妖によって担ぎ込まれた保護猫(仮)
思う存分睡眠を貪り、目が覚めたら真っ暗だった。
いや、違った。目の前に真っ黒なものが居座っていた。
「えっ何!?」
流石にびっくりして跳ね起きると、真っ黒なものもピャッと飛び上がる。そのまましなやかに四つ足で走り出すのを見て、胸を押さえる。
「び、びっくりした。猫か……」
ほっとしてそう言ってから、いや待てと気づく。
「……ねこ?」
実家でもこの一人暮らし部屋でも、動物を飼ったことはない。お袋様が毛があちこちにつくのを嫌がる潔癖な部分もあったし、家族に特別飼いたがる人もいなかったのだ。友人から預かった覚えもない。
なんでいるんだと首を傾げる僕に、ギシギシと家が軋むような音と共に答えが返ってきた。
『オレらで保護したんだぞ!』
顔を上げると、天井からぼたぼたとチビ達が落ちてきた。鬼ばかりだと思ってたけど、最近は家鳴りや付喪神みたいな妖が混ざっている。どんどんモンスターハウス化している我が家である。
『寝る前にも教えただろー』
『家の前で倒れてたんだぞ』
『仲間を助ける思いやりは大事だもんな!』
「……」
ついに思いやりとか語り出したよ、この鬼たち。ひじょーに微妙な気分をため息で吐き出しつつ、僕は改めて猫に目をやった。縦に割れた金の目とばっちり目が合う。
「……」
「……」
無言で見つめ合う人間(男)と猫。なんの構図だろうこれ。
いや、さっきも言った通り、猫と関わった経験がないんだよね。どう接するのが正解なのかさっぱりわからん。
あと、一つ気になったことがある。
「……倒れてたって割には、元気じゃない?」
言われてみれば寝落ち前にぐったりしてた気がするけど、普通に四つ足で立ってるし、なんか弱った感じもない。毛並みもまあまあ綺麗である。
そう指摘すると、雑鬼たちはこてんと首を傾げた。
『確かになー』
『元気になったならよかったな!』
「……うん、まあね。それはそうと」
そういえば言うべきことがあったと、僕はチビたちに向き直り、精一杯厳しい顔を作った。
「今度から勝手に連れ込むの禁止ね」
『えー!?』
『なんでだよー!?』
「なんでじゃないでしょ、僕の家なんだから。ここペット禁止のアパートだから、大家さんに見つかったら叩き出されるよ」
そもそも、ペットを飼う知識なんぞ全くないので、普通に困る。命に責任が持てない。
と、ど正論で詰めると、雑鬼たちは一斉に首を傾げた。
『なあ、りょーへー』
「何さ」
『そいつ、猫じゃなくて、妖怪だぞ』
「……」
もう一度黒猫? に目を向ける。大人しく僕らのやりとりを見守るように佇んでいた猫は、目があっても怯える様子もなくじっと見つめ返してくる。ピンと立てた尻尾が微妙にふよふよ揺れてるのは可愛い……違うそうじゃない。
「……いや、どーぶつ連れ込みだってアウトなのに、ほんと何してんの」
流石に声が尖った。眉根を寄せてチビたちを睨みつける。
「君たちみたいに無害な妖ばかりじゃないなんて、言うまでもないでしょ。僕が寝てる間にそいつが襲いかかってたかもしれないんだよ」
見えるせいで狙われやすい身としては、なんで連れてきた、以外の感想があるわけない。大変な目に遭うのは僕だし、こいつらは僕を守るなんてことができるわけでもない。流石に無責任がすぎる。
と、珍しく本気でお怒りモードな僕に、チビたちは若干及び腰になったものの、懲りずに反論してくる。
『それは大丈夫じゃないかー?』
「なんで」
『そいつ、俺らより妖気が感じ取れないくらい弱っちいぞ』
『それこそ襲おうとしたら俺らで踏み潰せるくらいには弱いぞ』
「……」
眉を寄せたまま、黒猫に目を向ける。いつの間にか足を折りたたむように座っていた黒猫に意識を凝らすと、確かに妖気が……うっっっっっっすら感じ取れた。……いや、本当にうっすいな。
「君たちの妖気がまとわりついてるだけの猫じゃないの、これ……?」
『流石に同類かそうじゃないかの見分けくらいつくぞー』
『でもそう思うくらいうっすいよな』
『多分、なりたての猫又じゃないのかー?』
「尻尾は一本だけど?」
『割れてすらいない新米だな!』
「なるほど……?」
そんなことあるのか。いや、こいつらが言うなら多分間違いない……はず。なんか、ちょっと不安になるけど……。
そしてそう考えると、弱ってた理由は昨日のあの魔術のせいだと説明がつく。半分猫だから弱って倒れてるだけで消滅せず、半分猫又だから回復が早かった、ってことなのかな。
『だったら助けたほうがいいだろー?』
「うーん……いや、でもなあ」
渋るのは渋るけど、確かになんというか、扱いに困る。完全に猫じゃないなら動物病院に持って行くのも不味かろうし、微妙に猫又だから術者の皆様にお渡しするのも不味い気がする。そういう理由でチビたちが僕のところに連れてきたというのならば納得だ。
それに雑鬼たちで取り押さえれるレベルなら、一応の安全は確保できる、はず。たぶん。
「……ほんとーに、襲いかかってきた時はちゃんと対応するんだね? 僕じゃ対応しきれないからね?」
防御にせよ攻撃にせよ、魔術の構築を猫が飛びかかる速度より早くできるなんて自惚れは、僕にはない。普通に先にやられる自信がある。
そう言って睨みつけた先、チビたちはいっそ誇らしげに胸を張った。
『まかせろ!』
『俺たちだってやる時はやるんだぞ!』
「……うん、じゃあとりあえず預ろうか。眞琴さんが落ち着くまでくらいなら、なんとかなるだろうし」
なんかちょいちょい怪しいけど、まあ、短期間だけこっそりお預かりするとしますか。魔女様が諸々落ち着いてお店に戻ってきたくらいで相談すれば、この猫とも猫又とも言えない子をどうすればいいのかわかるだろう。
『おー!』
『よろしくなー!』
早速喜んで猫をもみくちゃにする雑鬼たち。猫の方はパニックになるでもなくされるがままだ。すごいな、僕なら悲鳴あげてる。
「とりあえず、大家さんにバレない方法考えなきゃ……」
なんかいい魔術あったっけ、と。ぼんやりとこれまでに習った魔術を脳内おさらいしながら、僕はそろそろ盛大に喚きそうな腹の虫を宥めるべく立ち上がり、冷蔵庫を覗き込んだのだった。




