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竜の谷にて。天風と魔法。

 竜の谷は、王都リメオラから激突門を出て、800キロメートルを数える僻地である。ここまでは、当然ながら行商も来ず、欲しい道具などがあるなら、王都か、それ以外の人類拠点で得るしかない。


 谷には、人類の居場所は無いのだから。



「ちっ。てめえがトロトロしてっから、追い付かれちまったぞ」


「いや、それは無理っす!!師匠に毎日殴られてりゃあ、歩けるわけねえっす!」


「確かに、おれ様の拳は世界一だからな!」


ハッハッハ!


 弟子は、勇者メイストームが、本当に本人なのか、ちょっと疑っている。



 ヴェルグらが王都を出てから、実に2週間が経過していた。



「よう」


「おう」


 戦士ヴェルグと勇者メイストームの再会の挨拶は、簡素なものだった。お互いに手を挙げ、軽く言葉を交わしただけ。


 それでもそのシーンは、弟子2人には、憧れの眼差しを向けるに相応しいものだった。歴戦の英雄は、こんなにもあっさりとお互いを認め合う。


 かなりひいき目の入った感想だが、問題は無いので、良し。



 戦士ヴェルグの前には、久々に会った仲間と、その弟子の姿が。



 勇者メイストーム。世界で唯一人の勇者。この世で彼1人しか使えない天賦てんぷを持ち、魔王討伐の最前線で戦った、最も勇敢な男。一見では、男か女かも分からないような細身な優男でしかないが、その肉体は研ぎ澄まされた鋼より強い。更に、その精神は、もっと強い。装備はいつものように、勇者の鎧に身を固め、勇者の剣を腰元に差している。


 そしてその弟子。勇者見習い、オウザ。師に似て細面の少年だが、その実力は、メイストームにくっついていて死んでない事から証明されている。装備は、やはり勇者の伝統的な装備。獣皮の鎧に、鋼の剣。たったそれだけで、竜を狩りに来た。



