真珠の輝く木下で
「侯爵令嬢は手駒を演じる」の新年短編企画作品です。
**ルイス侯爵家の新年
今日はローランズ王国歴が新しくなる日――つまりは、新年である。
家族や親しい友人たちと賑やかに過ごすのが、一般的だ。
毎年、弟のヴィンセントと一緒に新年のお祝いをしていた、わたし、ジュリアンナ・ルイスだが、今年は一味違う。
生まれて初めて、お父様も交えた家族全員で新年のお祝いをすることになったのだ。
17年生きていた中で初である。
「ねえ、マリー。ヤドリギは摘んだの?」
わたしは庭に出ていた専属侍女のマリーへ声をかける。
「もちろんです、お嬢様。今年も綺麗な実をつけていますよ」
そう言ってマリーは真珠のように美しい純白の実を実らせたヤドリギをわたしに渡した。
わたしはヤドリギを玄関に飾る。派手ではないが、新年にはかかせない季節の花だ。
「……今更だけど、マリー。今日、お休みしなくてよかったの?」
「私の居場所はお嬢様の傍です」
「あっ、いや……そういうことではなくて……その、恋人とか……」
「邪魔です。いりません」
「あっ、そう……」
マリーは家族がいないため、新年でもルイス家の屋敷に残っている。
わたしはマリーには恋人でも作って幸せになってもらいたいのだが、中々うまく行かない。
せっかくの美人なのに、マリーは枯れ過ぎている。もったいない。
……でも、マリーが毎年、新年の日にいてくれるからこそ、寂しさをあまり感じなかったのよね。
ルイス侯爵家はマクミラン公爵家に復讐するため、あまり家族仲が良くなかった。
だから新年の日もお父様はわざわざ仕事に行って、わたしとヴィンセントととの接触を控えていた。
しかし、今年は違う。
マクミラン公爵家との因縁にけりを付け、ルイス侯爵家は復讐を果たした。
そして、本当の意味でわたしたちルイス侯爵家は家族になったのである。
「姉さん、早いね」
「あら、ヴィー。お父様は夕刻に王宮からお帰りになると言っていたわ。宴の準備としては早すぎる訳ではないと思うけれど」
振り向いた先には、少しだけ眠たそうにしたヴィンセントがいた。
どうやら朝方まで本を読んでいたらしく、まだ寝ぼけているようだ。
「ふーん。父上ね。本当に今年は参加するんだ。……帰って来なければいいのに。ヘタレ狸が」
「ん? 後半が聞き取れなかったのだけど……」
「気にしなくていいよ、姉さん。それよりも、はいこれ。少し早いけど、カードだよ」
ヴィンセントはキラキラした笑顔でわたしにカードを差し出す。
そこには『新年おめでとう。ヴィンセントより最高の願いを込めて』と書かれていた。
ローランズ王国では、新年に親しい人へカードを送るのが一般的である。
だから、わたしもヴィンセントに予め用意していたカードを渡した。
そこにはもちろん『新年おめでとう。ジュリアンナより最高の願いを込めて』とわたしの字で書かれている。
「今年もありがとう、ヴィー。わたしからも」
「ありがとう、姉さん! 一生大切にするから!」
「もう、大げさね」
もう、わたしの弟はなんて優しくて可愛いのかしら!
ヴィンセントとにこやかに話していると、マリーが「どうやら旦那様がご帰宅なさったようです」と言った。
そして数十秒経つと、門扉を潜った馬車の車輪の音が聞こえ始めた。
馬車はエントランス前に止まり、扉が開かれる。
「帰った。アンナ、ヴィンセント」
「お帰りなさいませ。早かったですね、おとう――さま?」
そこから降りてきたのはお父様と……何故か、ローランズ王国第二王子エドワード様だった。
「げっ、鬼畜魔王がなんで……」
「随分な挨拶だな、ヴィンセント。言っておくが、ルイス侯爵に招かれて俺はここにいる」
バッとわたしとヴィンセントは、お父様を睨みつける。
しかしお父様は、ふいっとそっぽを向いた。
こんの、ヘタレ狸がぁぁあああ!
適当に社交辞令でエドワード様を誘ったのか、はたまたエドワード様に言いくるめられたのかは知らないが、この状況はすべてお父様のせいだ。
新年早々、王子の接待なんてしなくてはいけないのよ!
