知りたくないけど知るべき裏事情
戦況は、まあまあ拮抗しているらしい。
らしいというのは、なぜか知らないけれど、準備万端だった梗平君も困惑するレベルで、状況確認用の画面が役に立たない。あっちこっちの画面が、不定期に砂嵐と化してしまうのだ。
「……まただ」
「多いなー」
ダイダラボッチが空中コンボ食らってるのは確認できるし──あれほんと何?──、反対の街境で砕いては復活し砕いては復活しを繰り返しているガシャドクロも見える──こっちはこっちでほんと何?──んだけど、街中に近づけば近づくほど砂嵐がひどい。
「特にひどいのは北西だな。全くと言っていいほど状況が見えない」
「なーんにも見えないねえ」
いや、最初は福茂が行き着くところまで行き着いたようなファッションの、ファンキーな兄ちゃんって感じの鬼が暴れてるのが見えたんだけどさ。協力者が合流したって連絡が入ったあたりから、完全に画面が死んでしまったのだ。ごく稀に鬼たちの恐ろしい形相が見えるくらいで、戦闘がどうなっているのかもよく分からない。
「方向を違えた正体……南東の戦闘状況も、外部が介入しているせいか妙に画面が歪むな。眞琴の方に情報が入っていればいいんだが」
「判断もできないもんねえ」
「いや、基本外部には判断含めて完全に任せると言っていた。こちらも把握しきれていない戦力だから、その方が確実だろうと」
「……肝が据わってるというか、なんというか」
外部の人、そんなに信頼出来るのかな。いや、まあ、ダイダラボッチは普通にドン引きするけど。
「とはいえ、結界は安定して維持ができている。予想よりも地脈が荒れていない……というよりも、落ち着きすぎている」
「鬼が大暴れしてたら、魔王の襲撃みたいに瘴気が溢れたりしないの?」
「それも最低限に留められている。いっそ不自然なほどだな」
「そんなことある……?」
なんか変なの、と首を傾げる僕に、梗平君は少し黙り込んでから答える。
「……街全体の地脈に干渉し、都度流れを整える存在がいれば可能だ」
「…………もはや神様レベルでは??」
地脈って要は地球に干渉してるってことだ。そんなことが出来たら、それはもう人間じゃない。そもそも魔力がもたないはず……んんん。
「この間の、魔王の攻撃を防いだ人とか?」
ノワールならあり得る。普通にありうるし、魔力も足りるだろう。僕の中で、あの人は事実上、人間認定をしていない。
が、梗平くんは首を横に振った。
「当時の防御魔術は徹底的に魔力波動を暗記したが、その気配は感じない。別人だろう」
「別で地脈に干渉できる魔力と技術の持ち主がいるのかー……」
徹底的にノワールの魔力を覚えてるのもちょっと怖いけど、ノワールクラスの魔術師が複数いるという事実の方が怖い。
慄く僕に、梗平君はちらっと僕を見て、笑う。えっいきなり危険信号!
「先日眞琴が対応に追われていた案件と繋ぎ合わせると、ある程度の説明がつく」
「ストップ! それ以上は聞かない」
「涼平さんの危機管理は鋭いのか鈍いのか謎だな」
腕で大きくバッテンを作って拒否する僕に、梗平君は半ば感心したような声でそう言った。そして何も気にせず説明を始めたので、両手で耳を塞ぐ。
『この街を守護する聖獣が、とある魔術師の傘下についたらしい。聖獣は地脈を整える役割も担っているから、知識のある魔術師なら聖獣の力を借りて地脈を整えることも理論上可能だ』
「それはアウトじゃない!?!?」
魔術的に直接脳裏に解説されたけど、嫌がってる相手に無理矢理ヤバい情報を流すのは流石に許せるラインを超えてる。しかもこれ、念の為に僕が用意したテレパシー拒否の魔術もぶち抜いている。ほぼほぼ精神攻撃だ。
流石に声を荒げた僕に、しかし梗平君はどこ吹く風だ。
「貴方も知っておくべきだと判断した。くだんの魔術師に捕捉されると面倒なことになるぞ」
「……何で僕が?」
「これは噂程度だが、魔術師は鬼狩りでもある」
めっちゃくちゃ物騒な単語が聞こえてきた。マジで耳を塞ぎたいのに、こんな聞かなきゃまずそうな話ある?
