれも今回のために用意された礼服を着用していた。そうしていると、子供とは言えど立派な魔術師のように思えた。


 それを見下ろしていたクラメット学長が席を立ち、観覧席の窓際まで行く。懐から短杖を取り出して一振りすると、鷹揚と語り始めた。


『学徒諸君。此度は皇女殿下に其方らの力を見ていただく場を得られた。これは滅多にない機会である。そのことを強く自覚し、貴族の子弟子女として恥じることのないよう、全力を尽くすのじゃ』


 何らかの魔術で拡声された挨拶の言葉は、月並みで当たり障りのないものだったが、学徒らは観覧席を見上げて真剣に聞いていた。


『では、改めて決まり事について説明するぞ。諸君らが各々で組んだ班同士で戦い、勝ち上がって行く。そして最後に残った一班が、最も優れた乗り手と魔道鎧となる。班については多少の調整があるが、それに対する申し立ては一切受け付けん。また、攻撃魔術の使用は禁じ手とし、用意された武具で試合を行う』


 これは事前に学徒へ説明されていた、闘技大会のルールである。この場でもう一度、学院長の口から説明したのは、一応の確認と観客への配慮のためであった。


『とかく、己に用意された力でどれだけ戦えるかを、皇女殿下にお見せするのだ。以上、これより闘技大会を始める。諸君らは速やかに準備に取り掛かるように』


 クラメットがそう締め括り、また杖を一振りしてから、席に戻ってくる。闘技場内では班ごとに別れて学徒たちが魔道鎧の置き場へと散っていく。


「良い挨拶でしたね、学院長殿」


 後ろで終始にこりとした笑みを皇女がそう讃える。だがクラメットは「お世辞は結構ですわい」とぶっきらぼうに返して、どっかりと椅子に腰掛けた。


「ああ言った世辞を言うのが仕事ですからの、殿下とは言え、褒められても困るのですよ」


「ふふ、学院長殿のそう言う表裏がないところ、私は気に入っていますよ」


「老骨には勿体なさ過ぎるお言葉ですな。講師ミドールほどではないのでしょうにな?」


 学院長の言葉に、皇女はまたころころと笑う。彼女の後ろで控える近衛騎士のペルーイがじろりと見るが、老人はどこ吹く風でお茶を飲み始めていた。


「ともかく、今回の行幸は楽しいことが続いていますから、この催しも面白いものになってくれると期待していますよ」


 それを聞いて、皇女のすぐ隣に座っている御堂は「どこまでが本音なんだ」と内心でぼやく。用意された皇族用の長椅子。そこへ無理矢理に座らされた一介の騎士は、周囲の様々な視線を受け、胃が痛くなってきているのだった。

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