「……あの、エドワード様。新年は、ご家族と過ごされるべきなのでは?」
「……ジュリアンナ。お前は知らないと思うが、父上は酒乱だ。泣き上戸の絡み酒。そして記憶を無くす性質の悪さ。夜会などでは酔わないように気を付けているが、貴族と面会すらしない新年は違う。それを相手にするのは馬鹿らしく思わないか?」
「まあ、そうですね」
あの陛下が酒乱だなんて想像もつかないが、こんなどうでもいい嘘はつかないと思うので、本当のことだろう。
「だから、俺はルイス侯爵の新年の宴への誘いに乗ったのだ。母上はすでに親しい貴族夫人と旅行に行って避難している。父上のことは……ミシェルとクラウディア側妃に任せるので大丈夫だ」
「大丈夫じゃないだろ。今すぐ王宮へ帰れ」
容赦のないヴィンセントの物言いに、エドワード様は動じることはない。
「俺はジュリアンナの婚約者だ、ヴィンセント。俺はルイス侯爵家にとって、家族同然とも言っていい存在だろ?」
「あの……エドワード様。婚約はまだ発表されたものではないのですが……」
わたしとエドワード様の婚約が発表されるのは、もう少し先のこと。
現時点では極秘扱いだ。
それなのに、エドワード様がわざわざ新年にルイス侯爵家を訪れるなんて、婚約を吹聴しているようなものである。
そんなわたしの懸念など馬鹿らしいとばかりに、エドワード様が肩を竦めた。
「細かいことを気にし過ぎだ、ジュリアンナ」
……いや、全然細かくないでしょう。
「遠慮をしろ、鬼畜魔王。僕と姉さんのせっかくの姉弟団欒が……」
「お、おい、ヴィンセント。父もいるのだが……」
「はぁ!? 姉さんを苦しめるヘタレ狸のことなんて、僕は知らないよ」
ヴィンセントに氷点下の蔑むような瞳を向けられたお父様は、しょんぼりと落ち込んだ。
その哀愁漂う背中は、とても貴族たちが恐れる敏腕宰相とは思えない。
まさにヘタレた狸。……って、あんまり蔑ろにされているのは可哀相だし、お父様を助けてあげましょう。
「エドワード様。今は新年のため、この家には使用人はあまり控えていません。当主であるお父様が了承したことではありますが、エドワード様の満足がいくおもてなしができるか分かりません。それでもよろしいのであれば、ルイス侯爵家はエドワード様を歓迎いたしますわ。ねえ、お父様?」
「ジュリアンナ……」
お父様は目を潤ませながら、わたしを見る。
しかしそれを見たヴィンセントは、貴族らしからぬ舌打ちを響かせた。
「チッ……父上のくせに、姉さんに同情してもらうなんて……調子にのるな」
「ヴィンセント……お前は私がそんなに嫌いなのか……」
「はぁ? 姉さんが一番だし」
ヴィンセントの物言いに、再びお父様が落ち込んだ。
だが、わたしはヴィンセントの本心に気づき、微笑ましく思った。
嫌いって言わないんだもの。
ヴィーは、やっぱりお父様のことが家族として好きなのね。
正面から言うのは恥ずかしいのでしょうけど。
まったく、素直じゃないんだから。そんなところも、わたしは大好きよ。
「突然押しかけたのは俺だ。中々面白いものが見れるようだし、滞在させてもらおう。文句など言わん」
「かしこまりました、エドワード様」
……よっし、言質とったわ!
