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★草原 獣たちとの出会い

昼下がりの閑散とした通りを歩いていく。

通りには飲食店から、洋服店、雑貨店までありとあらゆる店が立ち並んでいるが、それらは全て閉まっている。

通りを挟んで、向かいの婦人は、分厚い毛皮のコートを身に着け、買い物バッグをぶらさげ、こつこつとハイヒールで地を踏みながら

せわしげに坂を下りていた。


<冬>はまだはっきりと残っていた。

この町の雪はもう跡形もなく消えてしまったけれど、鉄のように冷たく、ガラスのように透き通った空気が、未だこの街全体にしみわたっているのがわかる。


通りを下り、広場へとたどり着いた。

「それにしてもずいぶんと人が少ないな」と僕は言った。

「あそこ」少女は広場の中央の円状に重なった石段を、指さして、駆け足で石段の上に上った。

石段の最上部からはさらに四角い、レンガでできた柱が伸びていた。

それはまわりのどの建物よりも高く伸びていた。

「あれはなんだい?」と僕は訊ねてみた。

「時計とう」と少女は返して、石段に腰かけた。

僕はもう一度その時計塔と呼ばれたレンガの柱を見上げた。

柱の天辺のすぐ下の壁に、時計が埋め込まれているのを確認できた。

彼女の言うとおり、確かにそれは時計塔だったが、肝心の時計の針はまるで動いていなかった。

それはちょうど三時半を示した状態で止まっていた。

「時計が止まっている」と僕は少女に確認をとるように言った。

「うん」と少女は興味の無さげな声で返した。


「ぱぱ。これからどこへ行くの?」と少女は訊ねてきた。

「うん。どうしようか?ここからだと、どこへ行けるんだい?」

「こっちはがっこう」少女は広場から伸びる狭い路地を指さした。

「学校の方へ行ってみようか」

「やだ」少女はぶんぶんと首を横に振った。

「ならば、向こうか」僕は路地の方を見るのをやめて、下り坂の通りの方を見た。

「あっちにはなにがあるかわかる?」

「わからない」

「行ってみようか」

「うん」と少女は言った。


広場を出て、下り坂を進んでいく。

この通りは広場へ向かうまでのとは様子が異なっていた。

路はぐねぐねと曲がっていたし、そこは切通しとなっていて、左手には岩壁がずっと続いていた。

岩壁の合間に所々、急な階段が設けられていて、そこから崖の上の方へと向かうことができるようだった。

崖の上には多くの石造りの建物が密集していた。

右手にはぶどう畑が広がっていた。

ぶどう畑の向こうは、盆地となっていた。

それはどこまでも遠くまで広がっていた。

まるで天界のようだった。

彼方まで広がる盆地の先には、薄水色の連峰がうっすらと浮かび上がった。


坂を下り終えて、盆地へと出た。

そこは青い草原だった。

草原は全くの平坦というわけではなく、至る所で大地がゆるやかに隆起して、丘を形成していた。

丘の上では、草が育たずに、不自然に石灰が剥き出しになっているところもあった。

坂を下ったときにうっすらと見えた連峰は、もう目前に迫っていた。

それはここからだとあまりにも巨大で、黒ずんでみえた。

頂上の方では霞がかかっていた。

それは猛獣が息を荒げながら、じっとこちらを窺っているような、不気味な光景にも思えた。

麓を埋め尽くしている樹林もそれと同じような黒さを持っていることがうかがえた。

黒い樹林は、この草原にまで及んでいた。

しかし、その広がりはあるところで草原と拮抗するかのようにぴたりと止まっていた。

まるで銃を一斉に構える兵団のように、それらは草原の上を直線的に規則正しく並んで生えていた。


「あれは、いったいなんだ?」と僕はつぶやいた。

丘の上から草原を見下ろすと、青い大地に不思議な白い物体が散らばっているのが見えたからだ。

少女も黙ってそれを見つめていた。

彼女も気になっているようだ。

「いこう」と少女は言うと、即座に僕の手をつかんで駆けだした。

「ちょっと、危ない」

僕は思わず声をあげた。しかしどうも少女には聞こえていない様子だ。

「はやく」少女は僕の方を振り返っては、鬱陶しそうな目で見た。

「わかった。わかったから少し手を離してくれ。動きづらいんだ」

僕は訴えるように言うと、少女は即座に僕の手を離して、さらに勢いを強めて駆け出していった。

「やれやれ」

少女は草原を駆け、丘を憑りつかれたように上がっていく。

「岩場に気をつけなさい。あんまり走ると怪我をするよ」

と注意するも、彼女の歩調は一向に弱まらない。

それどころか目的地を目前にしたからか、より勢いを増したようにも見える。

彼女の興奮が遠くからでも伝わってくる。

彼女が丘の上までのぼり終えたと思ったその時、僕の危惧していたことが起きようとしていた。

「危ない!」僕は叫ぶ。

丘のてっぺんからねずみ返しのように突き出た石灰岩が、彼女の足に掛かり、少女は姿勢を崩す。


(……??)

