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 その日はもう何もなく、次の日もなかった。

 しかし、俺のやる気はマックスのままだ。

 多少はがっかりした部分はある。可愛い彼女を、と頑張ってたのに、髪の毛が生えるぞ、なのだから、それは仕方ない。SSR引けたのに目当てのキャラじゃなかった、みたいな気分だ。

 しかし、実際に妙なポイントクレクレがあったのも事実である。その事実が俺を鼓舞した。

 まずまず幸先がいいと言っていいだろう。

 これは彼女ができるのも時間の問題なのでは……?

 俺の頭の中では後光が差してるレベルの美少女に決定してる。もちろん見た目だけでなく性格もいいのは言うまでもない。

 そういう楽しいことを考えながら新着をチェックすると、退屈な単純作業も耐えられるものになる。

 この小説か?

 はたまたこの小説か?

 俺は鼻歌を歌いながらクリックし続ける……。


 一週間が経った。

 結果は……何の成果も……ありませんでした!

 そりゃ立て続けに見つかるなんて調子がよすぎる話ではある。しかし、何しろ冗談めいた話だ。何かの調子にふと現実に立ちかえって冷静なる瞬間もある。

 俺はいったい何をやってるんだ? やっぱり杉山の思い込みなのでは? と疑心暗鬼になってくるのだ。

 半信半疑ではチェックするスピードも落ちる。今までは新規投稿を見終わると余った時間で連載のほうもチェックしてたのだが、それも次第に減り、ついには新規投稿の後書きだけ確認して寝るようになった。

 このままフェードアウトしそうだなと俺はちらりと思った。

 最初は未練たらたらだが、忘れることがだんだん多くなっていって、最後には笑い話のタネになるのだろう。岡本が知ったら馬鹿にされそうだな。

 それが一変したのは髪の毛の後書きを見つけてから十日後のことだった。


「おい宏樹、見てみろ!」

 親父が洗面所からでかい声で俺を呼んだ。

「朝っぱらから何だよ……」

「ほら、これ!」

 親父がおじぎをして頭頂部を俺にみせる。

 おいおい、朝から中年男の頭皮なんか……。ん!?

「な! 髪の毛、生えてきてるだろ?」

 確かに親父の言う通り、見事にハゲてた頭頂部にうっすらと毛生えてきている。

 俺は呆然と立ち尽くして呟いた。

「マジかよ……」

「ウハハ! 育毛剤が効果あったんだな! 高かったからなぁ!」

 親父は評価ポイントのことなどすっかり忘れている。まぁ当たり前か。ここでポイントのおかげだな! とか言いだしたらそっちのほうが心配だ。

「母さん、今夜は赤飯だ! ウハハ!」

 喜びで変な踊りを踊る親父をよそに、俺は考え込まざるを得なかった。

 これは……どっちの効果なんだ?

 育毛剤か? それともポイントを入れた見返りか?

ええい、まぎらわしい! 親父め、育毛剤なんか使わなければ良かったのに。

 これでは育毛剤が効いたのか、「見返り」のおかげなのか、分からないではないか。

 そりゃ常識的に考えたら育毛剤の効果に決まっているが……。


「と、いうことがあったんだよ」

 歩きながら俺は杉山に事の経緯を話した。

「うーん。それは……確かに微妙だな」

 杉山も腕を組んで難しい顔をする。

「しかし、偶然というにはちょっとタイミングが良すぎるんじゃないか?」

「そうかなぁ……」

「やっぱり、俺は後書きのおかげだと思うぜ」

 杉山が俺を励ますように言った。

「まぁ、もうちょっと頑張ってみるよ」

 正直、俺はこの時点でもまだ疑いを持っていた。家に帰って、親父の話を聞くまでは。


「大変だ……」

 食事のために一階に下りると、親父が滅多にないような青ざめた顔をしていた。

「ど、どうした親父? とうとう使い込みがバレて会社をクビになったのか? それともあの派遣の女の子との浮気が……」

「ちょっとお父さん、それ本当なの!?」

「そ、そんなことしてないわ! いい加減なこというのはやめんか、宏樹! ……最近使ってた、あの育毛剤の会社が潰れたんだよ」

「……えっ!?」


 俺の驚きは事情を知らない両親には不自然なはずだが、幸いにも気づかれることはなかった。

「いや~、さっきニュース見てたら倒産したってさ。あんなに効果抜群の育毛剤作っておきながらなぁ……。これからどうしようか。買い置きしておくべきだったなぁ……」

 親父は肩を落としていた。

 後で調べてみると、どうもその効果抜群のはずの育毛剤が業界ではありがちな誇大広告の次元を超えて、詐欺同然のものだったらしい。育毛剤以外の他の商品でも似たようなことをやって訴えられ、役所の手が入ってアウト、ということだった。

「やっぱりワカメよ、ワカメ!」

 高い育毛剤を買う必要がなくなって嬉しいのか、母はいつもよりはしゃいでいた。


「これは……間違いないな!」

 二階に上がってPCの前に座ると、急に力が湧いてきた。

 やっぱりクレクレ後書きの効力はあるのだ。

 あとは彼女ができると書いてる後書きを見つけるだけ……!

「うおおおお!」

 やることはマウスで移動してクリックするだけなのだが、とにかく気合いが大事だ。

「何騒いでんの宏樹、うるさいわよ!」

 母の怒鳴り声も俺のテンションを下げることはできなかった。


 しかし、日付をまたぎ、二時間が過ぎ、三時間が経つと限界が近づいてきた。俺は三度のメシより睡眠が好きなタイプなのだ。

 くそっ、そうはうまくいかないか。

 流れ的に、今日こそいけると思ったんだけどな。

「ダメだ、寝る……」

 いよいよ瞼が重力に打ち勝てなくなり、俺はいったん休戦にすることにした。戦いはまた明日だ。

「待ってろよ、未来の恋人」

 人差し指でピシッとPCを指差す。

 すさまじく間抜けな行為だが、多分、漬物石の上に象が乗ってるような眠気で朦朧(もうろう)としていたのだろう。

 ベッドに入ると、五秒で眠りについた。


 ……猛烈な尿意で目が覚めた。

 しまった、寝る前にトイレに行っておくの忘れてた。どうも間が抜けてるというか、遠足にバナナを忘れたり、そういうところが俺にはあるな。

 トイレに行って用を済ませるとすぐに眠気が襲って来る。明日は寝不足で目が赤いな、こりゃ。

 睡眠の神に足を掴まれて沼に引きずりこまれそうになったその瞬間、ふと「なれば?」をチェックしたくなった。こういう何気ないときに幸運は訪れるんじゃないだろうか。

 朦朧とするなかでもスマホを取り出し、適当な新着タイトルをロクに見ずに後書きまでスクロール。

 ほとんど夢うつつの状態で読むと、


>最後までお読みいただきありがとうございます。

>一つ大事なお願いがあります。

>評価ポイントを入れていただけないでしょうか……?

>作者のモチベーションが天まで届くほどあがりますので……!

>そして、入れてくれた方には何と……! 

>よく聞いて下さいね。

>彼 女 ができます!

>評価欄は下にあります


 ……。

 ……!

 来た……!

 ついに来たのだ……!

 俺にも……春が来たんだ!!

 俺にも彼女が……!

 俺は震える手で評価ポイントを入れた。

「やった……! 俺はやったぞ!」

 そして、力尽きて眠りに落ちていった。


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