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黒騎士さん、空気を読んでください! ~強制引退させられたパイルバンカーおっさん、吸血鬼♀の実績を読んだらSランク裏リーダーとして頼られすぎた~  作者: タック
第八章 魔の森に眠る試作武器

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存在がパイルバンカー

 キオの国の支配者──真祖吸血鬼バイロンは倒された。

 抑圧されていた人々は解放され、都シジュにも平和が訪れた……かのように見えたが、それは違った。

 まだ人間の王も決まっていないので、実質的な無政府状態へと突入したのだ。


 そしてここにも、それに巻き込まれる者がいた。


「ま、まってくれよ! 俺だって仕事で門番をやってたんだ……!

 別に好きで人間たちをどうこうしてたわけじゃねぇし、実際に殺したこともねーよ!?」


「うるせぇ! グール野郎! てめぇの言葉が正しいはずねーだろう!」


 都シジュの大通り。

 一人のグール兵士が、人間の集団に囲まれていた。

 グール兵士は、住んでいたバイロン城兵舎が銀杭旅団に占領されたので、私物を持って引っ越し先を探している最中だった。


「オラッ!」


「いでぇ!?」


 力一杯に殴られるグール兵士。

 人間と違って多少は打たれ強いが、痛いものは痛い。


「く、くそ! やりやがったな! 先に手を出したのはお前ら人間だ、俺からも殴り返して──」


「おぉっと? いいのかな?

 てめぇらのご主人様であるバイロンは、我らが英雄、姫騎士アロンソと、その腹心の黒騎士にぶっ殺されちまったぜ?

 てめぇも人間に逆らえば、銀杭旅団に言いつけて同じようにぶっ殺されるってわけだ」


「うぐぐ……」


 グール兵士を囲んでいる人間たちはニタニタとしながら、再び殴る蹴るの暴行をしだした。


「オラッ! オラァッ! いやぁ、ほんと銀杭旅団様々だぜ?

 姫騎士がバイロンの一撃を防ぎ、その片腕を見えないスピードで一刀両断。

 腹心の黒騎士にトドメをゆずって、二人揃って前例のないSSランクって話だ」


 アロンソがバイロンの一撃を防いだのは本当だが、その片腕はバイロンが自ら引き千切ったものである。

 見物人からは丁度見えない角度だったので、アロンソがやったよう勝手に吹聴されたのだ。


 黒騎士がバイロンを倒したその後、Sランク真祖吸血鬼をたった二人で倒したということで、想定されていなかったSSランクが授けられることになったのだが、前代未聞すぎて手続きが遅れているのだ。


「へへ……。だが、人間様はグールと違って慈悲深い……。

 出すもんを出しゃ、命だけは助けてやるよ?」


「も、もう金はねーよ! お前たちと同じような人間にむしり取られたあとだ!」


「あぁん? なんか大事そうに抱えてるカゴがあるじゃねーか? それを寄越せ!」


「や、やめろ! それだけは──」


 人間の一人が、グール兵士が持っていたカゴをひったくった。

 中身を覗いてみると、そこには一匹の小動物。


「んだこれ? ネズミか?」


「……ペットのハムスターだ。そんなもん金にならねぇ、もういいだろう……」


 人間の一人は何かを思いついて、カゴを地面に置いた。

 そして、それに靴のカカトを乗せる。


「ダァ~メェ~だねぇ! グール野郎のもんは、なにをしたって構わないだろぅ!」


 足に力を入れ、体重をかけていく。

 ミシミシと歪んでいくカゴ。

 中のハムスターは何が起きてるのか理解できず、その場で縮こまっている。


「や、やめてくれ! 俺の唯一の友達なんだ!」


「ゲハハ! んな大事なもんなら、金目の物を出せよ、まだ隠してるんだろう?」


「もう干物しかねぇ!」


「……ふざけやがって、ハムスターを踏みつぶしてやる」


 ついにカゴは耐えられなくなったのか、悲鳴のような音をたててひしゃげ、折れていく。


「お、俺はどうなってもいい! だから、そのハムスターだけはやめてくれぇ!!」


 グール兵士は羽交い締めにされながらも、ジタバタと必死にもがいていた。

 その手は虚しくも、踏みつぶされそうになっているハムスターには届かない。


「知るか! 人間様に逆らえないってことを教えてやるぜ!」


「──了解! 梶木のパイルバンカァァァァアアアア!!」


 突如、黒い何かが現れて、ハムスターを踏みつぶそうとしていた人間を吹き飛ばした。


「ウギャアアアッ!?」


「な、何者だテメェ!? 黒い鎧なんか着て──。く、黒い鎧……まさか!?」


「あなたは無冠銀杭のSSランク……黒騎士様!?」


 現れたのは黒騎士姿のトロフだった。

 いつものように無言の威圧感を放ち、拘束されているグール兵士の元に近づいた。


「ひ、ひぃっ!? ほ、本当に俺をグールだからって理由だけで殺しにきたのか!? バイロンと同じように!?」


「離してやれ」


「え?」


 トロフの要求に、人間もグールも耳を疑った。

 この国を真祖吸血鬼から救った張本人が、その手下であるグールを離せといっているのだ。


「で、でもこいつはグールですよ?」


「俺の知り合いにも似たような種族のラハヴ(やつ)がいる」


「そ、それにしたって、このグールはバイロンの元で好き勝手に人間を殺していて……」


 トロフはすでに“魂の実績(ソウル・トロフィー)”を使っていた。


「その干物好きのグールは、まだ一回も人を殺してはいない」


「なんでそれを……。

 確かに俺は殺すのも殺されるのも怖くて、戦いになると隠れていた……」


「なっ!? そ、そんなものがわかるはずねぇ!?