当然、内心など曝け出さず、わたしはエドワード様を食事が用意されている部屋へ通した。
「既に食事は用意されているのか」
「ええ。給仕の者も不足しておりますので、すべてテーブルの上に用意しております」
エドワード様の視線の先には、サラダや肉料理、ケーキなど様々な料理やお菓子が並べられている。
部屋も暖炉で暖かくされており、快適だ。
部屋の奥では、マリーがワインを用意しているのが見える。
「お父様、カードです。今度は売り飛ばさないでくださいませ」
「あ、ああ。ありがとう、アンナ」
わたしは早々にお父様へ新年のカードを渡した。
お父様はぎこちない動作でそれを受け取り、ポケットに丁重に仕舞いこむ。
「……姉さんと僕にはないんだ。さすが父上」
「あっ、いや……あ、後で用意する!」
半目のヴィンセントに、お父様はたじろいだ。
……お父様は、あんまりこういう気遣いもできないものね。
グレースも今は休暇中だから、細かいところをお父様に指摘してくれる人がいないもの。
仕方ないわ。でも……ちょっとカッコ悪いわね。
クスクスと笑っていると、エドワード様がわたしをまじまじと見つめている。
「あの……エドワード様。急な来訪でしたから、今は渡せませんよ」
「そうか、実に残念だ」
言葉通りに残念な顔をするエドワード様に、ちょっとだけ罪悪感が湧いた。
……いいえ! 急に押しかけて来たエドワード様が悪いわ。
わたしが罪悪感を覚える必要なんて、ないじゃない。
「皆様。そろそろ乾杯をしてはどうでしょう? せっかくお嬢様がお作りになった料理が冷めてしまいます」
マリーが一人ずつワインの入ったグラスを渡していく。
「ジュリアンナ。お前、貴族令嬢なのに料理まで作れるのか」
エドワード様がグラスを傾けながら、わたしに言った。
「ええ。料理の作れる貴族令嬢は御嫌いで?」
「いいや。むしろ好ましいと思っている」
「それは……いいえ。なんでもありません」
わたしが料理ができるのは、平民を演じる上で、料理程度できていないと不自然だからだ。
たとえ演じている間に料理を作らなかったとしても、日常の何気ない会話の中で料理の話題は出る。
食とは人の営みの中心だからだ。
だから、料理人並みとは言えないが、料理を作ることはできる。
しかし、わたしは貴族令嬢のため、厨房に立つのはあまり好ましくないとされている。
なので、わたしが屋敷の中で料理を作るのは、新年の宴の時だけだ。
「さて、殿下、アンナ、ヴィンセント。そろそろ乾杯をしよう。私は早くジュリアンナの手料理が食べてみたい」
「言っておくけど、僕は姉さんの手料理を毎年食べているからね。ま・い・と・し」
お父様とエドワード様に勝ち誇った目を向けるヴィンセント。
お父様はまた、しゅんっと落ち込んだが、エドワード様はニヤリと腹黒く笑った。
「だが、それも今年――もしくは、来年で最後だろう。ジュリアンナは、俺と結婚するんだからな」
「まだ婚約発表すらしてないのに、旦那気取りとか笑える」
「お前は本当に面白いな、ヴィンセント」
「余裕ぶってムカつく!」
ヴィンセントは完全にエドワード様に遊ばれている。
本当に、どうしてこの二人は仲が悪い……いいえ。エドワード様はヴィンセントを好いているし。……男性の人間関係は、分からないわ。
「あー。乾杯してもいいだろうか?」
「もういいと思いますよ、お父様」
まだ言い合いをしているエドワード様とヴィンセントの脇で、お父様が小さく「乾杯」と言って、わたしとグラスを鳴らした――――
♢
わたしが作った食事はとても好評だった。
お父様はいささかおべっかが過ぎるというほど、褒めまくりだったので、少し恥ずかしかったが。
……さすがに宮廷料理人よりも美味しいは言い過ぎだわ。身内贔屓ってすごいのね。
食事が終わったわたしは、ストールを羽織り、庭に出ていた。
お父様とヴィンセントはまだワインの飲み比べをしている。
エドワードは一人気ままにワインを飲んでいるようで、お父様とヴィンセントの様子を面白がっているようだった。
「……寒いわ」
しかし上を見れば、満天の冬の星空が見える。
この寒さを耐えるだけの価値があると言えるだろう。
わたしは庭で一番高い木の傍に寄った。
木々の間には、玄関に飾ったものと同じ、純白の真珠のように美しい実をつけたヤドリギがあった。
それらを見上げていると、背後から声をかけられる。
「いい星空だな、ジュリアンナ」
「……エドワード様。お父様とヴィンセントの決着は着きそうですか?」
「ああ、ヴィンセントの優勢だ」
そう言いながらエドワード様は自身の上着を脱ぎ、わたしにかけた。
「……目の前に自分より寒そうな人が居るというのは、少々気分が悪いのですが……」
「そこは素直に喜ぶところだと思うが」
「可愛げなくて申し訳ありません」
わたしがエドワード様から視線をそらすと、突然、手に何か押し付けられた。
何事かと見ると、押し付けられていたのは、淡い菫色のカードだった。
「新年おめでとう。ジュリアンナへ最高の願いと幸せを込めて」
驚くわたしの顔を両手で挟み、無理やり目を合わせると、エドワード様はカードに書かれた言葉を真顔で唱える。
わたしは、自分の顔がみるみる赤くなるのを感じた。
「か、からかわないでくださいましっ! それに、離してくださいませ!」
「嫌だ。ジュリアンナが隠しているカードを俺に渡すまで離さない」
「!?」
どうして……わたしがエドワード様にカードを書いていたことを知っているの!?