「よ、よう」


「お、おうっす」


 戦士の弟子とオウザも、それぞれの師を見習ってやってみた。あんまり、格好は付かなかったが。


「久しぶりっすね。元気してたっすか?ネイキッド」


「ああ。何とかやってる。そっちは、大丈夫だったか?」


「ほんと。こっちも何とかって感じっすよ。勇者に弟子入り出来るなんてラッキーとしか思ってなかったっすけど。いざ入ったらただの地獄っすからね」


ボゴオ


 弟子らは、師匠から数十メートル離れた地点で雑談を交わしていたはずだが。オウザは、いきなり現れたメイストームの拳によって、数百メートル吹っ飛ばされた。


 ヴェルグは、いつもの師弟漫才に満足しつつもオウザの落下地点まで走り、受け止めてやった。


「まだ寝る時間じゃない。行くぞ」


「う、ういっす」


 ヴェルグとオウザは連れ立って、他の2人と合流。


 4人は仲良く竜の谷に踏み込む。




 そこは、炎の楽園。地獄を現世に写し出したものが、この竜の谷。


 本当に地獄の底まで続きそうな穴が延々とえぐり抜かれた、峡谷きょうこくと呼ぶのもためらわれる崖と穴のみの人類居住不可能地。



 かつて、ヴェルグとメイストームは、この地で一週間のキャンプを張った事がある。




「良し。行って来い」


「はい!」


「ういっす!」


 ヴェルグは2人の出陣を見守り、最も高い崖まで登り、周囲の監視に移る。メイストームは、昼寝に移った。



 走る。下りるのではなく落ちるに近い急勾配きゅうこうばいの崖を、散歩でもしているかのような気楽さで、2人は歩を進める。


 若者2人は、これから地上有数の強者との戦いだと言うのに、少しのときめきだけで、特に恐怖心は無かった。


「良かったな。お互い、ちゃんと訓練してて」


「ほんとっすよ。竜のプレッシャーより、明らかに師匠のがヤバいっすからね」


 ゆえに、2人共、程良い緊張感のみで済んでいた。


 装備は、獣皮。これでは、竜の火で燃やし尽くされる。


 食らえば、な。だから、2人は、これからの攻撃の一切を回避しなければならない。



 まだまだ谷の底は遠い。が、それなりの大きさの成竜が2匹。


「とりあえず2匹狩って、後はその時次第で良いか?」


「おーけーっす」


 2人は、仲良く敵を分け合い、襲った。



 ネイキッドの長剣は、ただの飾りに過ぎない。武装していますよアピールでしかない。


 なぜなら、彼は戦士だからだ。


 究極的な意味に於いて、戦士に武具は必要ない。必要なのは、敵を打倒可能な戦力のみ。


 即ち。竜を相手に、武器など要らない。



ゴキイ


 体長30メートルほどの竜の首をへし折った。竜の火は確かに怖いが、師匠の斬撃に比べれば、あまりに遅く、弱い。


 火を拳圧で振り払い、襲い来る前足を殴り払い、高さ数メートルの位置にある竜の首に飛び膝蹴り。それだけで終わった。


 さて。オウザはどのようにして勝利したのだろう。


 ネイキッドは当然ながら、オウザの無傷での勝利を疑っていなかった。




 肩より長く伸ばした髪を軽く束ねて邪魔にならないように。髪飾りには、貝殻を愛用している。


 そのオウザは、オーソドックスに鋼の剣を右手に持ち、悠々と竜に近寄って行った。


「こんにちわっす。そしてさよならっす」


ザン


 一瞬。それで、竜の首は落ちた。1秒にも満たぬ時間で、オウザは竜の首を突き、ぶち切った。


 鋼より硬い竜の肉体を、鋼の剣で切り落とした。尋常ではない。


 その秘密は、オウザの技にある。


 硬度に多大な差があろうとも、弱所を突けば、折れる。例えるなら、鋼の剣であろうと、人間が体重を一点に乗せれば、女性であっても折れるのだ。


 竜ののど元は、決して弱所ではない。だが、人間の手に持てる鋼の剣に比すれば、あまりにも広大で、大きく、貫き通しやすかった。そして生命体ゆえの柔軟性が仇となる。圧倒的な速度で突き込んだために変形したのど元。そしてそこで発動する、オウザの天風てんぶ


 入り込む。割り開く。貫通する。


 貫き通す力を超強化する力。これが、オウザの天風。「貫風ぬきかぜ



 無難に竜を殺したオウザは、同じく竜を片したネイキッドとハイタッチを交わし、次の竜を一緒に探しに行く。


「ラッキーっすね。炎王も氷王も居ない」


「ああ。流石に、炎王が居たら、死んでる」


 氷王は、地理的に居なくて普通だが、炎王は、恐らくメイストームかヴェルグのどちらかが狩ったのだと2人は想像している。


 炎王も氷王も、当代最強の火竜と凍竜を指す名称だ。そしてそのどちらもが、この竜保護区には今は居ない。若者達だけで遊んでも、全く問題ないわけだな。


 成竜と言っても、まだまだ成熟には程遠い。竜は、数千年を生きる。逆に言えば、数十年を生きたぐらいでは、竜の真価には到達出来ていないのだ。



「ちょっと。弱すぎたか」


 メイストームは2人が順調に竜を狩ったのを、目を閉じ横になったまま、察知した。


 勇者の正装。長い髪を1つに縛り垂らし、唇には薄っすらと紅を付けている。その姿で、男のように寝ている。


 メイストームの周囲には、幼竜がたかり集い、かじりつかれていた。それでも勇者の鎧には傷一つ付かないし、露出している肌の部分もまるで無傷。ちょっとかゆいか。しかし、よだれは気になる・・・。


