エピソード13 自信が持てない姫
今回は由美回です。
これをやっちゃったら全員分の回を考えねばいけませんね。
ドン!
「おっと」
ある日の放課後、廊下を曲がろうとすると、誰かとぶつかる。
身長が俺と同じくらいだが、とても細い女子生徒であった。
本来角を曲がるときに強くぶつかるとよろめいたりするが、あまりにも相手が細いものだから俺は1歩も下がることがなく相手を支えることが出来た。
「わ、わわ、すいません。前を見ていなくてすいません。私はいつも後ろ向きで、うつむいて歩いているので、前を向いて前向きにはいけないんです。だからといって前を見ていなくてすいません」
「由美、俺だ」
その高い身長に、目が全く見えないほど長い髪。そして、意味の分からない謝り方。俺がぶつかった相手は、由美であった。
「た、太一なのか?」
「俺だって」
「私が太一のことを好きであると知って、私を安心させようとしている優しい嘘ではないのか?」
「本当に意味が分からん。後恥ずかしいからやめろ」
先日水城がばらしたので、由美が俺のことを好きだと知った生徒は確かに増えた。
それ以前に基本的に自分からは話しかけない由美が、俺にだけは自分から話していた時点で恋心があるかどうかは別としても、心を許しているであろうというのは知られていたのだが。
「ほ、本当に太一か?」
「しつこいな。自分の目で見てみろ」
いつもはここまで面倒くさくないのだが、今日に限ってなぜかしつこい。
由美の目を隠している前髪を、横に分けて目を出す。
由美の髪は異常なほどさらさらで、手で支えていないと元にすぐ戻ってしまう。自動ドアみたいだな。
「あ、ああ太一だ。双子とかではないな?」
「めんどうくさいわ。何でそんなに疑う? いつも俺って簡単に認知できてるだろう?」
「ああ、実は私は結構見えている。髪で隠れているように見えるが、隙間からなんとなくの相手はわかる。
95%は確信を持って自信がある。だが、今回は相手にぶつかるという迷惑をかけたし、もし太一でなかった場合は対応が変わるから5%のための確認だ」
面倒くさすぎる。
「まぁいい。由美はどこに行くんだ?」
俺は帰宅する途中に廊下を歩いていた。そして俺が曲がった先は下駄箱に向かう階段がある。
そこでぶつかるということは由美は反対方向に向かっていたということになる。
「う、うむ。実は私最近たくさん食べられていないのだ」
「そうなのか?」
「大食いの趣味というのはお金がかかるのだ。普通の量は食べられるが、自分の思い通りには食べられない。最近はこのおかげで痩せてきているが、好きに食べられないのはつらい……」
由美の趣味は大食いとダイエットという本来共存しない2つ。
週2回ほど大食いし、残りでバランスをとる。
大食いした次の日は、なぜか毎回俺に報告してきていたので、そういえば最近なかったことをこの話で思い出した。
「それで?」
「実は服飾部があのデパートのオーナーの娘で、デパートの1階のフードコーナーのお食事券を譲る代わりに、モデルを募集しているらしいのだ」
そういうと、俺にポスターらしきものを見せてくる。
たしかにそこには『モデル募集中! 報酬はお食事券! ただし女子限定!』と書いてある。
いくら娘とはいっても、お食事券を横流ししたら汚職事件にならないのだろうか?
この学校では部活動における報酬制度は認めていないから、券で対応したということだろう。
あまりこの内容に惹かれるとは思わないが。
「と、いうわけで入ってくる。ではまた」
そういって意気揚々と俺から離れていった。
最近確かに以前以上に痩せていたし、元気もあまりなかったので、どういう形であれ元気になれるならいいだろう。
由美の食事には何度か付き合ったことがあるが、食べているときは本当に楽しそうだからな。
さすがに金銭での援助はできないから、これについては協力しようもないし、がんばれ。
「珍しいな。今日はカフェに誰もいなかった」
そのままカフェに向かったが、頻繁にいる杏里すらいなかった。
別に1人でものんびりしてればいいのだが、なんとなく由美のことが気になったので、部活専用の別館の方い向かった。
「た、太一……」
すると後ろからいつもの自信なさげな声が聞こえた。
「ああ、どうしたんだ……」
由美はいつもの制服ではない。
背の高い彼女でも全てが隠れる十二単であった。
「おい、何してんだ?」
「服飾部にいったらこれを着て校内を歩いてくれと言われたのだ」
服飾部本気すぎる!
「これは違うだろう、断れよ」
「だ、だが私のラーメンタルはもうどうしようもないのだ」
「ラーメンタルってなんだ?」
「ラーメンを食べたい精神。つまりラーメンメンタルでラーメンタルだ」
「変な造語をつくるな」
「とにかく、服を簡単に着て終わりかと思っていたのだ。だから、そのお食事券を使ってラーメンが久しぶりに食べられると期待してしまった私の胃袋はこれを着ることを拒否できなかった。あとただ単に自ら服飾部に行ったのに断るのは道義に反する。私のような人間が道義も破ったら存在価値がなくなってしまう」
食い気とネガティブが重なった結果、いろいろ重なった服を着る羽目になったということか。
『あ、姫だ!』
『姫がいる!』
話していると後ろから何人か生徒が追いかけてきていた。
カメラ片手に由美を追いかけていた。
ケータイのカメラの人が多数だったが、なぜか本格的なカメラまで持っている奴もいた。写真部かな?
