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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王による『勇者の美しさは世界一』作戦!

作者: アカテツ

 魔王は黄金と各種宝石を組み合わせて作られた煌びやかな玉座に座り、勇者が現れるのを待っていた。遠くから鳴り響く轟音と部下の悲鳴が、待ち人が近づいていることを知らせてくれる。

 悲鳴は止むことなく続く。誰一人として勇者の突撃を止められないのだ。

 魔王は頬を赤らめ、足を何度か組み替える。髪を意味もなく撫でる。


「ああ、もうそこまで」


 玉座の正面にある扉の先で、最後の番人が打ち倒された音がした。彼女の本来の役職は番人ではなく、秘書のようなものだ。彼女には悪いことをしてしまったかもしれない、と少し気に掛けるも、魔王はすぐに気を引き締める。

 相手は勇者だ、生半可な覚悟ではいられない。魔王は不敵な笑みを浮かべる。そこには先程までの落ち着かない男子のような姿はなく、自信満々な魔王がいた。


 ドン! と扉は勢いよく蹴破られた。

 その先にいるのは、予想通りの人物。


「魔王! 今日という日こそその息の根止めてやる!!」

「フハハハハ!! よくぞ来たな勇者よ、歓迎する」


 怒髪天をつくといった形相の女性が声を荒げる。その右手では、彼女が勇者たる証である聖剣が、魔王には眩しすぎる光を放っていた。魔王にしてみれば忌々しい剣だ。

 それに臆することなく、魔王は笑顔で迎え入れる。その言葉には皮肉など含まれておらず、むしろご機嫌な様子だ。


 勇者と魔王は既に何度か戦っている。因縁の相手ともいえるかもしれない。しかし、その戦績、驚くことなかれ。


 魔王の全敗である。


 ここ最近は魔王がちょっかいをかけ、勇者に殺されるまでがある種の約束となっていた。


「何回も何回も何回も殺しても生き返るとか何なの!? ちょっと卑怯じゃない!! 命の尊厳とかどう考えてるわけ!?」

「魔王である俺に常識を求めるとは地に落ちたな、勇者よ!! だがしかし、許そう。そう、最後にお前がオレの想いを受け取るならば! 勇者よ、愛しているぞ!!」

「馬鹿じゃないの!?」


 聖剣が振るわれ、極光の斬撃がビームのように襲い掛かる。

 触れた者は皆蒸発するほどの破壊力を持った一撃。魔王はそれを右手でもって上に弾き飛ばす。何回も同じ動作を繰り返した者特有の慣れた手つきだ。弾かれた極光は天井を突き破り、光の柱を生みだした。


「随分なご挨拶だな。照れるではないか」


 余裕な表情の魔王。しかし、勇者に焦りはない。

 この一撃は凡人にしてみれば必殺技だが、勇者にしてみれば序の口だ。魔王が容易に弾くのは簡単に想像できるほどには、勇者は魔王との付き合いが長かった。


 それだけ長い間、二人は戦ってきた。

 始めは仲間と共に魔王城に乗り込んできた勇者も、今では勝手知ったるなんとやら。単騎突撃をするようになってしまった。たぶん人類で最も魔王城に詳しいのは彼女だ。

 魔王が一度その様子をからかい、聖剣の錆になったのは何度目の襲来の時だったか。


 聖剣を構える勇者に対し、魔王はそういえば、と気楽な様子で話しかける。

 

