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次の日、俺は杉山に今まで訊いてこなかったことを質問することにした。
つまり、作者のことだ。
今まで俺は読み専ということもあって、作者を気にしたことがなかった。
しかし、昨日の夜に感じた疑問──なぜ他人の望みが見返りになるのか?──の答えを知るには、作者を知らなければならないと感じたのだ。
「作者についてだって? 何だ、お前も書きたくなったのか?」
杉山はニヤリと笑う。
まさか。俺には小説を書く才能なんてこれっぽっちもない。
「そうだな……。ま、色んなタイプの書き手がいるな。一番幸福なのは好きなものを書いてそれがウケるってやつだ。ま、そんなのはレア中のレアだな。ツチノコと同じで、幻の動物なのかも知れん。お前も更新チェックしまくって分かるだろうが、たいていの小説は読まれない。ジャンプの10週打ち切り漫画みたいに、最初は読まれるけどつまらないから読まれなくなるんじゃない。最初から読まれないんだ。その現実にぶち当たった作者は二つの道に分かれる」
正確には読まれないんじゃなくアンケートだと思うけどな、ジャンプの場合は。まぁ同じようなものか。
「まずは気にせず割り切って自分の書きたいものを書いていく作者。それから何を書けばウケるのか自分なりに研究してその要素を取り入れていく作者だな」
「テンプレってやつだな」
「そうだ。もちろん”濃度”は人それぞれだがな。濃いのもあれば味付け程度のもある。同一作者でも読者が好きそうな要素を入れて書く作品と、好きに書く作品とを分けて書く人もいる」
「なかなか難しいんだな……」
「そうだ。読んでもらえないってのは辛いんだよ……。読まれて酷評されるのとはまた違う辛さだな」
杉山はしみじみと言った。
「だからタイトルが長文で説明調になるんだな」
「そうそう。読者に何とか読んでもらおうとした結果、進化したんだ」
「適応進化か」
俺はなるべく賢く見えるようにゆっくりうなずいた。俺だってたまには難しそうな単語を言いたいときくらいある。
「ランキングを見てみろ。普通の小説みたいなタイトルはほとんどない」
なんだか耳に痛い言葉だな、おい。
杉山は遠い目をして独り言のように、
「富田、俺は思うんだがな。音楽でも絵でもそりゃ流行というか、他人の目は意識する。人間、誰だって自分の創作物を見てもらいたい、聞いてもらいたい、読んでもらいたいに決まってる。だけど、なれば?ほど読者ウケを突き詰めて創作してる分野はそうはないんじゃないかと思うんだ。ガチでプロ目指してる人はともかく、真剣に目指してるわけでもない人までもな」
毎日大量に投稿される小説だが、字は絵や音楽と違って、瞬間のインパクトがない。「パッと見」や「パッと聞き(そんな言葉はないが、ニュアンスで感じてくれ)」が通用しない分野で、言わば消費するのが大変なのだ。
だから読まれない現実に直面した作者は、まず読んでもらうことを第一に考えざるを得なくなる。自分が何を書きたいかではなく、どうすれば人目につくのかを。それはまるで……。
「何てこった……そういうことか!」
俺は思わず大声を出していた。
「な、何だ!?」
杉山が俺の声にびくっと反応してのけぞった。
「後書きの見返りが、なぜ他人の願いを反映してるのか、だよ!」
俺は今の一連の会話で疑問が解けた気がした。
そうか。
個人サイトでほそぼそやって時代は、web小説なんて書きたいものを書いていたはずだ。それが何万何十万と集まるサイトができて、ポイントがつけられ、それに基づくランキングなんてものができると、自分が書きたいものよりも他人が読みたいものを書くようになる作家が出てくる。
ポイント上位は出版社から声がかかって書籍化できるんだから、なおさらだ。
もちろんポイントやランキングに興味のない書き手はいる。
しかし、まったく気にしないというのは、なかなか難しいだろうと思う。
本当に人目を気にしないなら、ネットで公開する必要がないからだ。
最初は気にしないとしても、ブックマークや評価ポイントで数字があらわれ、アクセス解析で何人が読んでいるかを知ると、気になるようになる。
他人の目を。
それは他人の望み、願いを叶える後書きにつながったのではないだろうか?
