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1.1.10 夢

 その晩、使い慣れないバスタブで身体を洗い、用意されていた寝間着に袖を通した御堂は、少し硬いベッドに横たわった。疲れもあったのか、目を閉じることで眠りにつくことができた。そこで御堂は夢を見た。自衛官の機士になる前の出来事だ。


 まだ高校生だった御堂は、ある出来事から荒れた生活を送っていた。同級生にも教師にも、尖った刃のような感情を押し付け、傷つけていた。そのために、周囲からは腫れ物か、それこそ、危険な刃物のように扱われた。


 御堂はその環境を良しとしていた。自分はもう、親しい関係の人間など作りたくない。親しくなって、大切になると、その分だけ、傷つくのだから。


 しかし、ある日、その態度が祟った。暴力団の下っ端の下っ端。端的に言えばチンピラに目をつけられた。路地裏に連れ込まれ、六人がかりで、散々叩きのめされた。そして、持ち物を全て奪われ、唾を吐きかけられた。


 そのとき、御堂は自分に力がないことを悔やんだ。力がなければ、こんな輩に襲われて、奪われても、何もできない。


 いくら態度で強がってみせても、所詮、自分は力のない子供なのだ。そして、その子供を守ってくれる人なんていない。その現実が、痛みに痺れて動かない身体に、重くのし掛かる感覚を覚えた。


 一つの達観めいた諦めが、御堂の心を凍りつかせていく。せめて、自分にこんなことをした奴らの顔くらい確認しておこうと思って、水たまりから顔を上げる。

 すると、路地裏の入り口に、三つの人影があることに気付いた。表から差し込む光で、髪の色がそれぞれ白、黒、金だとわかる。そんな奇抜な三人組が、チンピラの行く手を遮るように立っていた。


 真ん中に立っていた背の小さい男が、チンピラに言い放った。


「子供を相手に、しかも大勢で暴力を振るうなんて、いい大人が情けないと思わないんですか?」


 そんな安い挑発だった。言われた方は激怒して、口汚い言葉を吐きながら、その三人に襲いかかった。結果など、見るまでもない。変に正義感を持った通りがかりの人間が犠牲になった。それだけだろう。だが、御堂は何故か、その三人から目が離せなかった。


 あっという間だった。白い髪の男が、飛びかかったチンピラ二人を、拳一つ振るっただけで吹っ飛ばす。大男二人の身体が、倒れている御堂の上を通り過ぎて、向こう側に落ちる。

 金髪の、驚くことに女性が、男の腹にボディブローを叩き込んだかと思ったら、別の男の顔面を拳打って昏倒させた。

 そして、背の小さい男は、ハイキック一発で一人を蹴り飛ばす。そこにチンピラが隠し持っていたナイフが迫った。


 御堂は思わず危ないと叫びそうになった。しかし、信じられないことが起こった。小さい男は左手にグローブを着けていたその手で、ナイフの刃を掴み取り、そのまま握り込んでみせたのだ。ナイフをもぎ取り、動揺するチンピラの顎に右拳を振るい、倒す。


 ことにして十秒ほどの出来事に思えた。呆然としていると、その三人が御堂の方に近づいてきた。

 そこで、容姿がはっきりとする。白い髪の長身の男は、目が真っ赤なルビーのようだった。アルビノという言葉が浮かんだ。金髪の女性は、髪を短いツインテールにしている。こちらも女性にしては背が高かった。自分と同じくらいはある。

 最後に黒髪の男、二人と比較して背が低い。百七十センチある御堂より、二十センチ近く背が小さかった。


 その黒髪の男が身をかがめ、倒れている御堂に右手を差し伸べた。


「大丈夫? 怪我してそうだけど、病院まで連れていこうか?」


 その声は御堂を心配している、優しいものだった。だが、御堂はその手を打ち払った。満身の力を込めて、立ち上がってみせる。


「なんだよ……正義の味方気取りかよ。何様のつもりだ?」


 口から出たのは、攻撃的な言葉だった。他人に弱さを見せてはいけない。情けをかけられてはいけない。そうしたら最後、自分は食い物にされてしまう。やさぐれた日々を送っていた御堂の、経験則から出た言葉だ。


