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ネイキッドとオウザの空の旅。

 人類最強の魔法使い、スガモ。魔法王とも魔神とも称される彼女は、人里離れた地に住んでいる。


 王都リメオラから、およそ数千キロ。これは計測した距離ではなく、メイストームやヴェルグの体感距離からの推測に過ぎない。


 スガモの地は、人の歩いて行ける所にはない。



「すまん。楽をさせてもらって」


「大丈夫っすよ」


 現在、高度2万メートルの上空。


 そこで、ネイキッドとオウザは空の旅をしていた。


 より具体的に言えば、オウザの作り出した雲に乗って、だ。



 水族すいぞく魔法、水庫ロトンによって集結させた大量の雲。それに土石どせき魔法、強固ツモリイシをかけ、固定。更に動物魔法、走行ルナで移動させているのだ。人間2人を載せて。


 3種魔法を重ねがけした時点で、生半なまなかな魔法使いなら、限界ギリギリだ。3つの魔法全てを並行発動かつ維持。でなければ、雲は霧散する。


 だが、それゆえに、膨大な魔力を必要とする。現在もオウザは、大量の魔力を消費しながら、空を飛ばせている。



花蜜ニンフ


 消耗し続ける魔力を回復させる植物魔法、花蜜ニンフ


 とは言え、これで4種の魔法を並行同時発動。最早、人間業ではない。


 これが、勇者の弟子。オウザの魔法技術。



「この空のどこに居るのやら」


「魔法で探せ。って言われても、って感じっすよね」


 まあ、大体、北。それだけのヒントをメイストームからもらって、2人はここまでやって来たのだ。


 この北の空の上で、襲い来る魔鳥のみが2人の暇を潰してくれる。



 スガモの住んでいる地は、大地にはない。


 この空のどこかにあるのだ。



 だが。目印も標識も無い空で、一体どうやって探せば良いのか。


「今回は、完全にお前頼りだ」


 レッドエイトベストアイを巨大化アズマで増幅させた左腕で握り潰しつつ、ネイキッドはオウザに頼み込んだ。


「任せるっす。その代わり、露払いは任せたっすよ」


「ああ」



 ちなみに。レッドエイトベストアイは、魚介類のエイに似た形をした鳥類である。その名の通り、太陽の赤を身をまとい、全身に存在する8つの目で以って敵や獲物をいち早く認識する。成長しきった個体は、体長50メートルを超え、8つの目それぞれが魔法を操るようになる。だが、目の豊富な栄養のため、このエイそのものがエサとなる事も大である。



 ネイキッドに敵の掃除を頼んだオウザは、4種魔法の操作に慣れて来たのを感じた。


 そして師の教えの意味が、ようやく分かった。




 オウザ、10才。


「は?」


「聞け」


ゴ!


 必死でガードに上げた右腕ごと、師の左足に蹴り飛ばされ、オウザは川に落ちた。


 天地の感覚の無い水中にいきなり落ちると、健康な人間でも普通におぼれる。当然、オウザも溺れかけた。


「水中で、呼吸しろ。そうしたら助かる」


 メイストームの声が、水中なのにオウザの元へクリアに届く。


 無茶言うな!というオウザの内心ではあるが、師匠の言葉には絶対に従わなければならない。


 だが、ただ呼吸を始めると、それも死あるのみ。



 オウザは、体の動きを止め、呼吸を意識した。


 必ず出来る。


 師匠は無理な事は言わない。無茶をするだけで。それが証拠に、ヴェルグさんに勝て、とかは言われた事がない。


 だから、自分なら、出来る。



 水中で呼吸が出来ない理由は2つ。


 1つ。周囲に、水しかない。そのため、口を開き、肺に空気を入れようとしても、水しか入って来ないため、溺れる。


 2つ。人間の肉体では、水から酸素を取り出し、残った水分を排出する事が出来ないため。


 この2つの理由のどちらかがクリアされれば、人は水中でも呼吸が出来る。



 だが、1つ目はこの場合、ダメだろう。飛びさえすれば即座に解決するが、それでは、水中で呼吸せよ、という師匠の言い付けに背く事になる。


 死なない程度にお仕置きされる・・・。



 なら、2つ目を、何とかするしかない。



 10才時点で、オウザはあらゆる魔法の知識を覚えさせられ、習得する毎日を送っていた。無論、剣術と天風も平行して毎日練習。メイストームの加護が無ければとっくに死んでいる練習量を、無自覚にこなして来た。