「おら、ガキ共。おれは今回、お前らを殺せねえんだから。あっち行ってろ」


 幼竜、体長3メートル強、体重500キロ超の生物を、軽く触れるだけで追い返した。傷付けないように、細心の注意を払って。


「ん~。地竜でも、あぶりだすか。それとも、魔族の生き残りをいたぶるか」


 勇者メイストームは、その冷静な頭脳で以って、心優しく弟子達を教え導く事を算段していた。


「もうちょっと、いじめないと。限界を超えた力を引き出せねえしなあ・・・。おれらがやっても、殺しかけるだけで、実戦の気分にはなれんだろうし」


 うーむ。




 ヴェルグは、若者らが調子良く2匹目を狩ったのを確認。そして竜の谷の状況が安定している事も再認識。


「前言撤回」


 竜の谷、奥底でうごめくものを発見。


 デカい。だが、何だ。あんなサイズの竜を生き残らせた覚えは無い。


「おい。アレ、どう思う」


「ああ?」


 メイストームは、崖の最頂点で独り言をつぶやいたヴェルグに答えた。いつの間にか、真横に現れて。


「お前が残してたのか?ヴェルグ」


「いや。お前がうっかりしてたんじゃないのか」


 歴戦の英雄達は、ひとしきりお互いに見逃しを押し付け合ってから、新しい敵であると認めた。



「どーする」


「ふむ」


 この、どうするは、あの敵に若いのをぶつけても良いのかという問いだ。


 この2人は、今の時代に自分達をおびやかす者が居るとは、全く想像していなかった。



 ヴェルグは、天風「見切り」を使い、竜の質を見極めた。


「炎王クラスではないな。精々、四天王の補佐級か」


「じゃー、良いか」



 メイストームは、今度はネイキッドとオウザのすぐ近くに現れた。


「おい。あれが、5匹目だ」


 突如現れたメイストームに、反射的に攻撃を仕掛けかけた2人だが、彼らの手は、メイストームによって既に止められていた。


 そして勇者は愛弟子を崖から落とす。


「楽しんで来いよー!」



「うおおおおおおおおおおっすうううううう!!!」


「おおおおおおおお!!!!」


 勇者の蹴りを食らい、2人の体は谷を放物線を描きながら落下して行った。見事なドライブシュートだった。


 そして落下地点は、もちろん、あの竜の背中。


ポン


 意外ながら、2人は柔らかく優しく受け止められた。



「なんっすか、こいつ」


 大急ぎで竜の背中から離れ、距離を取り、オウザはネイキッドと相談する。


「分からない。有り得ない柔軟性だったな」


「それっす。まるで、スポンジっすよ」


「スポンジか」


 ネイキッドは、少しイメージが湧いた。


「燃やせるかもな。オウザ」


「了解っす」


 この時、オウザにはネイキッドの想像したものは伝わっていない。だが、ネイキッドが意味の無い事を言わないという信用がある。ゆえに、ネイキッドの言葉を全面的に信じた。


燃焼ロウガ!」


 動物魔法の一種、燃焼ロウガ。可燃物に働きかけ、対象の細胞運動を促進。場合によっては、燃える。



 今回は。


ボオッ!


 燃え、なかった。


 増えている!


「カビ?いや、コケっすかね」


「そのようだ」


 竜の見た目の大きさが、爆発的に増加している。今までの竜の形から、不定形の化け物の姿に。


 しかし、こうなれば。


 ネイキッドには、話が簡単になる。



「行って来る」


「がんばれっす」


 ネイキッドは相変わらずの素手のまま、巨竜に近寄った。



 自分は、器用な男ではない。ネイキッドはちゃんと自覚している。


 師匠のように、いくつもの天風を使いこなしたり、オウザのように天風、魔法の両方に天禀てんぴんがあるわけではない。


 天風も、たった1つしか使えない。それもメイストームさんのような最高の天風という事もない。



 グネグネウネウネうごめく竜の間近まで来て、呼吸を整える。



 それでも。


 1つで十分と、師匠には言われた。



 おれも、そう思っている。



ミ、キ


 ネイキッドの肉体が、大きくなった。これがネイキッドの唯一使える天風。「巨大化アズマ



バン


 一撃。またも一撃にて、体長60メートルにも達した竜は死んだ。



 その様を見ていたオウザには、よく分かった。


 巨大化アズマを用いたネイキッドの腕が、数百倍の大きさに変化。更に速度、重量共に同時に巨大化。竜は半径200メートルの大地を道連れに、圧死した。


 スポンジ、あるいはコケのような竜の肉体も、潰されればどうしようもない。恐らく通常の打撃なら無効化出来るのだろうが、巨大化アズマを使用中のネイキッドの拳は、いかなる生き物であろうと受けきれるものではない。



