今日から無職なので仕事を探す。そして、夜やばいのを目撃した。
氏名:トロフ・ウィンド。
年齢:35歳。
種族:人間。
武器種:パイルバンカー。
加護レベル:“深淵覗きの吸血鬼王”加護レベル1。
スキル:パイルカウンター。パリィ。峰打ち。
苦手なもの:早起き、ニンニク。
職歴:ム・ウー暦3018年 04月 一身上の都合によりDランク冒険者を退職。現在に至る。
現在無職のトロフは、履歴書を持って職探しである。
アピールポイントとして、武器のパイルバンカーは珍しいのだが、スキルの使い勝手が悪いために優遇はされない。
加護というのも、“深淵覗きの吸血鬼王”は人間としてはマイナーで、特に優れているという評価も無い。
加護レベルが1というのも微妙である。
この加護レベルというのは、1~5まであるとされている。
レベル1:加護を与える超常の存在──“力ある者”の通り名を知っていて、適性があれば誰でも加護を受けられる。
レベル2:“力ある者”の真名を知るのが条件。第三者に不本意に伝えられた場合は無効。英雄と呼ばれる存在に少数存在する。
レベル3:過去、救世主と呼ばれるような人間の伝説にある。レベル3になるための条件不明。
レベル4:人間には存在しないとされる。レベル4になるための条件不明。
レベル5:全種族でも存在するか怪しい。レベル5になるための条件不明。
つまり履歴書の上では、加護レベル1はただの一般人と変わらない。
いや、劣等加護で、35歳になってもDランク冒険者までしか結果を出せなかった落伍者、元落ちぶれ冒険者である。
書かない方がマシまである。
「せめて俺たちみたいな、有能な加護だったらよかったんだけどなぁ。ハハ!」
「や、やめなよ……」
履歴書を持つトロフに、元パーティーメンバー達が話しかけてくる。
「俺様はアタリの攻撃職適性──“金剛砕きの鬼王”加護レベル1だ。
お前の使えねぇ“深淵覗きの吸血鬼王”のハズレ加護レベル1とは、価値が違うんだよ」
戦士の言うとおり、世間では優遇不遇の加護があるのだ。
主にこの世界では六種類の加護があるのだが、トロフの加護は適性が人間種族に少ないし、大したスキルも発見されていないので、ハズレ加護と呼ばれている。
「ま、ハズレ加護でも、頑丈な身体を使って雑用くらいは雇ってもらえるんじゃね? 空気の読めないトロフさんよぉ?」
嫌みったらしく、戦士の青年は大笑いしながら去って行った。
その後ろでシーフの少年と、魔術師の少女がバツの悪そうな顔で社交辞令の一礼をしてから、追いかけていく。
残されたトロフは無表情のままだ。
若者のいきがった言葉を否定もしない。
気を取り直して、しょぼい履歴書を受付に持っていくのであった。
──ここは、とある大規模作戦のために用意された広い倉庫である。
名誉、地位、金貨などが得られる大チャンスとばかりに人材募集の宣伝があり、多くの冒険者が集まってきたのだ。
元パーティーメンバーたちは、既に戦闘要員として合格したらしい。
「ええと? ギルドからの紹介じゃなくて、いまどき履歴書ですか……?」
簡易的にこしらえられたカウンターに座る、受付嬢のうさんくさそうな視線。
トロフはコクリとうなづいた。
「うーん……。35歳でDランク冒険者を引退かぁ……これは厳しいですねぇ。
でも、吸血鬼と戦おうという人は少ないですからね……。
人材不足ということで、裏方で雑用としてなら……どうでしょうか?」
「それでいい、感謝する」
元々、口数が少ないトロフ。
それだけ告げると、差し出された契約書類にサインをした。
内容は──死亡してもクレームは受け付けない、吸血鬼に噛まれてグールになっても見舞金は出ない、などだ。
ここで“吸血鬼”というキーワードが出てくるのだが、それは仕事内容にかかわってくる。
それについて丁度、この急ごしらえの組織リーダーが演説を始めようとしていた。
倉庫の奥、魔法の光で照らされた部分。
一人の姫騎士が立っていた。
「おぉ、アロンソ様だ! 伝説の姫騎士アロンソ様だぞ!!」
その名はアロンソ・ドン・キホーテ。
男っぽい名前だが、金髪碧眼の見目麗しき14歳少女である。
しかし、若くして組織の旗頭。
なぜリーダーとして立てているかというと、それは彼女の逸話にある。
曰く、どこかの姫君で神の啓示を受けて世直ししているとか。
曰く、超常の加護主である“力ある者”と会ったことがあるとか。
曰く、吸血鬼をたった一人で退けたとか。
どれも一つで伝説レベルとなることである。
眼前にいる姫騎士アロンソは、それに相応しい白銀の超高級鎧を身に纏い、キリリと整った表情で美声をあげた。
「貴兄らに集まってもらったのは他でもない! ついに、ついに時が来たのだ!
神の啓示は下った──人間を家畜扱いする、東の国キオの支配者“真祖吸血鬼バイロン”を討滅せよと!」
姫騎士アロンソの一声で、倉庫内はざわめいた。
「だ、大規模なモンスター退治とは聞いていたが、まさか真祖吸血鬼のバイロンを討ち取りにいくのか……!?」
「やつはSランクで、しかもAランクの吸血鬼を側近につけているんだぞ……」
冒険者がパーティーで通常対処できるのはBランクまでとされている。
Aランクの場合は国が軍勢を率いて何とかなるという指標だ。
それもただのモンスターの場合で、吸血鬼は斬っても焼いてもダメージを受けないという。
そして噛んだ相手を自らの眷属にできる。
その親玉とされるのがSランクの真祖吸血鬼である。
過去、人間の国を一瞬にして占領して、我が物顔で支配している。
それを討ち取るというのだから、この場にいる冒険者たちがざわめくのも当然なのだ。
「落ちつくのだ。なにを慌てる必要がある?