 そのメイストーム自身の指示によって、物心付いてからの人生が厳しいのだが。



 ここで使えるのは、水族魔法。土石魔法もか。動物魔法と植物魔法では・・・いや。そういう事か。


 オウザは、ひらめいた。



 まず水庫ロトンで、身にまとわり付く水分を固定。更に流れる体は浮遊ハカイでフリーに。


 体勢を整えたなら、いざ本番。



 己の肉体に触れる水を、空気に変換。


 土石魔法が奥義。物質変換ティア


 これだけで全魔力量の半分を消耗する大魔法だが。花蜜ニンフを周囲一帯に散布。ひょっとしたら師匠まで効果範囲に収めてしまったかも知れないが、そこは見逃してもらおう。


 水庫ロトン浮遊ハカイ物質変換ティア花蜜ニンフ


 4種魔法を同時行使は、流石にキツいな。



 目を閉じ肉体の力を抜いたオウザは、水中にて、魚より自由に虫より高い生命力を示し、明確に人間を超えた。



 メイストームは、弟子の成長を確かに見た。



「浮いて来い」


 このメイストームの声は、オウザにはどうやっても届かない。物質変換ティアによって、声が伝わるはずの水は全て、空気に変わっている。変換の際、元あった性質は失われるのだ。例えるなら、絵の具に染まった水を変換しても、色素の付いた空気になったりはしないわけだな。そこで重要なのは、根本の性質。それに応じて、物質変換ティアは働く。


 だが、そのような理屈があろうがなかろうが。


 メイストームは、勇者である。


 勇者の言葉を聞かない者は、人間ではない。



バアッ!!!