「ふう・・」


 巨大化アズマが切れたネイキッドは、通常サイズの肉体に戻った。


 天風は基本的に、使用者の気力と体力を消耗する。先ほど10秒間使っただけで、ネイキッドの体力の1割は削られた。単純計算なら、100秒で死に至る。まあ、そこまで使うのは未熟者だけだ。


 天風は、休み休み使うもの。そうヴェルグから教わっている。


 ヴェルグの天風もまた、瞬間火力を増幅するタイプ。常時発動していたなら、ヴェルグと言えど、スタミナ切れにおちいる。



 竜の元からオウザの待っている場所へと帰り、ハイタッチ。


「お疲れっす。3匹目は持って行かれたっすね」


「ゆずってくれて、ありがとな」


 ネイキッドも、もちろん知っている。


 多種多様なオウザの魔法をフルに使えば、先の柔らかな竜を破壊するのも造作ない事を。


 だが、一発目がオウザの燃焼ロウガだったので、次の番をネイキッドに渡してくれたのだ。


 オウザもネイキッドも、まだまだ実戦経験が足りない。そのために、こうして師匠達は修行を付けてくれている。



 ノルマを達成した2人は、形を残している4匹の竜をそれぞれ、谷から引っ張り上げた。数百トンにも達する重さではあったが、引きずって良いのであれば、問題無い。持ち上げろと言われると、難しくなるが。



 ヴェルグとメイストームは、谷の入り口にて2人の帰りを待っていた。


 王の兵の守護も兼ねて。



「では、荷台に積んでくれ」


「はい」


「うっす!」


 ヴェルグの指示通り、王城付きの牛車の荷台に載せる。流石に王城の牛車ともなると、モノが違う。


 6メートルの高さと数十トンの体重。それを支える強靭な筋肉と骨格。その牛が4頭立てとなった極上の牛車だ。


 荷台も縦50メートル、横幅20メートルからなる、王城でも屈指の超巨大台だ。


 巨大な竜でも、余裕で積み込める。


 積んだなら、兵らがロープでくくり付け固定。これで牛車が揺れても大丈夫。



 そしてネイキッド達の修行は、まだ続く。


 これだけ目立つ竜の死骸だ。野生動物、野生魔物の格好の標的になる。鍛えに鍛え上げている正規兵らが警護に付いていようと、必ず襲って来る。それだけのリスクを冒してでも、竜は食いでがある。


 それらから、兵を守る。



カア


「大ガラスだ。オウザ」


「ういっす!」


 荷台の真ん中、竜の上に座っているヴェルグの号令により、牛車最後尾で荷台を守っているオウザが、空からの敵に対応する。牛車最前列で牛を守っているネイキッドは待機。メイストームは御者ぎょしゃの後ろで寝ている。


 大ガラス。翼長8メートルの巨大鳥類。機会としてはかなり少ないが、いざ襲って来たなら、その知性の高さにより甚大な被害を受ける。こちらの武装と兵力が上回っていれば、滅多には近寄って来ないので、危険性としては低い。


 だが、獲物が大きい場合、子供と自分の栄養のために危険を承知で襲い来る事も稀にある。


 今回のような場合だ。



オ!


 急降下!カラスの速さは、ざっと時速200キロ。正規兵なら防御までは可能な速度だが、それでは手に負えない。


 だから、オウザなら、こうする。


拘束ラッカ!」


 植物魔法の一種、拘束ラッカ。一定範囲に植物のつるを張り巡らせ、相手の動きを封じる。普通は相手の足止めに使ったり、先に身動きを止めさせた相手を更にガチガチに封じるための魔法。


 オウザのように使う者は、あまり居ない。



 飛び来たカラスは、その速さに完全に対応され、翼と言わず首と言わず、全身を捕縛された。


 足止め、ではない。完璧な一発目での拘束。


 そして剣でトドメ。



 時間にして3秒間の出来事。あまりにもあっさりと片付けたオウザだが、一般兵が対応すると、倒すまでに数人を犠牲にしつつ数分がかかるだろう。10人規模で対応して、だ。


 オウザのようにピンポイントで拘束ラッカを当てられれば事は簡単だが、それはつまり、時速200キロで向かって来る物体を正確に捉え、やはり正確に的中させる必要がある。


 それを戦闘の緊張感の中、周囲の状況までを把握しつつ、実行する。


 とてもではないが、やれるものではない。


 だから、常人は集団を以って挑む。単独で敵わなくても、徒党を組めば何とかなる。



カア!!


