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10ポイント目 作者名は特に事情がなければ空欄にしよう

 次の日、いつもはダルいはずの起床も目覚ましが鳴る前にパッチリと目が覚めた。睡眠時間は足りてないはずだが、メンタルがカバーしてるのだ。

「やあ、父さん、母さん、おはよう。今日もいい朝だね」

 俺はハリウッド俳優もかくやのさわやかな笑顔で両親に挨拶する。

 母は心配と不気味さをごちゃ混ぜにしたような表情で、

「ちょっと何なの、宏樹。悪いものでも食べた?」

「それはアレだろ、俺に髪の毛が生えてきて宏樹も嬉しいんだろ。将来ハゲなくて済むかもしれないからな。ウハハ!」

 親父は育毛剤の会社が倒産したことをもう忘れたらしい。毛が生えてきたことが大事なのだろう。

「父子そろって変に上機嫌で、気持ち悪いわね」

 母は気味悪そうに言った。


 登校がこれほど楽しみなのはいつ以来か……というか初めてだろうな。

 いったい俺は誰から告白されるんだろう。

 学年一のクール系美人と評判の飯島加奈か?

 それとも癒し系なら学校一と噂される志納ゆいか?

 あるいはまだ俺の知らない美女なのか。

 俺の脳内では某格闘漫画のトーナメント出場選手の紹介シーンのごとく次々と可愛い子が登場しては俺に微笑みかけてくる。

 やばい、妄想が止まらない。今の俺はニヤニヤしっぱなしで、さぞかし気持ち悪い面になっているに違いない。

 いつもそうだろって? うるさい、ほっとけ。

 まぁ誰にせよ、絶対に性格が良くて可愛い子に違いない。

 十分後に訪れる悲劇に、俺はまだ気づいていなかった。


 会いたかった人物、すなわち杉山を俺は両手を広げ、満面の笑みをたたえて迎えた。

「杉山くん!」

「お、おう。何だ、今日は元気だな」

「ははっ、嫌だなあ杉山くん! 僕はいつも元気もりもり、ご飯大盛りだよ!」

「お前、変だぞ……。何か薬でも……あっ!」

「ふふっ、察しがいいね、杉山くん。察しがいいガキは好きだよ」

 俺はメガネのブリッジを人差し指でくいっと上げて言った。まぁ俺はメガネはかけてないんだが、気分を出さないとな。

「ついに来たのか!?」

「その通りだ! 見よ…これを! ほら、ここ」

 と、俺はスマホを取り出し、杉山に突きつけた。


「……富田、お前……」

 杉山が妙な顔で俺を見る。コカ・コーラと思って飲んだらドクター・ペッパーだったみたいな微妙な反応だった。

 ん? 何だ、その顔は?

「まぁ……今はそういう性的指向というか……ヘテロセクシャルだけが正常というのは俺も反対だが、いや、まさかお前がそういう……いやはや、人は見かけによらないということか」