「鬼狩りは読んで文字のごとく、鬼を狩ることを職務とする。他人事じゃないだろう、鬼使い」
「……いや、ほら。僕って安心安全、無害を売りにしてるので」
「その判断は相手次第だ」
世知辛い事実を容赦なく突きつけたのち、梗平君は小さく息を吐き出す。
「ただ、鬼狩りは基本的には冥府の所属だ。人間でも契約を結んで鬼狩りを行うことがあり、この街では曖昧ながらも職務の棲み分けをしている」
「曖昧なんだ……」
「妖も鬼も、人を襲う以上は排除しなければならないことには変わりがない。下手な線引きはかえって不便だからな。……問題はそこではない。冥府側の人間が、なぜ神獣と契約を結べたのかだ」
梗平君曰く、神話で冥府に下った神様が戻れなくなったように、神にとって冥府の汚れは毒なのだそうだ。よって、冥府の関係者と神様っていうのは、極力距離を取るもの、らしい。
「……謎だね?」
「それで一時期、本家が騒がしかったんだ。ちょうど一般開放の時期だな」
「え……あー……」
莉子さんの一件の時期だ。……つまり、その件でバタバタしてたせいで、このマセガキが店番をし、莉子さんに本を渡しちゃったわけである。タイミング悪すぎない……?
いや、まあ、あの一件を梗平君一人のせいにするつもりはないんだけど。それでもなんというか、モヤッとしてしまうのはどうしようもない。
「……ええと。それで、そのよくわからない契約者さんが、今回参戦してるってこと?」
「一応は、そうらしい。この件については眞琴も他の事情を知るものも口が重く、情報が流れてこないが」
「そっか。とりあえずそういう人がいることだけ覚えとくね」
それ以上家の事情について聞かせるなよと暗に念を押すと、梗平君は無言で僕を見上げる。
「何か?」
「……梗平さん。この百鬼夜行が終わった後だが」
何かを言いかけたところで。
パキン!
甲高い音ともに、魔法陣の側に設置していた魔石が砕けた。
「!」
梗平君が振り返った矢先に、もう一つ魔石が砕ける。それを見た梗平君がすぐ魔法陣を描き始める。
「少し多めに魔力を注いでくれ」
「了解」
下手な会話は邪魔になりそうなので、素直に魔力をしっかり注ぎ込む。ちょいきついけど、短期ならなんとかなるだろう。たぶん。
梗平君は僕の流した魔力も利用しながら魔法陣を描き込んでいく。その傍、スマホに手を伸ばして操作した。
『もしもし、梗の字? どうかした? 今あんまり余裕がないんだけど』
眞琴さんの声は、金属がぶつかり合うような甲高い音や、何かが爆発するような音を掻い潜るように聞こえた。まさか、戦闘中ってこと?
全体の指揮を行うのが眞琴さんの役割だと思っていた僕は、思わず息を呑む。聞こえたのか、僕の方に一瞬視線を投げかけ、梗平君は端的に告げた。
「南東部……駅前の保護魔術が一部強引に破壊された。おそらく建築物の被害が出ている。天逆毎の転生体との戦闘を確認してくれ」
それだけ伝えてさっさと通話を打ち切る。ついでパソコンを操作すると、南東の状況を確認し始めた。
「……は?」
戦闘の場から結構離れた駅ビルが、真っ二つになっていた。
「……どゆこと?」
「おそらくは、『あべこべ』の悪用だな。届くないはずの距離にある、切れるはずのないものを切っている」
「なんでもありかな???」
流石にそれが出来ては、防衛とか成り立たないだろう。ドン引きした僕に、梗平君はなぜか目を据わらせた。
「涼平さん」
「え、何」
「魔術師が、「なんでもあり」などという曖昧さや奇跡を認めるような発言をするのは控えろ。あらゆる事象を理外の理を持って理解し、実行するのが魔術師だ。可能なこと、不可能なこと、一見不可能に見えて理論上可能なこと、これらはきちんと区別すべきだ。あり得ないと現実を否定するのも問題だが、なんでも丸呑みするのも愚かしい」
「あ、はい、ごめんなさい」
何やら梗平君の心の琴線に触れてしまった模様。素直に謝った僕にため息をついて、梗平君は画面を見ながら魔法陣に魔力を注いでいく。
「今はとにかく、天逆毎の動きを止めにかかっているようだ。こちらからの干渉は難しいが、強度に応じて干渉してくるのだから、座標誤認など他の要素を入れて相手の異能を妨害する。時間稼ぎでしかないが、あとはあちらの仕事──」
──どおおおおおん!!
空が震えるほどの轟音が響く。とっさに伏せて頭を庇う姿勢をとった僕らも、大概慣れたものである。
「……今のは?」
「……」
梗平君が無言で上空の画像を出す。ずっと空中コンボを決められていたダイダラボッチが爆発したっぽい。うわ、真っ赤な血が降り注いでる。
「……あの血はいいの?」
「……瘴気の元だから、あとで浄化の必要はあるだろうな」
こないだの戦艦といい、協力者さんたちはもう少し後片付けに気を遣ってほしいなと思ってしまったのは、無理からざることだと思う。




