謎の冒険者リリ
ガサキの国。
その中心部にそびえ立つ夢魔の城──玉座の間。
「……決めた。リリン、冒険者になる」
人間椅子に座る真祖吸血鬼の少女──リリン。
ピッチリとしたレオタードに包まれた幼い身体。
タイツを履いた脚を組み替えながら、ビシッと指差した。
「そこのペットナンバー893番!」
「はい! ワシはリリン様の忠実なペット、893番──ザンギ・ゴッド・アームストロングでごわす!」
凄まじく強そうな名前の漢は、実際に凄まじいガタイをしていた。
凄まじいほどに膨張した上腕二頭筋、凄まじいほどに丸太な大腿四頭筋、凄まじいほどに分厚い大胸筋。
そして凄まじいほどの男性ホルモン、禿げていた。
「キミ、たしか冒険者だったよね~?」
「イエス! ユア・マジェスティ! ワシはAランク冒険者でごわす!」
ペット人生、苦節数年。漢──ザンギ・ゴッド・アームストロングは初めてリリンから指名を受けた。
これは僥倖である。
生まれてこの方48年、最大級の幸せと言って良いだろう。
冒険者をやってきていてよかったと、内心ではむせび泣きそうになっていた。
「あのね~、リリン~、冒険者になりたいの~」
「はい! ワシでよければ、イチからお教え致します!」
他のペットの視線が集まる。
コイツ──まさかリリン様に手取り足取り……そういう類の嫉妬。
憎しみで人が殺せたら、そんな気持ちで他のペットたちは歯をギリギリと噛み鳴らしていた。
「イチからとか、すっごいめんど~!
というわけで~、キミに成り代わって、リリンが冒険者になるね?」
「……え?」
「今日から、キミの名前はリリに改名。
外見も女の子っぽく整形して、冒険者ギルドに再申請してきてね~」
ザンギ・ゴッド・アームストロングは、今日から“リリ”という凄まじく可愛い名前で第二の人生をいきてゆくことになった。
* * * * * * * *
「あ~、すっごい平和ですね~。トロフさん~、ラハヴさん~」
移動用の馬車の中、アロンソは表情を緩めていた。
「アロちゃん。バイロン様相手に戦おうとしてるのに、いつもながら緩いわねぇ」
御者を担当しているラハヴ。
疲れ知れずなので自ら申し出たのだ。
「いや~、だってですよ? せっかくの旅なんですから、楽しまなきゃ損ですよ!
最終的にはバイロンが待ち受けていようとも、それまでずっと気を張り詰めてたら、勝つものも勝てなくなっちゃいます!
ね! トロフさん!」
「ああ、そうだな」
ホロ付き荷台には数日分の食料などが詰まれており、その隙間にトロフとアロンソの二人が座っていた。
子竜のロシナンテは丸くなって、馬車の震動でコロコロと転がって遊んでいる。
「このまま国境を越えて、むかうは東のキオの国。
何事も無く、到着して欲しいですね~」
爽やかな青空の下、街道を進む一行の馬車。
ゆったりと時間が流れていた。
「あ~……。ごめぇん、ちょっと前方にヒッチハイカーがいるから止めるわねぇ」
「ヒッチハイカー?」
「うん、まぁ、そんなところかなぁ……たぶん」
ラハヴはそう告げたあと、馬車をゆっくりと停車させた。
トロフとアロンソは現状を確認するために、後部から外に降車する。
そして、前方に一人の少女を見つけた。
チューブトップを着ていて、ピンク色の髪の上に大きめなキャスケット帽を載せている。
「初めまして~! 冒険者のリリだよ~!」
どう見ても着替えただけの真祖吸血鬼リリンだったので、アロンソは手を前に突き出し──。
「ちょっとタイム」
トロフとラハヴを引っ張って、馬車の陰へと連れて行った。
「どうするんですかアレ!? ねぇ、ラハヴさん!?」
「どうってぇ……。うーん……どうしましょうかアレぇ……」
以前の記憶からガクブルのアロンソと、主の気まぐれに何とも言えないラハヴ。
トロフはというと、不思議そうな顔をしていた。
「あの冒険者がどうかしたのか?」
「え、いや、トロフさん……どうかしたのかって……」
「面識はないが、困っているのなら助けてやるのが冒険者の絆というものではないのか?」
「……は? あの、トロフさん、マジで言っています?」
「アロンソ……、お前、そんなに冷たい奴だったのか……? 冒険者たるもの──」
トロフは本当に気が付いていなかった。
リリというバレバレの偽名で、服を着替えて、ブカブカの帽子を載っけただけの真祖吸血鬼リリンの正体に。
アロンソは頭が痛くなってきた。
この人は時々、信じられないくらいに天然なのだと思い出す。
そこに、ラハヴが耳打ちをしてきた。
「アロちゃん、トロフには気付かせない方が被害は拡がらないかもしれないわよぉ?」
「う……確かに。
トロフさんは空気を読まずに何をするかわかりませんからね……。
少なくとも、冒険者仲間と思っているのなら……。
あとは、私がトロフさんに正体をチクったとかリリンに伝わったら、八つ当たりでぶっ殺されそうな気もします」
こそこそと三人でやっている間にも『冒険者のリリだよ~! 馬車に乗せてくれると嬉しいな~!』とウキウキとした声が聞こえてきていた。
「それじゃあ、馬車を出しましょう!」
「そうしましょうかねぇ」
アロンソとラハヴは一緒に頷き、首をかしげているトロフを馬車の中に押し込めた。
──そして、馬車は走り、謎の冒険者リリを放置して旅は続くのであった。
「ちょ!? なんで、なんでなのよ!?
待ってよ~! リリを乗せなさいってば~……ッ!」
──人間界の非情なる洗礼を受け、リリは半泣きになりながら馬車を追うのであった。





