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通りの神秘と憂鬱三

 笹竹商店街は笹竹団地のちょうど中央付近にある。

賑わいをみせ生活のアレコレを揃えることができたのはもう三十年も前の話だという。

 そんな笹竹商店街のメイン広場には時間を示す大きくはない大時計台がロータリーの中心に据えられるように立っていた。

 人のいない商店街、誰も集まらない広場、役目を終えた場所にまた命を吹き込むというのは乙じゃないかしらと感じる。


 高い日差しが人のいない商店の影を広場に映す。

 静かな広場、影、動かない建物、動かない針……時が止まっているような錯覚……。

 ここがリリイの心の風景。


「あら、良いコンディションね。なんかノスタルジー感じちゃうわ」


 美浦みほがそう言いながら、広場を歩く。流石に女優だ。すこぶる画になる。彼女は自分に世界を引っ張り込む力があるのかもしれない。


「おい、音の準備できたぞ!スピーカー二本しかねえからクオリティには期待すんなよ」


 仁雄よしおが汗を拭きながら、作業報告をくれる。


「ありがと、まあ今回は観客に向けて音を出すわけじゃないからいいんだ、彼女……リリイちゃんが騙されればね」

「なんか上手いこと言うよなぁ山ちゃんは。観客騙したり、役者を騙したり、結局山ちゃん自身が見たいものを見てるだけなのにさ」

「それは皆んな百も承知だろ、それに気付きながらも目の前を愉しめばいいんだ」


 仁雄はニカッと笑いまた意味不明なステップを踏んだ。


「で、選曲はどうすんだ?お前のことだろうからロックやポップスじゃないだろうけどよ」

「ははは、別に嫌いなわけじゃないよロックもポップスも、でも今回はこれかな…」


 僕は一枚のCDを仁雄に渡した。


「この曲を取り込んでおいてよ」

「はいよ、シューマンの『トロイメライ』ね。やっぱりクラシックか、眠くなっちゃうんだよなクラシックは」

「でも最高にイカした画になるよ」


 僕には自信がある。


「写真じゃ音まで撮れないっちゅうのに」

「ふふ、でもわかるだろ音楽を聴いている人間は一つ心が上がっている」

「もちろんわかるってるさ、大体ダンスだって無音よりは断然ビート入ってる方が乗れるってもんだしな」


 仁雄は再びステップを刻んだ。


「二人とも何ニヤニヤしてんのよ、怪しいったらありゃしないわよ」


 美浦が散歩から戻り侮蔑の言葉を投げつける。


「ちゃんとリリイちゃんをエスコートしなさいよね、当たり前だけど不安がっているんだから」


 至極真っ当な言葉を受け、僕は早速仕事に取り掛かかることにした。

 不安がっているとはいえ、結局はリリイちゃん次第。それでも僕は今回のステージにあげるだけの演出はできるはず。



「あら、これが今回の曲?」

「クラシック、シューマンのトロイメライだとさ」

「いいじゃないシューマン。私も好きよ。トロイメライは夢や夢想という意味で、しかも『子供の情景』ていう作品の中の一つなの」

「お前詳しいな」

「ふふ、リアルタイムで調べたのよ、ほら」

「便利な世の中だ。でもまあダンスむきじゃないな」

「わからないわよ、神秘的なコンテポラリーなら似合うんじゃないかしら」

「じゃ俺向きじゃないな」

「それはいえてる」



 リリイは緊張した面持ちで広場を見つめていた。会った時と違うのは制服ではなく、今は白いワンピースのような格好。

美浦が持っている私服、衣装から見繕ったものだそうだ。せっかくなんだからといつもと違うメイクも施していた。


 陽の光が映える白のワンピース、そこから伸びる細く白い手脚、ここが草原ならば百合に例えるだろう。が、今日は時の止まった商店街。さながらそれは過去を思い出す白昼夢の白い影だろう。

 しかし女優というのは人の心にすんなり触れるのが得意なのだろうか、第三者が見たらリリイを女優と間違えるだろう。この場合は間違えでもないのだろうが。そう仕立て上げたのはやはり美浦のなせる技だろう。


「緊張してるね」


 後ろから声を掛けられ、驚き振り返るリリイ。


「はい、写真撮るだけなのに、なんか色々準備されてて……緊張します」

「うん、写真を撮るだけだ。でもそこまでの過程が大事だからね。大袈裟な気もするだろうけど、今日一日女優になったつもりで愉しんでみてよ」

「はい、服もかわいいし、メイクもしてもらいましたし……それに美浦さんに女優の心得も教えてもらいましたから」


 キラキラとした表情を見せるリリイ、少しは緊張も和らいでいるのだろう。


「美浦がどんな心得教えてくれたんだ」

「自然体でいればいい、かわいいんだから変に気取らないでパシャっと撮ってもらいなって」

「全くその通りだね、それが一番難しいけどね」

「わたしもそう思います……あの……」


 何かを言い淀むリリイ。


「どうしたの?」

「この前の喫茶店の話は本当なんですか?」


 そうだ、それが一番気にしていることだろう。僕の、僕らの荒唐無稽な怪綺談。そしてそれが今から自分の身にも起こるのだから。そういう話を喫茶店でしたのだから。


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