「ま、待て、杉山……お前何を言って……」

 俺は混乱して、スマホを自分の方に向け、そこに書かれている文字をしっかりと読んだ。

 そして──

「あ……ああっ……!?」

 そこには彼女ではなく()()の二文字が燦然(さんぜん)と輝いていた。

「良かったじゃないか。それがお前の望みなら、俺は何も言わんよ」

 杉山は俺の肩を叩いた。

「それはともかく、頼むから俺には惚れるなよ。……おい、どうした富田? 富田?」

 杉山が俺の肩をがたがたと揺さぶった。

 俺は返事をすることができなかった。

 俺は、立ったまま失神していたからである。


 杉山はホッとしたような、残念そうな顔でうなずいた。

「何だ、見間違いか……」

「当たり前だろう!? 寝ぼけてたんだよ! ていうか何でちょっと残念そうなんだよ!」

「いや、正直面白いなと思ってな。……しかし、これは厄介なことになったな」

「くそっ」

 よりによって彼女と彼氏を間違えるとは……。間が抜けてるにもほどがある。

「どうにかならないのか、杉山!」

「俺に言われてもな……そうだ!」

 杉山は何か思いついたように手をポンと叩いた。

「どうした、妙案を思いついたか!?」

「いざという時のために、ワセリンを買っておけ」

 真面目な顔で言う杉山の尻に、俺は蹴りを入れた。


 その日、学校に来てから俺は気が気ではなかった。

 ──彼氏ができる。

 俺にその気がない以上、男の方から俺にアプローチしてくるしかない。

 そして共学である以上、この学校は半分以上は男であふれかえっているのだ。

「へへっ、富田、ケケ達彩奈が結婚したらしいな。久しぶりのビッグカップル誕生じゃないか?」

「ひぃっ!」

 俺は尻を手で押さえて飛び上がった。

「な、なんだよ!?」

「岡本かよ、びっくりさせんなよ」

 俺は激しく動悸する心臓を抑えながら岡本を非難する。


 今までも何回か触れたが、岡本は杉山と並ぶ俺のオタク仲間である。ちなみに三人そろって酷い三連星と呼ばれている。

「そんな驚くことないだろ。普通に話しかけただけだぜ」

 岡本が不思議そうに俺を見る。

「てか、ケツがどうかしたのか? 押さえてるけど」

「は、はあああっ!? 別になんでもねーし!」

「ははーん。漏れそうなんだな。さっさとトイレ行って来いよ。小学生じゃないんだから誰も上からのぞかないって」

 岡本はニヤニヤしながら言った。

「別に俺は……いや、そうだな。ちょっと行ってくるわ」


 俺は素早くその場を離れた。ここは一人でいるほうがいいだろう。

 さっきから男たちの視線が気になって仕方がない。

 立花のやつ、さっきから俺のことを熱い視線で見つめてないか?

 青木、俺のどこを見てるんだ?

 あの先輩はひょっとして普通の先輩じゃなく、野×先輩なのでは?

 すれ違う男という男が俺を狙ってるように感じられる。まるで敵地に潜入した工作員のようだ。


「どうした、富田。具合でも悪いのか?」

 向こうから歩いてきたのは体育教師の矢田だ。体育教師といえば横暴で嫌な奴が多いのが漫画やアニメでのあるあるだが、矢田は普通の教師だった。まぁ運動系だから熱い部分はあるが、他人に強制はしないし、明るいし、いい意味での体育会系という感じで、俺は好きなタイプだ……いやいや、待て待て、違うぞ! そういうんじゃない!

「ああ矢田先生。何でもないッス、大丈夫すよ」

「そうか……? 何だかキョロキョロしてるし、歩き方も変だぞ。どこかかばうような……尻でも痛いのか?」

 心配そうな矢田。いい先生だな。

 しかし、男は男だ。いつもだったら話をしたいところだが、今日は──今日からはダメだ。

 マジで本当に大丈夫なんで、と何回も言って足早にその場を後にした。


 それから俺は男たちの視線に怯えながら休み時間になるたびにクラスを抜け出し、一人で過ごせる場所を探して孤独に時間をつぶした。

 ちょっと待てよ……これ、ずっと続けるのか? 一生?

 無理だ。こんなことを続けてたら精神が参ってしまう。

 いったい、俺はどうすればいいんだ……。

 いっそのこと、諦めて……。

「いやいや、ダメだダメだ!」

 俺は頭を振って悪魔の誘惑を払いのけた。いっそのことって何だよ!