 師自らの優しい蹴りによって、水庫ロトンごと地上に弾き飛ばされたオウザは、またしても天地の感覚を失い、思いっきり大地に体を打ち付けた。


「よく頑張った。流石はおれの弟子」


 身体の痛みに悶絶しながら、必死で師の言葉を一言一句たがわぬように聞くオウザ。


「これから毎日、4種魔法を練習しろ」


「は・・・はい」


 素直な弟子の言葉に、笑みをこぼすメイストーム。


「頑張ったら、5種魔法に移る。もっと教えてやるからな」


 素晴らしいご褒美だと、勇者は自画自賛していた。


 弟子は、真面目に命の危険を感じていたのだが。




 あの時は、無茶苦茶な師匠だとしか思えなかった。


 いや、今でもその思いに違いは、全く無い。



 しかし。あれはあれで理に適ったトレーニングだったのだと、今になって分かったのも事実。


 水中。人間種族にとって、危険なエリア。だが、肉食魚や攻撃的な水生生物が居なければ、静かな空間だ。


 耳が強制的に閉じられるから。


 そして勇者メイストームの加護があると分かっている以上、外敵は一切考慮しなくて良かった。


 ただ魔法だけに集中出来た。



 あの日々があったから、こうして実戦の場で、4種魔法の並行同時発動維持が可能なのだ。



 その師匠が送り出してくれた以上。


 必ず、たどり着ける。



 修練では、一応、8種魔法までは成功した。ただ、完全に静止した状態で、師匠が身を守っていてくれる前提で、だ。


 戦闘の最中に繰り出せる限界は、5種までだろうか。



「これから、ちょっと集中して魔法を使ってみるっす。しばらく何も出来ないんで、そこは任せるっすよ。ネイキッド」


「ああ。必ず、お前を守る」


「んじゃ」


 少し笑ったオウザは、目を閉じ、意識を濃ゆく、世界を捉えにかかった。



 使う魔法は、花蜜ニンフ


 それを、最大広範囲に仕掛ける。現在のオウザの力量なら、およそ半径500キロ。


 地上、空中、海中。場所を問わず、花蜜ニンフが魔力を運んで来る。もし、それらを真正面から受け止めると、オウザでも魔力過多で崩壊する。


 ゆえに、ここで5つ目の魔法を使う。


 結晶コアエイド。動物魔法と植物魔法、土石魔法のミックスによる、新時代の魔法だ。術者こそ少ないものの、使いこなせれば、かなり便利だ。


 この魔法の持ち味は、魔力の結晶化にある。結晶、と一言で言っても、色々あるのだ。


 まず、魔力結晶として固形化するパターン。これは簡単で、魔力補給のお菓子にする事だ。


 そしてもう1つのパターン。これが、結晶コアエイドの特色。


 従魔じゅうまを生み出す。


 己の魔力のみで、意思を持った魔力生命体を作る。


 ただ、魔力は時間と共に、拡散する。消費しきれば、その生命は失われる。あまり当てにも出来ない。時間稼ぎぐらいにはなるが。


 だからこそ、ここで花蜜ニンフが効いて来るわけだな。


 花蜜ニンフで回復、補充し続けた魔力を従魔に注ぎ続ける。これで、消えない忠実なる下僕しもべがモノになる。


 今回は、単純に魔力結晶を形成、魔力のガス抜きをする。



 だが、注意しておかなければならない。


 現在、オウザは、雲を維持している事に。


 そう。水庫ロトン強固ツモリイシ走行ルナに回している魔力も、忘れるわけにはいけない。


 花蜜ニンフからの魔力流入を、全て結晶コアエイドに回すと、今度は雲が消え失せる。


 だから、魔力操作に全神経を注いでいなければ、オウザとて、上手くやれるものではない。



 そして。


 ここまでやって、オウザは何を目的としているのか。



 伝説の魔法使い、スガモの住居は、空にある。


 絶対に、尋常な建物ではない。


 恐らく、魔法によって、構築されているはずだ。だって、魔法使いの家だもの。



 それを花蜜ニンフの範囲に入れたなら、スガモが気付いてくれるはず。もしかしたら反撃を食うかもだが、そこはネイキッドに防いでもらおう。今のように。



 ネイキッドは、オウザに対する信を深めつつ、自分の出来る事をやっていた。


ベキ


 魔鳥の群れを一瞬でひねり潰し、生き残りをほふり、休む。


 自分には、戦う事しか出来ない。オウザやヴェルグ師匠、メイストーム師匠のように、様々な天風や魔法が使えたりはしない。


バキリ


 干し肉を食べ、体力を回復する。こないだの竜肉の燻製くんせいだ。美味くて栄養満点。


 そしてのどが乾いたら、果物のジュースを。青、赤、黄ぶどうのミックスジュース。青ぶどうは体の調子を整え、赤ぶどうは滋養強壮、黄ぶどうは体力の回復を促進する。



 オウザの花蜜ニンフは、半径500キロ内の全ての魔力を操る生命を刺激している。その中には、先のレッドエイトベストアイなどの強敵も居る。


 それら全てを排除し、オウザを守り抜くのが、今のネイキッドのやるべき事。


 自分なら、出来る事。




ヒョウ


 高度2万メートルで、あまりにも穏やかな風の音。


 生き物の限界速度を超えた風が当然のこの空域で、これは、つまり。



 あらゆるものを運ぶ風より強い存在が、来た。



オ オ



「オウザ。ちょっと騒がしくなるが。我慢してくれ」


 巨大化アズマ。全開で。




 相手は、翼長200メートルを超える最大級の魔鳥。


 陽光を凌ぐ輝き。雷に勝る。羽根の一枚一枚が下位竜並みの圧力を生じさせ、いざ羽ばたいたなら、その周辺空域には嵐が巻き起こる。


 何者をも寄せ付けぬ、空の王。


 その名を、雷王らいおう




 ネイキッドも、知識は持っている。


 まだ自分達が敵わない相手の名として。



 雷王。かつて勇者の一行が、魔王討伐の旅をしていた際、接近したものの、倒しきれず、逃がしたという。


 メイストーム、ヴェルグ、スガモといったメンバーをそろえた状態のパーティーで、倒せなかった魔鳥。



 相手にとって、不足無し。



「師匠達から逃げ出した程度のザコが。おれとオウザになら勝てると踏んだか」


 挑発、そして己の意気を高める。


 自身の力を100パーセント出せれば、勝負にはなるだろう。



 ネイキッドは目を見開き、歯をむき出し、笑んだ。


「来い。稽古を付けてやる」


 師の真似をする。


 せめて、今だけは、師のように、仲間を守れるように。



ギオ!



