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「富田、話があるんだけど」
と、杉山が俺と合流してすぐに話しかけてきた。
登校途中、家を出てから五分ほど歩いた交差点で俺と杉山はよく会うのだ。まぁよく会うのはどっちも時間ぎりぎりで登校するのが原因なのだが。
どうせなら巨乳の黒髪美女と会いたいものだが、現実は「なれば?」とは違い、実に非情である。
最初はなんだこの地味なやつと思ったものの(お互いさまだろうが)、何度も顔を合わせるうちに自然と喋るようになり、互いにオタであることが分かると、晴れて友人になったというわけだ。
クラスは違うんだけどな。
「何だ? ガチャ自慢ならやめろよ」
俺は警戒した。
ソシャゲはやらない。いや、やれないと言ったほうがいいだろう。
以前はすべての願望をかなえる栄養剤「リポビターンDDD」を巡って英雄を召喚して戦う「Fight/Gigant Ogre」をプレイしていた俺であるが、今はやっていない。
「ファイト! 一発!」と掛け声をかけてガチャを回すといいキャラが出るという噂を信じてなけなしの5万をぶっこむも、見事に爆死し、怒りのあまり削除したのだ。
意思の弱い俺のような人間はソシャゲをやるべきではない、ということが心の底から分かった。
「違うよ、なれば?の話だよ」
「そっちか」
杉山は俺よりもさらにディープな「なれば?」ユーザで、当然登録してるし、ブクマはもちろん、評価ポイントも入れる、感想は書く、レビューはすると、どっぷりと「なれば?」につかっていた。
読むのもランキング上位などではなく、ポイントが低い作品や新着からよさ気な作品をあさってたりしている。こういう活動するユーザをスコッパーと呼ぶらしい。
正直、俺からすれば何が楽しくてやってのかという気がするが、本人は充実してるらしい。
「後から人気が出たあの作品も、一番先に見つけたのは俺だって言いたいんだ」とは杉山の弁である。それはまぁ分からないでもない。オタによくある習性の一つなのだろう。
あるいは杉山は書き手であるのかも知れない。
以前聞いたことがあるが、杉山は否定していた。その割にユーザ名は言わないんだよな。否定の仕方もすんごい不自然だったし。
まぁ別に俺としてもしつこく問い詰めるようなことでもないから、そのままにしておいた。万が一、人気作家にでもなったら奢ってもらえなくなるからな。ひひひ。
「ちょっと気になるのを見つけたんだよ」
「何だ? いい作品でも見つけたか?」
と、俺は適当に答える。
杉山は気に入った作品を発掘すると、俺に勧めてくる癖があるのだ。
それはいいのだが、やつのオススメの作品は俺にはどうも意識が高い系というか、気が進まないものが多かった。
俺はお気楽に時間つぶしができればそれでいいのである。ハーレム、チート、俺ツエー上等だ。
「それが、違うんだよ……。とんでもないのを見つけちゃったんだ」
「とんでもないの? ……ちょっと待て、エロいやつか!?」
俺は勢い込んだ。エロいとなれば、話は別である。
「バカ、違うよ。エロはノクダ行きだろう」
ノクダとはノックダウンノベルズの略で、18禁小説はこちらへ投稿しなければならない。
「なれば?」は広告費が運営の柱なので、広告がはがされる原因のエロには厳しいのである。
当然俺は高校生なので、そのサイトを見たことはない。……いや、本当だよ? 俺の目を見て欲しい。これが嘘つきの目に見えるだろうか?
「なんだ。エロくないのかよ」と、俺は落胆した。
「あのさ、俺が普段ポイントクレクレに不満があるのは知ってるだろう?」
何を言い出すんだ?