 後続、というより、群れか。30羽ほどの大ガラスの集団が一斉に竜の死骸に向かって来た!


 この数。オウザが本気で魔法を使えば全滅させられるが、守備の兵も諸共もろともに全滅させてしまう。


「ネイキッド」


「はい!」


 ゆえにヴェルグは、ネイキッドに殲滅せんめつを命じた。



 使うのはもちろん、天風、巨大化アズマ



 右手を手首から先だけ10メートル大に肥大化。更に筋力を100倍に強化。


 この状態で、ただ右手を振る。


 カラスの群れを、上空で原型を留めぬレベルで滅した。


 だが、かなり大雑把に叩いたので、生き残りが4羽ほど。


「オウザ!頼む!」


「おうっす!」


 自分の巨大化アズマの巻き添えにしないために、オウザの魔法に巻き込まれないために、声かけ確認は絶対に必須。


 お互いがお互いへ、容易に致命傷を与え合える実力は持っているのだから。



 さて、オウザの出番だ。


 巨大化アズマから逃れられたのは、牛車の四隅よすみ付近の低空に位置していたカラス。もしネイキッドがこれを倒そうとしたなら、牛車ごと潰した恐れもあった。


 ネイキッドの堅実さに信頼を厚くしながら、オウザはオウザに出来る事をやる。



雷撃スピア!」


 全部で4つの雷が、狙い違わずカラスを撃ち抜いた。残ったものは、黒焦げに四散した死骸のみ。


 実際、魔法としての雷撃スピアの効力は、雷を生み出す事だけ。どこに落ちるのか。威力はどの程度なのか。そしていくつ作るのか。全ては術者の力量次第。


 雷を撃てはする程度の術者では、静電気ほどの攻撃力で、やはり静電気が発生したぐらいの時間の効力しかない。人間がもろに食らっても、あいた!で済む。


 4羽の大ガラスを焦げつかせ四肢を吹き飛ばした雷撃スピア。このレベルで使えるのは、世界に10人も居ない。



 守備兵はカラスの死骸をかき集め、自分達用の馬車に載せ、持ち帰る。兵のおやつにするのだ。



 その後。


 3週間弱をかけて、大イノシシや大グマなどの襲撃を防ぎつつ、一行は無事に王都に到着。狩り取った獣は全て、人間のかてになる。獣皮は鎧に。肉は栄養に。



 激突門をくぐると、住人の大歓声で迎え入れられる。牛車がここを出た時にも、期待の視線で見送られていたのだ。


 そして、肉の3分の1は、この場でバーベキューとなる。王兵の遠征の帰りには、必ず街の料理人が集まり、店舗ではなく大通りにて料理開始。国民に振る舞われるのだ。ちなみに、準備片付けが住民負担である代わりに、肉はタダだ。


 ゆえに勇者大通りの両脇はずううっと長いテーブルが敷き詰められ、牛車の通るギリギリまで椅子で埋まっている。



「皆!!!今日は大いに楽しんでくれよお!!!!」


 竜の死骸の上、牛車の最頂点で叫ぶ勇者の声に、全ての民衆が歓喜の叫びで応えた。




「本当に勇者だな」


 民に手を振りつつ、ヴェルグは、相変わらず良い顔を忘れないメイストームに苦笑する。



メイストーム!メイストーム!メイストーム!



 引きも切らない英雄への声援を聞きつつ、弟子達は師匠の背中を見ていた。


 人々の信と、それに全身で応えるメイストーム。


 あの男は、存在の全てが勇者。だから、人類でたった1人、勇者の称号と天風を持っている。


 そしてその横に居て、全く見劣りしない戦士。ヴェルグ。


 人類最頂点と並び立ち、戦い、生き残り、現在なお最強の戦士。



 ネイキッドもオウザも、自信はある。現時点で、己らもかなり強いと思っている。


 それでも目の前の2人には、まるで及んでいない。足元にも届いていない。


 たかが竜を狩っただけでお祭り騒ぎ。


 人々を幸せの渦に巻き込んだ。



 これが、勇者の器。



 目標は、遠い。

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