 電撃が走った!光速の18倍の速度で、通常の雷の400倍の威力で、ネイキッドとオウザの乗る雲ごと粉砕に来た!!


 これは魔法の電撃スピアではない。確かに魔力を帯びてはいるものの、どちらかと言えば、竜の吐息に近い。


 生身で操っているのだ。雷を。



 常人がまともに受ければ、体が吹っ飛ぶでは済まない。消滅してしまうだろう。



ヴァヂイ


 だから、弾く。


 巨大化アズマを全開で右手に集中!肥大化させた腕で、まずガード!!


 そして防御に成功したなら!


 巨大化アズマをかけたままの右手で、空間をぐ!!


 雷がどれほどはやかろうと、この世界を通り抜けての攻撃には変わりない!


 ならば、雷もろとも、世界を消す!!!



 巨大化アズマなら、おれなら、出来る。




 メイストームは世界が揺れたのを感知した。


 ふむ。


 ヴェルグも、それなりにあのガキを追い込んだか。





 ネイキッド、10才。


「おれに、ダメージを与えろ。何をしても構わん」


 師、ヴェルグからの最初の修行は、これだった。


 ネイキッドは素直に、その場にあった最強の武器、ヴェルグの腰元の剣を抜いて、本気でヴェルグの左腕を切り落としにかかった。



キッ



 何をしても構わないとは言ったが・・・。


 ヴェルグは己の愛刀が刃こぼれしたのを、顔色を変えず、残念な気持ちで見ていた。


 そして、弟子の賢さに心奪われた。



 ネイキッドは、分かっていた事と言えど、改めて、戦士というものを知った。


 己の全てより、ヴェルグの片腕だけの方が、強い。



 だが、修行はまだ続いている。


 剣が効かないなら。



「オオ!!!」


 全力で吠える!


 なぜか知らないが、こうすると全力以上の力が出せるのだ。


 普通では通用しない。だから、殺す気で、行く。



 あの時。この力が、使えれば!


 ネイキッドは、悔恨かいこんと憎しみを込めて、己の全てをヴェルグに真正面からぶつけた。



 ネイキッドは、掌打を繰り出して来た。体のひねりの無い、ただ前進と共に打ち出しただけの、手打ちの攻撃。


 それでいて、その破壊力は尋常ではない。


 下位の竜なら、これだけで殺せるだろう。



 だが、そんな程度で満足されても、困る。



 ザコと競り合って良い気になる男には、させない。



 おれが育ててやる。



 お前の両親に代わって。




ドオ


 真正面から、完全に入れた。今のヴェルグは、獣皮の衣服をまとっているだけ。だから、これは。


「まあ、こんなもんか。どうだった?」


「・・・あんた。「あいつら」より、強いのか」


「まあ、な。おれより強い奴は、人類にたった1人。五分なら、もう2人ぐらい」


「おれは、その中に入れるか?」


「「お前」次第だ」



 たった今、己の全てを振り絞って攻撃して。ヴェルグは、完全な無傷。



 それでも。おれ次第で、強くなれるのか。



「弱いままだったら?」


「幸せになれ」


「強くなれたら?」


「仇を討て」


「なら、おれを強くしてくれ」





「少しは。成長したか」


 ネイキッドは、息を止めた雷王を鷲掴わしづかみにしながら、満足した。


 確かに、巨大化アズマの能力は人外のもの。瞬間最大火力を高めるタイプの天風としては、最上の1つに数えて良いだろう。


 それでも、いやだからこそ、使い方を間違えれば、自滅する。



 ネイキッドは、体力の9割を失って、もう立てなかった。



 体力を即座に回復させる秘薬もあるが。


 今は、この心地良い疲労に身を任せよう。



 余裕も、あるしな。



「見付けたっす」


 今まで身動みじろぎもしなかったオウザが、目を開き、言った。



 流石は、オウザ。


 おれの相棒。

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