再びの冒険者ギルド
「ふっ、ここが冒険者ギルドという場所か。私が初めて踏み入れる未知の領域だ」
よくある町の冒険者ギルド。
老若男女、冒険者から依頼人まで、様々な人が立ち寄る建物である。
年季の入った古いテーブルに、発泡酒の大ジョッキがドンッと下ろされ、冒険者が豪快に骨付き肉にかぶりつく。
……それを入り口から、腕を組んで仁王立ちで覗き込む姫騎士アロンソ。
「アロちゃん、ついさっきまで駄々をこねて『行きたくない行きたくない行ぎだぐないッ!』とか言っていたとは思えない切り替えの速さねぇ……」
「しーっ! 外では私、姫騎士なんですから!」
そんないつものコントをやっている間に、トロフが魔術鎧をつけた姿──黒騎士モードで冒険者ギルドの中へ進んでいく。
勝手知ったる元仕事場なので、一直線にカウンターの受付嬢の元へと向かった。
「すまない、冒険者登録をしたいのだが」
「はい、ご新規様ですね。ようこ……そ……冒険者ギルド……へ?
あの、顔が見えないと、登録はちょっと……」
黒いバケツヘルメットをかぶったままの甲冑姿。
だが、中身がトロフの黒騎士は、正体をばらすことができない。
すでに引退した身でもあるし、アロンソから正体は隠しておいてくださいと釘を刺されもしている。
「な、なんなんですか……。もしかして、強盗さんですか!?」
今回は悪い方向へ勘違いされてしまった黒騎士。
受付嬢の悲鳴にも似た声が響くギルド内。
血の気の多い冒険者たちを呼び寄せてしまっていた。
「おうおう、受付嬢ちゃんがピンチかい?」
「はっはー! 冒険者ギルドの番人と呼ばれている俺が助けるぜ!」
「お前はただの新人いびりの重鎮だろうがぁ? ゲッハッハ!」
周りを囲まれた黒騎士。
すでに冒険者たちは武器に手をかけていて、一触即発である。
ただ単に、可愛い受付嬢に良いところを見せたいという悲しい男たちの性でもある。
「戦闘はモンスターとしたいのだがな……」
見知った顔もあるので、避けられない戦いになっているとも知っていた。
黒騎士はため息を吐きながら、小盾だけ使う事にした。
「おう、調子ぶっこいてんじゃねーぞ!」
棍棒を持って飛びかかってくる冒険者。
それに対して黒騎士は、スキル“パリィ”を使用した。
これは基本的なカウンタースキルの一つである。
小盾を使い、比較的威力の小さな攻撃をいなすだけの効果。
パイルカウンターの初動だけのようなスキルである。
「うぎゃっ!?」
黒騎士は棍棒をパリィしたあと、脚を引っかけて敵を転ばせていた。
「足癖が悪くてすまんな」
「て、てめぇー!!」
スラリと抜かれる刃物。
少し面倒なことになったなと思いつつも、黒騎士はパイルバンカーを構えようとした──その時。
「その黒騎士は私の連れだ。何か問題があるか?」
「あ、あなたは……。いえ、貴女様は姫騎士アロンソ・ドン・キホーテ!?」
白銀の鎧、頭にティアラ、金糸の様に美しい髪をリボンで結んでいる姫騎士──演技モードのアロンソであった。
その言葉は聞く者を魅了するカリスマに溢れていて──。
「い、いいえ、いいえ! 何も問題ありません!」
「ふっ、そうか。私の連れが迷惑をかけたようだ。彼は顔に酷いヤケドを負ってしまっていてな、どうか許してやってほしい」
「はい! そのような事情があるのなら! ああ、それにしてもお美しい……まるで英雄のようなオーラ……」
その凜々しい表情は、人類が未来へ進むための希望を見せてくれる。
「へ、へへ……。まさか、あんたがあの“S級モンスター殺しの姫騎士”さんのお連れさんだったなんて……。わ、わりぃ、わるかったよ……」
大変なことをしてしまったと自覚した冒険者たちは、頭をヘコヘコ下げながら散り散りに去って行った。
遅れてやってきたラハヴだけが、普段とのギャップを思い出してジト目で眺めていた。
「こほんっ、それで私も冒険者として登録したいのだが?」
「は、はい! 姫騎士アロンソ様が、こんなギルドなんかで登録してくださるとは光栄です!」
受付嬢は急いで登録準備を開始した。
最初の時とは態度が変わりすぎである。
その間にアロンソはコッソリと、トロフにだけしか聞こえない小声で──。
「あのあの、面倒なんで……黒騎士さんの力でパパーッと強い敵を一匹倒して終わりにしませんか?
DランクとかCランクくらいあれば、バイロンの国の潜入でも疑われませんって……」
「いや、最初はゴブリンからだ。冒険者の鉄則だ」
「あぁ~、やっばりぐうぎをよんでぐれないぃぃぃ……。ゴブリン嫌ぁぁ~……」
アロンソは梅干しを食べたかのような泣き顔というか、変顔になってしまった。
これには深いようで深くないわけがあった。
最近、流通している英雄譚でゴブリンの扱いがホラーめいているのだ。
それを前日に読んでしまっていたアロンソはチビりそうになっていた。
「あれ? どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。私は特に問題ない」
振り返った受付嬢。
一瞬にして表情をキリリと戻したアロンソ。
トロフが雑用係のプロなら、アロンソは演技のプロであるといえよう。