どうせ新年に会うことはないと思っていたが、わたしはなんとなくエドワード様へ新年のカードを書いていた。
もちろん本人に渡すつもりはなく、エドワード様宛てのカードについては、マリーも知らないことだ。
それなのに……
「ほう。鎌をかけてみたのだが、本当に俺にカードを書いていたとはな。可愛いところもあるじゃないか。なあ、ジュリアンナ?」
こんの、腹黒王子!
エドワード様の手を叩き落とし、キッと睨みつけるわたしだったが、ひたすらニコニコと笑うエドワード様に根負けし、隠し持っていたカードをエドワード様に渡した。
「エドワード様の幸せを心から願っております」
エドワード様とわたしは婚約し、共に人生を歩むことになる。
それは片方の押し付けではなく、双方が考え納得し決めたことだ。
たとえ今はエドワード様への愛情がなくとも、わたしはこの人を大切にしたいと思っている。
だからカードには書かれていないことだが、わたしは本心からエドワード様の幸せを願った。
「……ジュリアンナ。知っているか。ヤドリギの約束を」
そう呟くと、エドワード様は熱っぽい瞳でわたしを射抜く。
そしてわたしへ再び手を伸ばしてきた。
「いえ……知りませんけど?」
「そうか。それなら教えてやる」
何か……何か大変なことが起こりそうな気がするわ!
後ずさるわたしだったが、エドワード様に腕を掴まれた。
すでに逃げることは不可能である。
そして、エドワード様が近づいてきて――――
「ねっぇぇええさぁぁあああん! えっへへだいしゅきぃい~」
「なっ、ヴィンセント! ぶっ」
突如現れたヴィンセントがエドワード様を突き飛ばし、わたしへ抱き着いてきた。
そして、わたしの頬へ軽くちゅっとキスを落とした。
「ふっへぇぇええ! ざまぁぁああ! やどりぎのやくしょくなんて、ひゃくねんはぇーんだよ。ばーか!」
「ヤドリギの約束?」
わたしは酒臭いヴィンセントをあやしつつ、問いかけた。
するとヴィンセントはスラスラと答える。
「あのねぇー。やどりぎのしたでぇ、きすをした、だんじょは……むすばれるってやつぅ~。はい!きちくまおーは、ねーさんとむすばれましぇん!」
「……ヴィンセント。俺を怒らせたな」
エドワード様は起き上がると服に着いた土を払い、ヴィンセントへ怒気を滲ませる。
しかしヴィンセントはそれを見て心底嬉しそうに笑った。
「うはっはぁ! いつもぼくを、なめてかかるからだぁよぉー。しすこんなめんなぁ!」
「そうだな。権力と武力を全力投入して相手をするべきだった」
「酔っ払い相手に何を言っているのですか、エドワード様」
わたしが呆れた視線を向けると、エドワード様はむくれた。
「敵がこちらが万全な状態で攻め込んでくることなど無い。そんなことは常識だ。士官学校を卒業しているヴィンセントならば、骨の髄まで染み渡っている教訓だろう?」
「ヴィンセントはわたしが嫁ぐのが寂しいのですよ。大目に見て下さいませ」
わたしは意識を失い、コテンと倒れるヴィンセントを支えた。
するとエドワード様はわたしに負担をかけないように、ヴィンセントを肩で持ち上げる。
「少しは婚約者の俺も労って欲しいものだが?」
「それでは、晩酌にお付き合いいたしましょう」
「……今はそれで我慢する」
深く溜息を吐いたエドワード様は、そのままヴィンセントを屋敷へと運んで行く。
そしてわたしもその後をついて行った。
新年の宴は、まだまだ終わらない。
皆様、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今回は、相変らずツンが強めなジュリアンナ(主人公なのにw)、ちょっとムキになった腹黒エドワード、ヘタレに磨きをかけた父、そしてシスコンを拗らせた隠れ酒乱の弟でお送りしました(笑)
では、皆様にとって2016年が良き一年になりますように。