通りの神秘と憂鬱一
太陽の高い、空が広い日だった。僕たちはある商店街にいた。正しくは元商店街か。
「ここで良かったんですか?」
彼女、リリイちゃんが不安な目でそう尋ねた。
「うん、ばっちりイメージに合うよ」
そう言って僕は広場の、何か時間をモチーフにしてあるだろう歯車の付いた低い塔、その前に荷物を置いた。
「っかし暑ちぃな、こんな日は室内ですませりゃ良かったんじゃねえのか?冷房のガンガン効いた部屋でよ」
仁雄が全身で暑いを表現しながらぼやいている。
「リリイちゃんこいつがこの前話した手伝ってくるれ池田ね、池田仁雄」
彼女にはこの仁雄は少し強烈な気もするが仕方ない。
「はい、池田さん。よろしくお願いします」
シャッキリと挨拶をする。
「仁雄、彼女がリリイちゃん。十六歳まだ未成年だ気を使えよ」
仁雄が彼女をジッと見つめる。
「そうね、今度は女子高生ね、本当節操がないんだから山ちゃんは」
「勘違いさせるようなこと言うな、だいたい節操なさそうなのはお前の方だろ」
池田仁雄はモヒカンだ。金に染まった馬のたてがみのような。耳には穴が空いている。もちろん何かキラキラしたものがぶら下がっている。元々ダンサーである池田はガタイも良くお世辞にも堅気には見えない。
「ジョブジョブ、礼儀と作法はしっかり親に躾けられてるんでね」
ヘラヘラとステップを刻んでいる仁雄を眺めていると、突然声を掛けられた。
「あんたら二人ともだよ!側から見てたらおっさんが女子高生を囲んでるようにしかか見えないんだから、そんなのすぐ通報される案件よ」
すらっとしたOL風の女がコンビニのビニール袋を片手にこっちに向かってくる。知った顔である。
「おお美浦も来てくれたんだ、助かるよ」
彼女は渡邊美浦ロングヘアーの目の大きな美人女優。どうやらクォーターらしく、どことなく大陸系のはっとした華のある女性だ。
「一時間で終わったわ、ま、撮影だけだったしね」
美浦は次の舞台に使う撮影の帰りというわけだ。
「あなたがリリイちゃんね、よろしく。私は美浦、渡邊美浦よ」
「あっ、はいリリイです。よろしくお願いします」
美浦が手を差し出し握手を求める、リリイちゃんもドギマギしながら手を握っていた。
「カシャッ」
気づいたらシャッターを押していた。
「あんたねー、断りもなく撮るんじゃないよ、失礼っていうもんよ」
美浦が呆れた顔で言う。
「いや、なかなか綺麗なかわいい、かなり良いショットだと思うんだ、やっぱ被写体が良いのかな」
渾身のとぼけ。
「変なお世辞言ってんじゃないよ、でもまあよく見なくてもリリイちゃん…かわいいわね、髪も綺麗でお人形さんみたい。モテるでしょ?」
「いえ、そんな普通です……お姉さん、美浦さんの方が綺麗だし大人っぽいし」
「そりゃ一応は女優やってるからね、表面だけでも綺麗じゃないとね」
お世辞のお世辞返しにクスクスと笑う二人。
「それで、もう段取りは付いてるの? それに来るのはこれだけ?」
美浦が辺りを見渡す。
「うん、あんまりわちゃわちゃいてもしょうがないし、予定もなかなか合わないしね」
「それもそうね、あっこれどうぞ」
さっき買って来たのだろう、飲み物を皆に配る。
「ありがと、段取りとしては概要はこの前リリイちゃんには話してあるから、次はロケーションハンティングかな。その後に撮影。最後はなりで」
「そのなりが危ねぇんだよな、山ちゃんは。今回は人がいるから良いけどさ、また『ヴィールス』に振り回されるんじゃないの」
仁雄がコーラを煽りながら呟く。
「不安にさせるようなこと言うなよ、やれることなんて限られてるんだしさ」
そう、僕らにできることなんて限られているんだ。結局は虚構の世界を作ることしか出来ない。でもそれがきっと真実に一番近い。