策略にハメられた
アキの大胆なプロポーズから数日が過ぎた。
今日は人間の国──トロフたちが元いた“コーマ王国”からの使者がやってくる日だ。
「あれ? なんか今日はやけに城の中に人がいませんね……」
パジャマから、姫騎士モードの白銀鎧にキリリと着替え、部屋の外に出たアロンソは辺りを見回していた。
普段なら駐在している銀杭旅団のメンバーなどがせわしなく働いていたりするのだが、今日はその姿が見えなかったのだ。
「そうだな」
アロンソの横を歩く黒騎士姿のトロフも、そこまで人員が割かれる予定はないと記憶していた。
あるのは細々とした炊き出しくらいだ。
「うーん、コーマ王国の王子様がくるのに私達しかいないって……大丈夫でしょうか?」
「俺たち銀杭旅団は正規軍でもないし、ただの寄せ集め冒険者部隊だ。
元々、規律を重視する組織でもない。
よっぽどの無能王子でもなければ、それなりの思慮があるだろう」
「で、ですよね……。
うん、私たちはキオ国を救った英雄!
堂々と胸を張っていれば、お褒めの言葉とか、褒美とかもらえるはずですよね!」
* * * * * * * *
「なんだぁー!? このキオ国というド田舎は!?
コーマ王国の嫡男であるこのボク──モグルの出迎えが、小汚い田舎騎士二人だけかぁ!?
まったく、モンスターなんぞに支配されていた蛮族どもは、これだから……!」
一階の広間で怒鳴っているのは、豚のような中年の王子。
コーマ王国、第一王子モグルであった。
「あの、トロフさん……予想に反して性格がアレなだけじゃなく、顔も豚みたいにひどいですよ」
「アロンソ、豚に失礼だぞ。豚というのは可愛いし綺麗好きな動物だ」
「トロフさんから可愛いという言葉が出るとは思いませんでしたよ……」
この状況を説明すると──。
城に押しかけてきた大量の王国軍の兵士と、それを指揮するモグル王子。
トロフとアロンソの二人は、城の中に誰もいなかったので、しかたなく対応をしようとしたところだったのだ。
そして挨拶をする前に、先ほどのモグル王子の暴言である。
「おぉい! そこぉ! なにをコソコソやっているんだ!
嫡男であるボクの前だぞ!」
「ハイ、モウシワケゴザイマセン~」
死んだ目で返事をするアロンソ。
国一つを救い、べた褒めされるとか、ご褒美をもらえるとか思っていた分の反動が大きい。
「あ、モグル王子殿下。あの白銀の鎧の方は、竜の姫騎士アロンソ様です!
自分は本国で一度見たことがあります!」
「なんだと……?」
兵士の一人から、アロンソの名前を教えられたモグル。
態度は一転、値踏みするような方向性へと変わった。
「コレが噂の竜の姫騎士か……。
なるほど、たしかに言われて見れば美しい顔をしている。
横の黒い護衛も、まぁ我が兵士には負けるが、それなりなんじゃないか?
場をわきまえず、ボロボロの小汚いパイルバンカーを装備しているので不快だがな」
「……モグル王子殿下。私め──アロンソに発言をお許し下さるのなら、ひとつ申し上げたい事が御座います」
「ん、許す。ボクは美しい女性に対して、とても寛大だ」
「この黒騎士は護衛ではなく、私の腹心です。彼がいなかったら、銀杭旅団は──」
「つまらぬ話だ。ボクはアロンソの事が聞きたい。その横のやつはどうでもいい」
アロンソは、トロフを侮辱されたような気がして苛立ったが、相手は一国の王子だ。
分をわきまえるしかない。
それが場の空気なのだ。
「さぁ、それでは話を進めようではないか。
アロンソ、お前はボクの物となった」
「……は?」
「銀杭旅団と一緒にな。どうだ、ボクの物になれて嬉しいだろう?」
アロンソは黙ってしまった。
物扱いされて不快なのも理由だが、全体的に意味がわからない。
なぜ銀杭旅団とアロンソが、モグル王子の物なのか。
「ああ、いきなりで驚いてしまったかい?