「うう、こんな注目されるのは恥ずかしい……」
由美は顔を覆っていた。両の手は手元が十二単に隠れているので、厳密には覆えていないが。
「由美はいつも見られてるぞ。今日は由美が見えやすいだけだ」
十二単を着たときに、髪も調整されたのか、長い髪が大垂髪にされていていつもよりも顔がはっきり見えている。誰か歴史マニアでも参加しているのか?
それで大人びた顔がより見えて注目を浴びている上に、彼女自身も周りがいつもより見えているのだ。
実は由美は顔をいつも隠しているので(隠れているので?)身長が大きいことや髪が長いことで目立ち見られているが、、顔そのものはそこまで知られていない。
今追いかけてきているメンバーも、由美の名前を言っている人はいない。美人な姫がいるということで追いかけているのだ。
「しゃあない。ちょっとまくか」
ここからカフェはかなり近い。走ればすぐにつく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
由美はダイエットで走っているので、身体能力は低くない。だが、今の服装では思い切り走ることはできないようだ。
「あ、悪い。じゃあ行くぞ」
そう言って由美の手を取る。
「悪いが、ちょっとがんばってくれ。転ばないようにな」
思い切り走ると、由美が少しよろけるがなんとかついてくる。幸い靴はそのままだったようだ。
「手、手、手を握ってる。見られるの恥ずかしくないのか?」
「うるさいから。とにかく走るぞ」
走ってる途中に由美が何か言っていたが、それに答える余裕はなかったので、とりあえず逃げた。
「よし、ここなら大丈夫だな」
カフェの2階は入り口に内側から鍵をかけられる。
ここに来るまでにちょっと遠回りをすることで出来るだけ曲がってきて、うまく逃げ切ることができた。
「悪かったな。思い切り走っちゃって。十二単汚してないかな?」
「…………」
何も言ってこない。右手で左手の甲を支えて、左手を凝視していた。
その左手は俺が握ってきた手だ。
「おい、どうしたんだ?」
「太一が私の手を握ってここまで走ってきたよな」
「まぁそうだな」
「私は太一のことを好きだと言ったが、私以外にもあなたを4人も好いているな」
「まぁありがたいことに」
「私は彼女らに比べて魅力的ではない」
「そんなことはないと思うが」
杏里、水城、先輩、京と比べても抜群のモデル体系に、隠れているが高校生離れした大人びた顔つき。正直レベルは相当高い。
誰が好きかは好みの問題の差であり、相対的な差はない。
「それに私は4人が悲しむのを見たくない。私が選ばれれば他の4人は悲しむだろう」
「それは……」
恋愛経験のない俺はどれに対しての答えはなかった。
「私達は仲良くしているが、まだ誰も恋人関係にないことはクラスメイトしか知らない」
「教えてないからな」
「だが、手を握って走っていき、突如2人でいなくなれば、知らない人はそれを恋人関係と思うかもしれない」
「そうかもしれないな」
「私は仲良くしていたい。誰かが太一を選ぶことが怖い。だが」
「だが?」
「私は手を握ってもらえたのがとても嬉しい。私にとって、太一と他の4人はやはり違う。どうすればよいのか分からない」
そう言うと目を閉じて震えてしまう。
「悪かったな。俺のために悩ませてしまってな」
1人でいることの多い由美にとって友人ができたことと、非常に申し訳ないながら、俺を好きになってもらったことで、好きな人ができたことの2つが同時に起こり、自分の心の整理が出来なくなったのだろう。
「俺はあまり恋愛に詳しくないから、明確な答えは出せないけどな。俺は由美に好きになってもらえたことはすごく嬉しい。だから、そんな自分を否定しないでほしい」
「だが……」
「だがじゃない。少しでも自信を持ってくれ。そのための協力はおしまないし、今日みたいに困ってればいつでも助けてやる。それに今の俺は誰かを選べないが由美と恋人に見られて迷惑ってことはない」
「ああ、ありがとう」
顔を赤くしてカフェの2階の壁に向かったまましばらく動かなかった。由美が少しでも前向きになってくれれば嬉しいんだが。
ちなみに、この宣伝は大成功で、服飾部は非常に有名になったそうだ。
聞くところによると、服飾部は現在2年生の部長1人だけで、廃部寸前であり新人がほしかったのだそうです。
あれ1人でやったのか……。
そしてお食事券をもって由美とデパートのラーメン屋に行った。
「うふふ、ラーメンタルが満たされるな……」
表情が伺えなくても、すごく満足そうに食事をしていたので、それを見ているだけでも幸せになった。
ドン!
「おっとと」
また次の日、由美とぶつかった。
「た、太一か?」
「そうだが、この流れは昨日もやっただろう?」
「う、うう……」
すると急にうめき出す。
「ど、どうした?」
「……太った」
「当たり前だろう」
8杯ラーメン食って太らない奴はいない。
「大丈夫だって、誤差だろう?」
「誤差じゃない……、いつもより大幅に増えてしまった。現に昨日太一は私を簡単に受け止めたのに、今日は一歩後ろに下がった……、つまり昨日より私が重くなったから突進力が上がっているのだ。すまない太一!」
そう言うと、昨日と同じように俺から離れていってしまった。
今日はもうほっといていいよな。俺悪いことしてないし。というかどうすればいいか分からないし。
感想、評価ありがとうございます。
感想にて、どのように終わらせるか、つまりハーレムエンドが個人エンドかを気にされる方が多かったですが、この作品はまだ未定でございます。
皆様のたくさんの評価をいただいただけに、見切り発車をした自分をちょっと後悔しておりますが、毎日投稿はできなくても、エンドまではなんとか持って行きますので、よろしくお願いします。