その時、丘の上から突如、白い大きな物体があらわれた。

それはゆっくりと蠢き、転倒しつつある少女の身体を丸ごと飲み込むようにぶつかった。


「大丈夫?」僕は丘を駆け上り、息を切らしながら、少女に問いかける。

少女は奇妙な白い大きな物体の上で仰向けになっている。

その正体は獣だった。

彼の背中はまるでクッションのようで、少女のいる所にだけちょうど窪みができていた。

「だいじょうぶ。もう少しでころんじゃうとこだった」

「だから走るのはやめなさいと言ったのに」

「うん」悲しそうな声で頷く。少しは反省したようだ。

「君が助けてくれたというわけか」僕は白い大きな獣をまじまじと眺める。

「うん。ぱぱもさわってみて、ふわふわ」


その白い大きな獣は、不思議な形をしていた。

ひしゃげた球体のように丸まった胴体を持ち、全身をヤギのような白い毛並みで覆われていて、手前には

キツネのように突き出た顔が伸び、そこから仔猫のような両耳がちょこんと生えている。

後ろにはウサギが持つような綿毛のように丸まった尻尾が乗っかっている。

「よしよし」と少女はその白い背中を何度もさする。

彼女が撫でるたびに、彼は目をゆっくりと閉じ、そこから決して動こうともしない。

(喜んでいるのだろうか?)

その何とも愛らしい光景に思わず、見入ってしまう。

時に、息を荒げて、リスが木の実を齧るような音を出す。

どうやら彼の鳴き声のようだ。


僕は顔を上げて、改めて丘の上から草原を見下ろす。

その時、辺りから無数の気配を感じる。

「これは」

僕は目の前に広がる光景に思わず声がでる。

そこには彼と同じ白い獣が何頭も横たわっていた。

こちらに気付く素振りは全くない。

みな草原の上でのんびりと寝転んでいるように見える。

「わあ。いっぱい」

少女は感嘆の声を漏らす。

「ちょっと、あっち行ってくる」と僕に言い残して、獣の背中から降りて、丘の下へと駆けていこうとする。

「こら、走ったらまた転んでしまう」僕は引き留める。

「わかってる」と少女は言って手を振り払って全速力で丘を下って行った。

「わかってないな」僕は呟いた。

丘の上で、僕と一頭の獣だけが残った。


連峰の陰に沈みかけている夕日が、丘を黄金色に染め、草原の窪みにうっすらと丘の影が伸びた頃、街の鳴らす鐘の音が草原中に広がる。

すると、これが合図だと言わんばかりに、寝転んでいた草原の白い獣たちが起き上がる。

二、三頭の獣たちが林の方へと向かってのろのろと歩き始める。

そしてそれにつられて、数十、やがては数百の獣たち徐々ずつ、林の方へと向かって歩いていく。

草原のあちこちに散っていた獣たちが、みな揃って足並みを揃えて同じ林の方向へと進んでいるのだ。

少女はその光景をだまって見つめている。

赤く染まった少女の顔は、不思議と大人びてみえた。

「綺麗」と少女は言った。

「ああ、とても」と僕は言った。

ぼくらは暫くの間、時を忘れ、赤い空の下、林へと戻っていく獣たちの姿をじっと見つめていた。


「帰ろうか」僕は少女の手をとる。

「うん」少女は気のない返事をした。

帰りたくないようだ。

「また明日も会える」と僕は呟く。

「うん」少女は少し明るい声に戻って、僕の手を握る。

(……??)

帰ろうとしたその時、丘の向こう側に気配を感じる。

そして小さな音が聞こえてくる。

本来なら聞き逃してしまうような小さな音が。

僕は目を閉じ、耳を澄ます。

「どうしたの?」と少女は僕に訊ねる。

少女には聞こえていない様子だ。

「少しここで待っていてくれるかい」と僕は言った。少女はだまって頷いた。


「まだここにいたのかい」

僕はその不思議な音の正体とおもしきものを、思いのほか早くみつけることが出来た。

それは丘の陰に隠れていた一頭の白い獣だった。

彼はひょっとしたら僕たちが初めてみた獣ではないかと思った。

彼女を助けてくれた白い獣ではないかと。

彼は連峰に沈みゆく夕日の方を向いたまま、じっとそこを動かない。

彼の白い背中は、沈みゆく最後の夕日を浴びて、一面真っ赤に染まっていた。

「帰らなくていいのかい?」僕は獣に話しかける。

彼は相変わらずいっさい動かず、リスが木のみを齧るような鳴き声を出し続けている。

(なにかを伝えようとしている?)

「はぐれてしまったのかい?」僕は訊ねる。

彼は延々と鳴きつづけているばかりだ。

(違うようだ)

「君の帰るところは向こうだよ」僕は林の方を指さす。

すると彼は我にかえったように顔をゆっくりと動かし、丸い赤みかかった目で僕をじっとみつめる。

そしてまた向き直ると、今度はゆっくりと林の方へと歩いて行った。

その足取りは、他のどの獣たちよりも遅く感じられた。


少女は、しゃがみ込んで、草を弄って遊んでいるようだった。

「ぱぱ。おそかった」少女は僕に気付くなり、草弄りをやめて、僕の手を握った。

「ごめんよ。おうちへ帰ろう」

「うん」と少女は明るく頷いた。


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