うんうん、いくら嬉しくても心の整理が必要だ。順を追って話そう」
「きょ、恐縮です……」
下手な発言は、コーマ王国への反逆──。
つまり死罪にも匹敵する。
過去、バイロンに負けたモロイ・マンフレッドの一軍も、責任を全てかぶせられて処罰させられた。
アロンソも一歩間違うと、銀杭旅団ごと同じ道を辿ることになる。
死罪を免れたとしても……二度とコーマ王国でまともな暮らしができなくなるだろう。
「まず、アロンソはバイロンという汚らわしいモンスターを倒したじゃないか?
うん、よくやった。褒めて使わすよ。さすがコーマ王国の住人だ」
「……光栄です」
「で、だ。
民草の手柄は、当然ボクの物なんだけど、どうやら世間じゃそうでもないらしい。
そこでわかりやすくするために、お前をボクのオンナにしてやろうと思ってね」
「……そ、そうなのですか」
「いやー、どんなゴリラ女かと思ってたけどさぁ、まだ14歳だっけ?
まぁ、歳は倍くらい離れてるけど、顔はいいから気にしないよ。
大切にしてあげよう。女性の扱いには慣れているんだ」
「えーっと、その……やはり若輩者の私はまだ、モグル王子殿下のような偉大な方とは釣り合わないと思うのですが……」
そこでモグル王子は、粘着質な笑みをニチャッと浮かべた。
「ああ、そうそう。関係ないけど、コーマ王国内にあった銀杭旅団の倉庫は人員ごと押さえさせてもらったよ。
価値のあるドラゴン素材も、ボクなら使いこなせるからね。
それと……すでに王国軍が都シジュを包囲している──ボクの機嫌を損ねれば、どうなるかわかるね?」
アロンソに拒否権はなかった。
それは断れば、銀杭旅団全員が処罰されるということを暗に言っているのだ。
「……わかり……ます……」
今回ばかりはどうしようもない。
ここでモグル王子を倒しても、結局は人間の世界で生活することはできないだろう。
それに銀杭旅団の──いや、トロフも巻き込んでしまう。
アロンソは、その少女の身体と功績を捧げるしかないのだ。
「それじゃ、ボクと婚約成立ね。
ああ、そうそう。そこの木偶の坊、黒騎士って言ったかな?
お前が偶然にもラッキーヒットでバイロンにトドメを刺したのなら、それもボクがやったことにしよう」
「偶然? バイロンほどの真祖吸血鬼を……?」
トロフは小さく呟き、ゆっくりとモグル王子の方へと近づく。
「その小汚い鎧を脱いで、ボクとアロンソの前から消えてくれないか?
そうだな、報酬は金貨十枚と、どう見ても使う事のできない産廃パイルバンカーを買い換えてやろう。
どうだ? 光栄の至りで号泣か? それとも嬉しすぎてゲロでも吐いてしまうか? アッハッハ──」
「──了解! 婚約破棄のパイルバンカァァァアアアア!!」
トロフのパイルバンカー──のフレーム部分の角が、モグル王子のこめかみに直撃した。
その衝撃はモグル王子の身体を天井まで跳ね上げ、グルグルと回転させながら、地べたに叩き付けた。
床が涙とゲロで汚れてしまった。
「う、うわあああああ!? モグル王子がああああ!?」
混乱する兵士たち。
いきなり一国の第一王子を殴る、空気の読めない存在がいるなんて想定していなかったためだ。
「く、黒騎士さん!? 空気を──……いえ、ありがとうございます。私のために」
「気にするな。俺のパイルバンカーが勝手に動いただけだ」
「ふふ、よっぽどお気に入りなんですね、それ。
あ、でも、別のパイルバンカーは買わないんですか?」
「いくつか武器屋で試したが、どうもしっくりこなくてな。カウンターに誤差が出て使えない」
和みの空気を作り出すアロンソとトロフ。
そんな中、汚物のような口臭を吐き出しながらモグル王子が立ち上がった。
「お、お前ら! このモグルに対して無礼を働くとは!?」
「おぉ、この豚王子、脂肪のせいか耐久力が高いですね」
「ぐっ!? 貴様アロンソ! 大切に扱ってやろうと思っていたが──」