「城の門番に最新型悪魔を配備したはずだがどうであったか?」

「あんな気持ち悪い門番、他にはいないわよ」

「何を言う! 男と女の最強同士を組み合わせた傑作だぞ」

「ガチムチの男悪魔を魔法少女に仕立てるのがお前の傑作か!!」


 混ぜるな危険、を堂々と傑作と言い張る魔王を勇者は糾弾する。確かに今までの門番よりは動きが良かったのが、余計に勇者をイラつかせた。


「前に秘書にさせていた魔法少女の格好、あれはまだよかったわ。年齢がどうかは知らないけど。でもね、そこからどう発想をエクスプロージョンさせればああなるのよ!?」

「やはり手を抜かずに天使の羽をつけるべきだったか? 悪魔につけるのは可哀そうだと思っていたのだが。お前が言うならこう、メルヘンチックに―――」

「違う!!」


 またも撃ちだされる斬撃。

 魔王はそれを楽し気に、先ほど空いた天井の穴から上空に弾き飛ばす。

 顔を真っ赤にした勇者は、そのままかの悪魔について追及を続けようとしたが、ふと自分が何のためにここに来たのかを思い出す。いつのまにか魔王のペースに呑まれていた。


「というかそうじゃない! 魔王、私がここに来た理由、わかってるでしょうね?」

「もちろん」

「そう、なら大人しくその首差し出し―――」

「遂にオレの想いを、この愛を受け入れることを決意したのだろう?」

「ち・が・う・わーーー!!!?!!」


 瞬く間に聖剣が振るわれ、四つの斬撃が生みだされる。その一撃一撃が先ほどとは比べ物にならない暴力性を帯びている。そこらの竜であれば抵抗する間もなく絶命するだろう。


 しかし、ここにいるのは魔の頂点である魔王。

 魔王は手の平から力場を発生させ、ボールを布で包むように、斬撃を優しく全て飲み込んだ。その力場をさっと天井に空いた穴から空に投げ捨てると、上空で花火の比ではない爆音が轟いた。穴からは直視できないだけの光が溢れ出し、二人を照らす。

 魔王は眩しそうに目を細めながらも、臆面もなく言う。


「どうしてだ? こんなにも、文字通り死ぬ思いをするほどお前のことを愛しているのに」

「私は文字通り殺してやりたいと思ってるわ。というか死ね」

「本当か!? うむ、では両思いだな!!」

「話通じないなおい。ちゃんと聞けよ」


 笑みを浮かべ、目を輝かせる魔王を死んだ目で勇者は見る。

 始めはもっと魔王は魔王をしていたのだ。しかし、気づけばこの有様。勇者としても自分が打ち倒す相手がこんなやつだとかやるせないと考えていた。

 勇者は気が抜けそうになるのをぐっと堪え、鋭利な視線を魔王に向ける。


「戯言はもういい。後でどうせ斬り捨ててやるから今すぐあの街中を飛んでいる烏を止めろ」


 光り輝く聖剣の切っ先を魔王に突きつけ、勇者は(ようやく本題を)言った。

 勇者がここに来るのは、いつだって魔王のふざけた行いを止めるためだ。


 ある時は、子供たちを魔法の笛で呼び集め、自分の思想で洗脳しようとしていた。内容は勇者と魔王は愛し合っているということだった。魔王は事実だと憤った。


 またある時は、街全体に悪魔を憑りつかせ、ちょっとした隙間からも霊が飛び出る超特大お化け屋敷(街?)にしようとしていた。魔王は勇者が怖がったところを颯爽と助けたかっただけだなどと言い訳を言っていた。


 またまたある時は、勇者を四六時中休みなしで監視し、その弱点・趣味嗜好などを割り出そうとしていた。魔王はこれを愛ゆえにと釈明していた。ちなみに問題発覚後、最速で解決した。


 またまたまたある時は、勇者の家にラブレターを暖炉から洪水のように届けてきた。魔王は後にふくろうを使った文通というファンタジーな方法をとるべきだったと後悔した。


 そして今回、魔王は使い魔である二羽の烏を用いて、街中に勇者の精巧な像をいくつも作り始めたのだ。完成度が無駄に高く、『ぶっ殺す!!』と時折しゃべり、手に持つ聖剣は発光する。