ただの悪しきモンスターを狩るのに、王の威光ある軍勢が必要か?
否、私がこれより率いる組織──貴兄らで構成される予定の冒険者部隊ならば、真祖吸血鬼など恐るるに足らん!」
圧倒的とされるSランクの真祖吸血鬼に対して、ここまで言い切れる存在はいないだろう。
少なくともこれは、本当に勝ち目があるか、正気を失っているか、ただのバカだ。
この場にいる者は確信した。
少女の自信溢れる演説。
まるで神が宿ったかのような美しく高貴、そして神聖さを兼ね備えた完璧な容姿。
「こ、これは勝てる……勝てるぞ」
「っしゃ! 姫騎士アロンソの勝ち馬に乗りゃ、一攫千金だぜ!」
「ふふ、一国を救ったとなれば、あたい達も貴族待遇かもね」
冒険者たちは、すでに勝利を確信していた。
姫騎士アロンソさえいれば、どんな相手にでも勝てると“空気を読んで”いた。
「ええー。では続きまして、サブリーダーのわたくしサンソン・カラスコが、詳細な説明をさせて頂きます」
オールバックの中年──サンソンが出てきて、自信満々のアロンソは後ろに下がり、どっしりと腕を組んでの待機状態になった。
溢れるカリスマに酔った冒険者たち。
──だが、ただ一人だけ空気に流されず、無表情の男がいた。
トロフ・ウィンド、その人である。
姫騎士に、いや、その背後にいるとされる“神”にすら興味が無いような、無我の境地にいたっている灰色めいた眼光。
(まだ報酬出ないし、今日の晩ご飯どうしよう)
……そんな他愛の無いことを考えていた。
* * * * * * * *
その日の夜、トロフは装備を思いきりよく売り払ってしまった。
明日からの雑用係にはまったく必要ないものだからだ。
残ったのは買い手の付かなかったパイルバンカーと小盾のみ。
今やその頑強な肉体をつつむのは、ただのタンクトップとズボンだけになってしまった。
左手に装着されたパイルバンカーが哀愁を誘う……というか、異質で変質者的なオーラをまとっている。
夜の町を歩く、タンクトップにパイルバンカーの35歳男性。
憲兵と遭遇しなかったのは奇跡的だったかもしれない。
だが、別のものに遭遇した。
暗い路地裏で、組織のサブリーダーであるサンソン・カラスコと、黒衣の女性がコソコソと密着して話していたのだ。
普段だったら他人の色恋沙汰は気にも留めないトロフなのだが、今回ばかりは食べていた蒸かし芋を落としそうになってしまった。
その黒衣の女性は──トラウマである、父親の不倫相手にそっくりだったからだ。
おかしい、おかしいのだ。
20年以上前の記憶に焼き付いた顔とうり二つ。
ただの他人のそら似でしかないはず。
トロフはそう言い聞かせるも、微かに聞こえてきた声すら一緒だと気が付いた。
それに加えて何か胸騒ぎがする。
たとえるのなら、戦闘中にカウンターのタイミングでスキルが呼びかけるような、本能的な予感。
──黒衣をまとった女性。
──トラウマの原因。
──実績を覗き見るスキルを封印した要因。
──空気を読むことをやめた現在。
そう、トロフは空気を読むとか、読まないとかもう気にしないのだ。
ゆえに因縁とか葛藤も、したりしなかったり自由である。
あっさりと20年以上封印していた“魂の実績”スキルを使うことにした。
シンプルな一言でいうと、トロフは空気を読まない。
……面倒くさい苦悩覚醒フェイズは飛ばされたのだ。
まずはサブリーダーのサンソン・カラスコに向けて魔眼スキル──“魂の実績”を使用した。
視える、視えてくる。
さすがにブランクがあるのか、強く意識された実績や、最近のものしか解読ができない。
それでも──偶然に発見してしまった。
昨日【サンソンは、吸血鬼ラハヴと性交10回達成】
トロフは困惑した。
突然のエロ実績というのもあるが、思わず二度見してしまった。
吸血鬼……そう書いてあったからだ。
流れ的に、隣の黒衣の女性にも魂の実績スキルを使用した。
昨日【ラハヴは、眷属グール作成100体達成】
……人間ではありえない実績だ。
つまり黒衣の女性は、ラハヴという名前の吸血鬼である。
さらに覗き見ていくと、ほとんどが歯抜けのように黒塗りされていたが、一ヶ所だけ解読できるものがあった。
【ラハヴは、深淵覗きの吸血鬼王“アルバス”の真名を知った。加護レベル2達成】
アル……バス……?
トロフは困惑した。
なぜなら偶然にも──“力ある者”の真名を知ってしまったからである。
何かが解放されたかのように、履歴のすべてを一瞬にして解析、理解できるようになった。
トロフ本人は気付いていなかったが、この時点で“深淵覗きの吸血鬼王”加護レベル5になってしまったのだ。
現在、人類に確認されている、加護レベル5は存在しない。
──そう、まだ無自覚のトロフ以外は。