 それを聞いた白髪は肩を竦め、金髪は無表情の無反応だった。黒髪は、少し困り顔で頬を掻いた。


「何様と言われれば、自衛官さ、細かく言えば、機士だね。困っている人を助けるのが責務の人間さ」


 黒髪はそう言った。御堂は、自衛官という単語を耳にして、憤りと、それに助けられたという事実に屈辱を感じた。唇が震え、呪詛を紡ぎ出した。


「機士だと? 助けるのが責務だと? ふざけるなよ! お前たちにもっと力があれば、強ければ、俺はこんな風にならずに済んだんだ! 母と父が死ぬこともなかったんだ! それが今更、人助けだ? テロも防げなかった奴らが、良く言う……!」


 御堂 るいは、若くして両親をテロリストに殺されている。それも、AMWを使った重武装テロだった。故に、御堂はAMWを、テロリストを、自衛官を、機士を、強く憎んでいた。


 今度は、三人とも似たような反応を示した。白髪はばつが悪そうな表情を浮かべ、金髪は目を逸らした。黒髪は、一度目を伏せて、悲しそうな顔をした。御堂は、安っぽい謝罪でもされるのかと思い、更に怒りが湧いた。


「そんな薄っぺらい責務で自衛官なんてするなよ! やめちまえ! 偽善者が!」


 御堂は、憎しみの対象に向けて、そう吠えた。しかし、黒髪の男は、真っ直ぐと御堂の目を見返す。そして、はっきりとした声で言ってみせた。


「確かに、僕らの力不足で助けられなかった人がいて、それでも人助けを責務だと言うのは、傲慢かもしれない。だけど、力が足りないからと、助けられるはずの人を見捨てるようなことはしない。手を差し伸べられる範囲にいる人を、必ず助ける。それが僕らの役目だ」


「そ、そんなの、言い訳だろ、一人じゃ、みんな助けられないっていう……」


「そうだよ。だから、僕らは組織で、部隊で、チームで、人を助けるために動くんだよ。そのための組織が、自衛隊なんだ。その手から零れてしまった命に、嘆きながら、悲しみながら、泣きながらでも、人を守るために足掻くのが、機士の務めなんだ。それのどこが、偽善だと言うんだい?」


 豪語してみせる黒髪に、御堂は何も言い返せなかった。口を動かそうとしても、頭に浮かぶのは、子供染みた悪口しかない。それを口に出したら、自分は酷く、惨めになってしまうと思った。


「もし、僕らの力が足りないと責めるなら、君もなってみればいい」


「……何?」


「機士じゃなくてもいい、誰かを守れる仕事に就いてみれば、その時に初めて、人間一人の手の小ささがわかるよ。それがわかっても、気持ちが変わらないなら、改めて、いくらでも僕らを罵倒すればいいさ」


 告げて、口籠もる御堂に黒髪は背を向けた。両隣にいた白髪と金髪も身をひるがえし、去っていく。その背中に、御堂は叫びたかった。だが、開いた口からは、何も出なかった。


 それから、黒髪の言葉が忘れられなくて、悔しくて、御堂は努力した。努力して努力して努力して、自衛隊の門戸を叩いた。

 ああ言ったのだから、教えてもらおうと思った。人間が一人で救える手の大きさというものを、子供の自分に、教えてみろと、そういう思いがあった。


 それから、御堂は機士見習いとしてパイロットの育成部隊に配属された。そこで、あの三人と再会する。教官だった彼ら彼女らは、両親のいない御堂を、弟のように可愛がり、厳しく指導し、立派な自衛官に仕立てあげてくれた。


 気付けば、AMWのことを、破壊を振りまくだけの兵器ではなく、人々を守るための盾になれる兵器だと、御堂は考えられるようになっていた。


 何時しか、教育隊を出たら教官たちと共に、国民を守るためにテロリストと戦うことが、御堂の目標となっていた。


 そのことが頭に浮かんだとき、御堂は目を覚ました。木造の天井が目に入り、ここがまだ異世界であることを認識した。窓から差し込む光で、朝になったことがわかる。


「……こっちが、夢だったら良かったのにな」


 ふと不安になって、ベッドの上で片膝を抱えた。自分は果たして、元の世界に帰れるのだろうか? あの三人、自分を迎え入れてくれた、教官であり、兄と姉であった、あの人たちの元へ――

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― 新着の感想 ―
[一言] どうやら前作から数年といったところですか 黒髪くんは誰とくっついたのかなあ
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