ボ……俺は訝しんだ。
ポイントクレクレとは、後書きで評価ポイントを入れてくれとお願いすることである。
杉山はそれに不満があるらしく、運営は対策するべきだ、と言っていたのを覚えている。
なんでも利用規約に「評価を依頼する文章を掲載してはならない」とあるらしい。
杉山は規約にそうある以上、クレクレはダメだというのだ。
ヘビーユーザらしい言動(※個人の感想です)だが、俺はどうでもよかった。
別にクレクレされたって入れたくなきゃ入れなければいいだけの話じゃないのと思う。クレクレされたという理由だけでつまらない作品にポイントを入れるお人好しはそうはいないだろう。つまり、内容がある程度満足いくものであるからこそクレクレが功を奏するのである。
そもそも作者が自分の作品を評価してくれ! と書くことはそんなにおかしなことだろうか? 外部サイトならともかく、自分の小説が掲載されている、自分の小説の後書きである。
真っ白とはいえないかも知れないが、許容範囲内のことだろう。
本当にまずかったら運営が動くだろうしな。
ま、ユーザ登録してない俺には関係のない話ではある。
「知ってるけど、何だ? 面倒くさい話じゃないだろうな?」
「違うよ。実は、変なクレクレを見つけたんだ」
「変なクレクレ? ポイントくれなきゃ自殺するぞ、とか?」
冗談めかして言ったが、さすがにそれは規則違反で警告されるだろう。
「いや、そういうネガティブなものじゃないよ」
杉山は真面目な顔で否定する。冗談の通じないやつだということを忘れてた。
「評価してくれたらあなたの小説も評価します、とか?」
「それは相互評価依頼で明らかにアウトだ。変といえば変だけど、そういう変じゃないんだ」
「じゃあ何だよ」
俺は面倒くさくなって杉山に顎をしゃくった。さっさと言えというジェスチャーだ。
杉山は周囲をうかがうように見回すと、内緒話をするように小声で、
「──ポイントを入れてくれたら、テストでそれなりにいい点が取れるって後書きに書いてあったんだ」
俺は唖然として、杉山の顔をまじまじと見つめた。
「何だそりゃ。お前、それを信じたのか」
杉山は慌てて、
「いや、俺だって最初は信じなかったよ。当たり前だろ。だけど内容も悪くなかったし、冗談半分に入れてあげたら、中間テストの結果が……」
「あ。お前、成績けっこう良かったよな」
はっきり言って俺も杉山もお世辞にも学校の勉強ができるとは言えない。赤点連発というほど悪いわけでもなかったが。
世の中、勉強よりも面白いことが山ほどあるのだから、仕方のないことと言えるだろう。
それが杉山のやつ、この間の中間テストでそこそこいい点を取りやがって、俺は裏切られた気持ちになったものだ。友情もテストの前では形無しである。
「そうなんだ。俺にしては上出来だったんだ。まさにそれなりにいい点、だ」
「岡本がめちゃくちゃ羨ましがってたからな。あいつ、中間でそこそこの点数取れなかったらお小遣い減らされるって言ってたし。……ちょっと待て。それがその、クレクレの見返りのおかげだっていうのか? ……アホくさ。お前が勉強したからだろ」
「別にそんなに勉強したわけじゃないよ。ただヤマが当たったっていうか……。普通に当たったんじゃない、ものすごく当たったんだ」
「じゃあ運が良かっただけだろ。カンベンしてくれ。なれば?にハマりすぎじゃないのか?」
俺は呆れかつ心配になり、もう一度杉山をまじまじと見つめた。
男の顔を見つめるなんて何回もしたくないが、そうせざるをえなかったのだ。
物事にハマりすぎるとこうなってしまうのか?
あるいはショックなことでもあったのだろうか。いくら何でもどうかしてる。
そのうち異世界に転生するとかいってトラックの前に飛び出すんじゃないだろうな。
「う~ん……。テストの件だけだったら俺もそう思ったんだけど……。実はもう一つ、別のクレクレで見返りがあったんだ」
「へえ。そりゃ何だよ。SSRでも引けたか?」
俺はこの馬鹿らしい話を切り上げたくて、俺にとっては禁句のガチャ話を持ち出してしまった。
「彼女ができた」
「……は?」
俺は固まった。
杉山は、恥ずかしそうに顔を赤らめてもう一度言った。
「彼女ができたんだ」