杉山もこう言ってたではないか。
趣味でやってるのにこんなに人目を気にするのは珍しいと。例えば趣味でオリジナルの音楽をやってるやつが、他人の聞きたいものをそこまで気にするか? 基本的にやりたい音楽をやるはずだ。他人に影響されることは大いにあるにせよ、だ。
本当に書きたいものと書いてるものの乖離が感情のもつれを生み出し、それが願望をかなえる後書きにつながった……?
……と、俺は杉山に自分の推理を話していた。
「なるほど。書き手の数は膨大だ。かなりの数の作者が葛藤を抱えているのは想像がつく。そのエネルギーが生み出した産物というわけか」
杉山は少し衝撃を受けたような表情で語った。
きっと杉山も同じような悩みがあるのだろう。
「それはどうにもあれだな……何というか……」
杉山は言葉を続けなかった。
「なーんてな」
俺はそうつぶやくと、ベッドに寝転んで、乾いた笑いをもらした。
家に帰り、飯を食って風呂に入ると、急にさっき話していた内容が嘘っぽく感じられてきたのだ。日常のルーティンに戻ったせいかも知れない。
こんなのは仮説──いや、説は検証できなければならないのだから、仮説ですらない。
ただの妄想だ。
杉山の中間テストはヤマが当たっただけ。
杉山に彼女ができたっておかしくはない。あいつはチャラチャラした見た目だけの男よりよほど誠実でいい奴なんだし、片桐さんもそれを見抜いたんだろう。
親父の髪は新型の育毛剤のおかげ、いや、何とか効果──そう、プラシーボ効果だ。高いんだから効くはずだという思い込みが髪の毛をもたらした。まさに髪の奇跡。
どれも合理的な説明がつくのだ。
そう、「なれば?」小説にあるような、漫画のような奇跡が起こったわけではない。
ただの偶然の積み重ねに過ぎないのだ。
何が作者の葛藤だ。それが他人の願いを叶える後書きになった? 馬鹿を言うのも大概にしろ。
奇妙な後書きがある小説が一日で消え、痕跡も残らないというのは……そうだな、データ的なアレだろう。俺にはよく分からない専門的な何かだ。
俺は無意識にスマホを取り出し、性懲りもなく「なれば?」小説の新着をチェックしていた。
妄想ならば更新チェックなんか止めればいいのに、もうほとんど癖になっている。
一発目に見た小説の後書きに、それはあった。さんざん見てきたタイプのクレクレ文だ。
>ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
>「作者がんばってるな」
>「面白い」
>「更新がんばれ」
>と思うかたは、ぜひポイントを入れてください。
>入れてくれたかたには「世界など滅んでしまえ」という願いを叶えます!!!
……待て。
待て待て待て。
俺は、跳ね起きていた。
何だ、最後のは?
俺の心臓が急に高鳴り出した。
何回も見直したが、何度見ても「世界など滅んでしまえ」と書いてある。
嘘だろ……。
俺の仮説では、誰かが願ったことが後書きの「あなたの願い」に反映される。それもそうなればいいな程度の軽いものではなく、心から願ったことが、だ。
世界が終われと冗談じゃなく心から願ったやつがいるってのか? それも身近に?
そんなやつがいるなんて……。
その時、俺は駅前にしょっちゅういる、狂信的な目をした中年男を思い出していた。
杉山と片桐さんが出会うきっかけになった、”破滅男”のことを。
──神を信じなさい。神を信じないなら、この腐った世界など、いっそのこと、滅んだ方がよいのです。
あいつなのか? あいつの願いが反映されたっていうのか?