 だ、だいたい、被害者の人間であるこっちからしたら、グールなんて連帯責任でどれも一緒だ! 奪われたんなら、奪っても構わねぇだろう!?」


 周囲の空気は、グールに味方をしなかった。

 野次馬達も、グールが殺されるところを見たかった。


「そうだ! グールに味方をするなんてありえない!」


「きっと偽物の黒騎士だ!」


「そいつも敵だ!」


 トロフは無言で立ち尽くしていた。

 アロンソならともかく、人心掌握というのはトロフにとっては苦手な分野なのだ。

 この状態では正論すらも掻き消される。

 集団心理という空気。

 それを打破するには、さらなる空気を生み出す存在が必要だ──。


「おや、騒がしいな。どうしたんだい?」


 そこに一人の少女が現れた。

 きらびやかな白銀の鎧を身に纏い、子竜を従える──。


「キャー! 竜の姫騎士アロンソ様よー!」


「うおー!? 本物だー!?」


 アロンソが登場した瞬間、男女問わず黄色い歓声が飛び交った。

 普段は残念すぎるアロンソだが、外面だけを知っている民衆にとっては英雄なのだ。


「ふむ、我が腹心である黒騎士が迷惑をかけたようだな。謝罪しようではないか」


 アロンソはスッと膝を折り曲げ、腕を胸の前にやり、流麗な一礼をした。

 王宮でしかみないような優雅な作法。

 人々は息をのんだ。


 ピンとした姿勢に戻すときにふと見える上目遣いに、卒倒しそうになる女性たち。

 一瞬にして、その場がアロンソという、空気を作り出す存在に()まれた。


「さて、なにがあったのか説明してくれるかな?」


「そ、それがその……。人間の敵であるグールがいたので、ちょっと……」


「こいつら──人間たちが急に俺を囲んで、殴ってきたんだ!

 そして金を出せって!」


「チッ、グールが余計なことを」


 それだけでアロンソは空気を読んで、事情を察した。

 チラッとトロフの方を見るも、問題はなさそうと判断。

 空気の入れ替えを実行に移す。


「聞いていれば、勇猛果敢で名高いシジュの民が情けない!

 我が銀杭旅団の──人類の敵は種族にあらず!

 すでに戦いは終わらせたのだ!」


「で、でも……奪われたこっちが、逆にちょっと奪うくらい……」


 トロフは首を横に振った。


「実績からして、お前たちは裕福な元上級国民でなにも奪われていなかったはずだ。

 しかも、ここ数日で10件ほどの強盗を繰り返しているな」


 トロフは実績ですべて把握していたのだ。

 グールを集団で襲ったのは金品目的。

 元より正当性は薄かった。


「ヒィッ!? なんでそれを……!? こいつ本当に人間かァッ!?」


「に、逃げろ!? 逃げさえすれば──」


「了解! 峰打ちのパイルバンカァァァアアアア!!」


 逃走しようとしていた集団は、重そうな外見とは違って俊敏なトロフに、次々と気絶させられたのであった。


「ふっ、金銭や感情のみで殺せば、それはモンスターと一緒だ……」


 最後にアロンソが、黒騎士に背を預けてのキメゼリフ。

 黒と白──二者のマントが合わさり、風になびいて、非常に絵になっていた。

 アロンソは喋っていただけで何もしていないが。


「あ、あの……。助かりました。ありがとうございます黒騎士様……」


 無事だったハムスターカゴを抱えながら、元グール兵士がお礼にやってきた。


「気にするな。俺はバイロンにも、グールにも恨みを持ってはいない」


「り、立派だ……。格好良すぎる……。あ、干物食いますか?」


「いや、いらない。それよりなぜ干物だ?」


「俺が干物好きってのと……。

 あと、その腕にくっついてるカジキマグロで、海産物が好きなのかなって……」


 トロフは左腕に装着されている冷凍カジキマグロを眺めて、やっぱりパイルバンカーの代わりにはならないなと思った。

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【書籍情報】
j0jdiq0hi0dkci8b0ekeecm4sga_101e_xc_1df_
『伝説の竜装騎士は田舎で普通に暮らしたい ~SSSランク依頼の下請け辞めます!~』カドカワBOOKS様書籍紹介ページ
エルムたちの海でのバカンスや、可愛いひなワイバーン、勇者の隠された過去など7万字くらい大幅加筆修正されています。
二巻、発売中です。
ガンガンONLINEで連載中のコミカライズは、単行本一巻が5月12日発売予定です。
よろしくお願いします。

【新作始めました!】
『猫かぶり魔王、聖女のフリをして世界を手中に収める ~いいえ、破滅フラグを回避しながらテイムでモフモフ王国を作りたいだけの転生ゲーマーです~』
聖女(魔王)に転生したゲーマーが、破滅フラグを回避するために仕方なく世界を手中に収めるという勘違い系物語です。
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