そこでトロフは、アロンソの背後にまわって耳を塞いだ。
これからする、あまりに汚い実績暴露への配慮である。
「モグル、お前は複数の女性と関係を持っているな?」
「そ、それくらいは王族として当たり前のことだろう!?」
「年端のいかない少女から、夫のいる妻まで、婚約すると騙して側室にしていた」
「なっ!? なんのことだ!?」
「飽きるまで犯して、妊娠したら子供ごと殺す。お前のようなゲスはなかなかお目にかかれない。腐ったジャガイモの方がまだマシだ」
「うぐぐ……ママに言いつけてやるぞ!」
「そのママとも性的な関係を持っているな。近親相姦、強盗、殺人、誘拐、強姦、略奪、横領、偽証、情報漏洩──」
トロフの言葉に兵士達が動揺し始めた。
かねてから普段の素行や、悪い噂があったものの、それを指摘されて酷く動揺するモグル王子を見てしまったからだ。
「し、知らん! 知らんぞ!! ボクは!」
「モグル、お前はアロンソと、未来に生まれるであろう子供を死に至らしめる」
トロフは、まだアロンソの耳を塞いでいたことを思い出した。
そっと手を外してやると、何も聞こえていなかったアロンソが不思議そうな顔で見つめてきていた。
次の瞬間──アロンソの耳に入ってきた言葉は──。
「お前にアロンソは渡さない。アロンソの子供も俺が守る」
トロフの真剣な表情を見ていたアロンソは、顔をボッと真っ赤にした。
瞬間湯沸かし器もビックリの速度だ。
「と、ととととととトロフさん……、な、ななななにを言ってるんですか。
わ、私を守って、子供も一緒にって……あわわわわわ」
トロフの大胆な婚約破棄パイルからの略奪愛、そして一緒に子供を作って守るという宣言に聞こえていた。
アロンソはまともに未来の夫の顔を見られず、うつむいてしまった。
「そ、そりゃ~……私も女の子なのでまんざらではないですし、トロフさんがこの一件で人間の世界に住めなくなったとしても、二人で駆け落ちくらいはしてあげますけど~……、ちょっと急すぎるので心の準備が必要というか~……」
「二人? アロンソ、なにを言っているんだ?」
次の瞬間、アロンソの『え?』という疑問の声が、ドンッという爆音と爆風によって掻き消された。
城の入り口が何者かによって吹き飛ばされたのだ。
「アロンソ、なにかおかしいと思わなかったか? 今日の朝から見なかった銀杭旅団のメンバーたち、それと──ずっと不在だった軍師ワゾウ」
「──さっすがトロフぅ。
あのワゾウが、敢えて教えなくていいって言ってたわけよねぇ。
ここを囮に、他の銀杭旅団メンバーはすでに退避を開始してるわぁ」
「ラハヴさん!?」
爆風の土煙の中、小さく黒い影──ラハヴが二人の手を引っ張っていた。
行き先は、城の外。
「ウォーリーちゃんが撹乱してくれてるから、今のうちに外の馬車に急ぐわよぉ」
「も、もしかして、気付いてなかったのは私だけですか!?
だ、だとしたら、トロフさんが私の婚約破棄のためにパイルしたのとかは──」
「なにを言っているんだアロンソ?
俺がパイルバンカーで殴ったのは、バイロンを侮られたパイルバンカーが勝手に動いたためだ」
「今から世界を捨てて二人で駆け落ち、どこか辺境の小さな教会で慎ましやかに結婚式を挙げて、子沢山の幸せな家庭を築こうとか言ったのは……?」
「いやそれは本当に言っていない」
世にも珍しいトロフのツッコミだった。
新連載始めました。
『伝説の竜装騎士は田舎で普通に暮らしたい ~SSSランク依頼の下請け辞めます!~』
国を救うことに疲れてしまった竜装騎士が、相棒の竜と共に田舎に移り住むスローライフ(?)なお話です。
主人公のキャラ的にはアロンソを男性化させて、ポンコツ要素を抜いて、未来の強い状態にした感じかもです。
もしよければ、下記のリンクからでも読んで頂けると嬉しいです。