今朝出かけるさいにちらっと見たニュースを思い出す。
──ホワイトハウスはイランとの開戦を決断した模様です。報道官はこれはイランの愚かな行動が招いた結果であり、ただちに……。これに対しイランは我々は決して屈することはないと……。
俺は喉の渇きを覚え、唾を飲みこんだ。
大丈夫。仮にアメリカとイランが戦争になっても、世界が破滅するわけじゃない。
──何がきっかけになるか、分からんぞ。
親父の言葉が脳内でリフレインする。
額から、じわりと汗が流れ落ちた。
くそっ、こんなのは妄想だ。さっきそう考えたばかりじゃないか。
俺は震える手でアクセス解析をクリックする。
頼む。
俺がこの小説を見た最初の読者であってくれ。
それなら大丈夫、問題ない。
最初の読者にしか見返りをもらえる権利がない。俺がこれを黙殺すればいいだけの話になるんだ。
PVは……すでに20ついている。
俺は最初の読者……なのか? これでは分からない。
いや、小説を見た時間は、投稿時間から十分以上は経っている。つまり、最初の読者ではない公算が高い。
「まだ決まったわけじゃない」
俺は自分に言い聞かせるように口にした。
最初の読者が、ポイントを入れなければいいだけだ。
大丈夫だ、と俺は再び自分に言い聞かせる。一話目でポイントを入れる読者はそう多くない。人気作家の新連載でもないかぎり、すぐにポイントは入らないものだ。
そうだ、小説情報をロクに見ずにアクセス解析をクリックしたから、ポイントが入っているかどうか確認していなかった。
ブラウザバックして小説情報ページに戻る。
……総合評価2がついていた。
2ポイント。11ポイントマンというのがいると杉山は言っていた。片っ端から文章評価1、ストーリー1を入れていくユーザーのことだ。
そいつなのか?
俺は投稿された小説を最初から読みはじめる。ジャンルはハイファン、四人でパーティを組んでいたが役に立ってないと追放される。これから「ざまぁ」展開があるのだろう。
俺には、ありふれた、よくある追放ものとしか思えなかった。
最初の読者が11ポイントマンじゃないとしたら、問題はない。この手のよくある話を読んで1・1を入れるユーザーはいない。
最初の読者が11ポイントマンだったとしたら──おしまいだ。
世界は、滅ぶ。
頼むから前者であってくれと祈るしかなかった。
杉山に連絡して事の次第を打ち明けると、やつは少しばかり沈黙すると、
「最初の読者が11ポイントマンの可能性は低い。単純に確率の問題でな」
「そうだな。……でも可能性はある」
「ああ……あるな。それに最初の読者がふざけた後書きにムカついて入れた可能性だってある」
ため息をつき、暗い声で杉山はそう言った。
「取りあえず願うしかないな。万が一のときのために」
「ああ。俺も心の底から祈るよ。まだ世界が終わって欲しくなんかないからな」
俺に──俺たちにできることは一つだけだった。
それは、心から願うことだ。
そうすれば後書きの見返りに反映されるかも知れない。
確かにこの世界には腐ったことや胸糞が悪くなるようなことがたくさんあるし、ろくでもない人間も大勢いる。
残酷で、いっそのことこんな世界なんてないほういいと思うこともあるだろう。
だからといって、世界が終わっていいわけがない。
世の中には悪い奴がいれば良い奴だっている。いや、悪い奴なんてごく一部で、大部分は悪魔でも天使でもない平凡な人間ばかりなのだ。
自分が世界に受け入れられないから世界が終わってしまえなんて、ガキの戯言にすぎない。
……世界が終わるとしても、こんなくだらない事で終わるなんてご免だ。
それともう一つできることがあるぞ、と杉山は言った。
「この一連の出来事を小説にして発表することだ」
俺は思ってもみない提案に絶句した。
「何のために?」
「世界を救いたいと願う人を増やすためさ」
「……信じるやつなんて、いないだろう」
「いないだろうな。でも、やらないよりはマシさ」
やらないよりはマシ……か。
そうか。そうだよな。
やれることは、やっておかなきゃな。後悔しないためにも。
それに、俺にはまだ彼女ができていないことだし。
童貞のままじゃ死んでも死にきれないぜ。
俺はため息をついて、杉山にこう言った。
「小説の書き方を、教えてくれ」
この稚拙な小説を最後まで読んでくれたあなた。
良かったら、あなたもぜひ心から願って欲しい。
世界がまだ終わりませんように、と。
この願いが後書きのポイントクレクレに反映させますように、と。
そして、その小説を読んだ読者が、ポイントを入れてくれますように……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「面白かった」
「これからも頑張って」
「世界を破滅から救いたい」
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