修羅道
批判が批判を産んで 元の形もはやない
批判が批判を産んで その罪から学習できない
批判が批判を産むのは 修羅が蔓延ってる証
批判が批判を産んで喜ぶのは
第六天魔王の業
自己満足の批判は体裁飾るため
魔王の手下それはそれは大喜び
批判が批判産んで 自滅していく
それは本当の批判なの?
菩薩はここから遠ざかり
罪を学び得道に入るのか
只々仏に会いたい一心で
罪悪を学ぼう一切衆生
その国土と住人達一体で
穢れた穢土を浄土に変えるため
この世に生まれてきたんだよ
己心の罪悪と向き合う時が来ましたよ
驕れるものは罪業のない仏と勘違いしてるようです
読んでくださりありがとうございました。