 自己顕示欲が高いわけではない勇者にしてみればたまったものじゃない。

 一つ一つ壊していき、作り手である烏も処分する。しかし、どこからともなく新たな烏が現れ、また作り始めるのだ。正直に言って堂々巡りだ。

 子供たちが木の枝をもって嬉しそうに「ぶっころー」と叫ぶ声を聴いて、勇者は激怒した。必ず、かの邪悪なるストーカー魔王をぶっ殺すと決意した。


 勇者はああまたかという視線を向ける住人の目から逃げるように、魔王城へと突撃したのだった。


「何をそんなに嫌がっている? この魔王を何度も殺した勇者には相応しい褒美だと思うが? もしや夫婦像が一つもないことを不満に思っていたのか? 愛い奴め」

「ぶっ殺す」


 にやにやと笑う魔王に勇者は殺意を高めた。

 よし殺そうすぐ殺す今ここで死ね、と勇者がとびかかろうとしたその時、魔王は恐ろしいことを言った。


「そもそも作成を始めてすぐにここに来たということは、見ていないのだろう? 完成品を」

「―――」


 絶句。

 あれでまだ完成ではないのか、と勇者はあまりの衝撃に凍り付いた。それにつられて聖剣の光も弱まった。

 目を見開き、しばし固まった勇者だが、やがてわなわなと身を震わせた。そして独り言のように、まるで思わず漏れてしまったかのような囁くような小さな声で言った。


「嘘、よね?」

「なぜ?」


 その小さな声を聞き取った魔王が首を少し傾げる。その様子に堪えきれなくなった勇者は叫ぶ。その縋るような声には不安や恐怖の感情が入り混じっていた。


「か、完成品なら見た! 光る聖剣に喋る私そっくりな像。そうでしょう!? これで完成なんでしょう!!!?」

「いや、まだだ」

「っっっ!!!?」

「その再現度ではオレが納得しない。わが愛を、わが想いを、そしてお前の美貌を完全に伝えることは不可能でも、オレは全力を尽くしたぞ!!」


 パチン、と魔王が大袈裟に指を鳴らすと、勇者と魔王の間に直径3メートルほどの水で出来た薄い膜が作り出された。するとそれをスクリーンにして、どこか別の場所が映し出される。


 見間違いようがない。彼女が暮らす街のシンボルの一つ、噴水広場だ。

 さらにそこには現在見慣れない像が置かれている。件の勇者像だ。


 しかし、彼女の覚えているデザインとは明らかに変わっていた。彼女が見た時は、どこかの石を切り取ったかのような真っ白な像だったはずだ。けれどもそこにある像は、


勇者本人と間違えそうなくらい色から質感全てそっくりだった。隣に勇者本人が立っても、間違える人間もいるだろうと思える完成度だ。


「お前のその蜂蜜色の髪の照りや質感を出すのに妥協はしなかったつもりだ。白磁のように滑らかな肌、ラピスラズリが如き美しき瞳やそこに宿る強い意志を表現するのにはさすがの俺も骨が折れたぞ。最高品質の素材集めに、像を効率よく作るための術式作り。ああ、実に充実した日々だった」

「……」


 恍惚とした表情で語る魔王の声は、勇者にはひどく遠くから聞こえる気がした。

 勇者はうつろな目で水の膜を見つめる。膜に映し出された光景では、像の周辺を街の住人が興味深げに集まっている。職人たちは感心した様子まで見せている。

 これだけでも勇者には耐えられないというのに、この像は街の至る所に作られている。つまり、完成版勇者像を取り囲むこの光景はここだけのものではない。


 勇者は、その事実を、ゆっくりと認識するとぷるぷると震えだし、


「うん? どうしたのだ勇者よ、わが愛に感極まったのか? だとしたらオレも嬉しい。既に完成品はお前のご両親にも送り届けているからあとでじっくりと―――」

「ああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!」


 魔王はこの日、また死んだ。







 魔王が一度死んだことで、『勇者の美しさは世界一』計画は凍結した。


 勇者は顔を真っ赤にし、涙目で魔王城を駆け抜け街に帰っていった。きっとこれから街に残った像を破壊して回るのだろうとその様子を見ていた秘書は推測した。


 秘書もまた、魔王が座していた玉座の間の前の扉の番人として勇者に立ちふさがり、瞬殺されていた。しかし、魔王の加護により生き返っていた。この加護がなければ死んでいたのか、この加護があるから遠慮なく殺されるのか、秘書の中での最近の悩みである。