 何でこんなことになってしまったんだ……。


 放課後、俺は杉山のクラスに向かった。危険は承知だが、何か打開策がないか藁にもすがる気持ちだった。

 杉山は俺の顔をみるとぎょっとした表情を浮かべた。

「と、富田……お前大丈夫か? 何だか頬がこけてるぞ」

「ちょっと、精神的にな……キツイ」

「ま、ちょっとは安心できるような情報を言うか」

「何!? それは何だ!?」

 わずかな光が差した。


「その前に、その小説の投稿時間とお前がチェックした時間を教えてくれ」

「お、おう……ちょっと待ってくれ」

 俺はスマホを取り出し、

「投稿されたのは午前3時ジャストだな。予約投稿か? また妙な時間に……。それと俺が見たのは、そうだな……あまり記憶にないんだが、たぶん5時くらいかなぁ」

 スマホの時間表示だとそれくらいだったような気がする。窓の外もちょっと明るかった気が。

「それと、お前の他にポイントを入れたやつはいるか?」

 俺は意外なことを訊かれて、思わず杉山の顔を見る。

「俺の他に……?」

「そうだ。まだ小説は消えてないよな? ちょっと貸してくれ」

「あ、ああ……」

 俺は訳が分からないまま杉山にスマホを渡した。


「ふーむ。お前の他に入れたやつがいる。しかもこれは……たぶん11(いちいち)ポイントマンだな」

「いちいちポイントマン!? 何だそれは!?」

「片っ端から”文法・文章評価”と”物語評価”にそれぞれ1ポイントを入れてくやつだ。俺は11(いちいち)ポイントマンと呼んでる」

「そんな嫌がらせみたいなことするやつがいるのか……」

「すごいぞ。何万件と入れてるからな」

「ひ、暇人だ……」

「それはともかく、この小説の総合評価は12ポイント。お前は55入れたんだろ?」

「当たり前だろ」

 55以外にしたら見返りがないかも知れないからな。


「ということはお前が最初にポイントを入れた確率は単純に考えて50%。この小説にポイントがついてたか、覚えてるか?」

「いや……全然。半分寝てるような状態だったし」

「そうか。だが投稿されてから2時間は経っていたことを考えると、11(いちいち)ポイントマンが先に評価してた可能性は高い。ジャンルを見るとハイファンで、更新の流れは速いからな。さかのぼって11つけたと考えるよりも、更新されたのをぱっと見て評価したと考えたほうがいいだろう。……ということは大丈夫だ、富田」

「大丈夫!? おい、何でだ!?」

 俺の心臓は期待で張り裂けそうだ。何で大丈夫なのかさっぱり分からないが。


「これは俺の推測だがな……。見返りを叶えられるのは、最初にポイントを入れた一人だけだと思う」

「最初の一人!? どうしてそう思うんだ?」

「いや、評価ポイントを入れた全員の望みが叶うと、競合する場合が出てくるだろ? 例えば一つしかないものが手に入ります、とか」

「……」

「それにいくら時間限定とはいえ、ポイント入れたらどいつもこいつも……ってのはハードルが低すぎるし、ありがた味がなさすぎる。ひょっとしたら最初に読んで、なおかつポイントを入れる、くらい高いハードルであってもおかしくないぞ」

「……」

「ちなみにそれには根拠がある。彼女ができます、っていう後書きを見たあと、すぐにPVを見たけど1だった。つまり俺が小説を最初に見たわけだ。100%じゃないけどな」

「……」

「ついでに補強するとアニメや漫画だと望みが叶うのは一人だけだろ」

 俺はため息をついて肩を落とした。期待してただけに余計にがっくりくる。


「いくら何でも根拠が薄すぎる……。テストの点数が上がる、みたいな競合しないものは評価入れた人全員に恩恵があって、競合する場合は最初の人だけ、とかかも知れないだろ」

「そんな都合よく場合分けするか? こういうのは一つの原則に基づくものだと思うぞ」

「こういうのって他に例があるのかよ……」

「いやだからアニメや漫画だと」

「現実はアニメでも漫画でもないんだよ! くそっ、彼氏ができるのは俺なんだぞ。そんな曖昧な根拠で期待を持たせないでくれ!」

 杉山は腕組みをして俺を励ますように力強く頷いた。

「元気出せよ。俺の仮説だとお前に見返りはない。あんまりビクビクしてると身体が持たないぞ。それに男の場合は友達ができるだけかも知れないしな」

 俺は深々とため息をついた。

 まぁ、杉山が俺を気づかっているのは分かる。ここでしつこく反論するのはやめておこう。

 杉山の根拠薄弱な仮説に一縷(いちる)の望みを託すとするか……。


 それからしばらくの間、俺はびくびくしながら過ごしたが、男から告白されたり言い寄られたりすることもなかった。

 どうやら杉山の仮説は正しいらしい。

 とにかく、俺の尻は守られたのだ。

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