 勇者を見送った後、玉座の間に入ると、おびだたしい血痕の上で、既に魔王はむくりと体を起こしている所だった。中々にホラーな光景だが、慣れてしまった秘書は天井の修理から城中の補修や掃除についてを考えながら魔王に話しかける。


「勇者はお帰りになられました」

「そうか……今回も派手にやられたものだ。さすがは勇者。それでこそオレの妻に相応しい。それにオレを一刻も早く殺そうと焦っている顔やあの像が色んな者に見られていることを悟った時の顔なんてとても可憐で素晴らしかった」


 魔王は殺されたにも関わらず、相も変わらず懲りていなかった。勇者のことを考えて気持ち悪いくらいにやにやしていた。

 魔王が落ち着くのを待ち、服の埃をはたきながら立ち上がるのを眺めながらも、秘書は思わずため息をついた。


「いつまで続けるのですか?」

「最後まで」


 魔王の即答に、秘書はこめかみを押さえる。思わず同性として勇者に同情してしまう。

 魔王は少し笑いながらも続けた。今度は少し、真面目な顔で。


「この魔王相手に連戦連勝をする勇者の強さはそもそも異次元だ。そんな彼女が力を思う存分振るえる場所、存在なぞこの魔王城に住まうオレだけだ。ならば少しくらいガス抜きをしても構わないだろう? 己の力を抑えて暮らす、窮屈な日々を過ごしているのだからな」

「……なるほど」


 それはもしかすると、かつて魔王自身が感じたことなのかもしれない。

 秘書は昔の魔王を思い出す。無機質な目で、退屈そうに玉座に座る王の姿を。ただ淡々と力を振るい、敵味方双方から畏怖された存在を。

 

(今の魔王からは想像もできませんね)


 秘書は思わず感慨にふける。しかしそんな秘書に気づかない魔王は、勇者が暮らす街の方角を眺める。その方角を見ても城の壁しか見えないはずだが、魔王には透視する力があった。

 魔王の目には、髪を風でなびかせながらも疾走する勇者の姿が見えていた。


「ああ、それにしても美しい……お前の前ではどんな宝石も霞んで見えるよ」


 白い肌を仄かに赤らめる魔王を前に、秘書は疲れた様子で天を仰いだ。本当にお変わりになってしまった。


「太陽だってお前の笑顔の前には嫉妬する他ないだろう……うん? そういえば笑顔を向けられたことはないな。よし、次の目標は決まったな! フハハハハハハハハハ!!」





 魔王の戦いも、勇者の受難もこれからだ!!

魔王

 勇者への溢れんばかりの愛のあまり、勇者ガチ勢になった残念主人公。統治していた国は親戚に譲り、魔王城ごと勇者のいる街の近くまで引っ越してきた。やってることは、端的に言うと好きな子にいたずらする男子。数々の作戦を決行するが、勇者に殺されたらその作戦は律義に凍結する。でも諦めない。作戦外では割とまともに勇者と接することもある。


勇者

 魔王からのストーカー被害に合うヒロイン。やってることは暴力系ヒロインだけどしょうがないと思う。魔王とのやり取りがストレス解消になっている自覚はある。根の性格がいいので、素直な好意には本来弱い。何だかんだでほだされているので、真面目な魔王にたまにでれることも?


秘書

 魔法少女服を着させられた過去を持つ不憫な子。よく街で魔王についての愚痴を言っているのを見かける。勇者ともそれなりに交流がある。


ガチムチ魔法少女の悪魔

 砂糖とスパイスと素敵な筋肉によって作られた悪魔。勇者の聖剣の一撃を耐えるくらいには強い。

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