生還
結論として、普通に生きてた。
僕たちは勿論、街の術者さん達も死者0。ついでに、山の封印を維持する術者さん達の拠点と病院、ついでに知識屋もほぼ無傷。家屋は流石に木っ端微塵だけど主要建築物は被害軽微。
と、梗平君目掛けて飛んできた蝶型の式神が眞琴さんの声で梗平君に伝えているのを、僕は横で聞いていた。
「いやなんでやねん」
式神が役割を果たして紙切れに戻るのを眺めながら、僕は思わず福茂みたいなツッコミを入れた。
「……地脈に干渉した上で座標固定魔術を応用して街の人間全員の存在情報を固定、更に建築物も優先順位をつけている。魔術強度は尋常ではなく高いが、何故最初から防御魔術だけではない……考えられるのは魔術強度に不安があった、ないしは砲撃が連続で打ち込まれた場合に対応できるように余裕を持たせるため。いずれにせよ儀式級魔術の領域だ。必要な魔力量と準備は一体どのくらいの時間をかけて──」
ガン無視された、寂しい。
まあ仕方がない。なにせ梗平君ときたら、一連の防御魔術を見て生き残ったと実感してから今に至るまで、心も思考もどこか僕がとても追いつけないところまで吹っ飛んで戻ってこないのだ。
「ねー、そろそろこっち手伝ってくれても良くない?」
大惨事と化した魔術書魔導書の山を、誰もいないなら僕がやるしかないの精神で救出作業中である僕としては、この声かけはもう5回目なので戻ってきてほしい。
「──加えて攻撃魔術は魔力を足場にして魔法陣を構築していた。技術理論はおそらく20年前の魔法士協会から出版された魔術書だとして、今回その技法を利用したメリットは……考えうるのは現地術者による結界との干渉防止──」
「ダメだこれは」
しかし全く声が届いていない。なんかずっと呟き続けながら手近にあった紙になんか異常な文字数書き込んでるけど、声の方も文字の方も僕にはさっぱり理解できない。もはや外国語である。
やれやれと肩をすくめて、僕は渋々一人で終わりのない片付け作業を進めていく。……進んでいる、はずである。なんかやればやるほど汚くなってる気がしなくもないけど、多分。
3歩進んで4歩下がるような魔術書救出作業を延々と行なっていた僕と、意識を遥か彼方にすっ飛ばした梗平君。「不毛」というタイトルで飾れそうな有様だった僕たちは、結局強引に現実に引き戻された。
ボン! ボン! っと、何かが爆ぜるような音が響く。
「えっ、今度は何」
魔術書の山すぐそばにいた僕は、蒼白になりながらその場から飛び退いた。多分、間一髪。
ちゅどおおおおおおおおおおん!!!
耳が痛いほどの轟音と同時に、またもや大きく地面が揺れたのである。
「ちょっとお!?」
幸い魔術書の誘爆は避けられたようなので、安全地帯まで下がっていた僕は、そのまま頭を抱えてしゃがみ込む。
「今度は一体何事!?」
この一晩でやけに慣れてきた防御体制をとりつつヤケクソ気味に叫ぶと、流石に我に戻ったらしい梗平君からようやっと返事が来た。
「戦艦が爆破された」
「は?」
返事が簡潔すぎて、理解が少し遅れる。
戦艦って、要はさっきのとんでもない攻撃を仕掛けてきた、街の真上に浮かぶでっかいやつである。それが爆破されたということは、なるほどそりゃあ良かった?
「……いや、ダメじゃない?」
あんなでっかいのを街の真上で爆発させたら普通にまずいだろう。僕のツッコミに、梗平君も渋い顔で頷いた。
「あれだけの大質量、それも魔王の魔力砲を再現できる兵器を積載しているともなれば、落下の衝撃で一帯が吹き飛ぶ」
「ダメじゃん」
「幸い、魔女が予測していたようだ」
スッと指さされた先には、奇跡的に生き延びたパソコン画面。見れば、ボロッボロの戦艦は大量の文字の帯が巻きついた状態で浮いていた。
「眞琴さんの魔導書?」
「ああ」
そのまま戦艦がゆっくりと北の方へと移動していく。北には海があるので、浅瀬にでも着岸させるつもりかな。
「……あれ」
気づけば爆発音もほとんど聞こえなくなっている。更に、頭上の脅威も消え失せたとなると。
「え、もしかして、なんとかなった?」
これもしかして、防衛戦成功ってやつじゃなかろうか。
「……そのようだな」
どこか気の抜けたような梗平君の声を聞いて。
「はああああ」
でっかいため息をついた僕は、そのまま腰を落として大の字に寝っ転がった。
「あー生きてるって素晴らしい……」
「嘘から出た真だな……」
僕と梗平君からしみじみとした声が吐き出される。若干僕に呆れているような気配があるのは無視。ここでほら見ろなんとかなったでしょってドヤ顔してもいいんだけど、ぶっちゃけ僕自身が半信半疑だった。素直にホッとしておく。
しばしの間、生き延びたことを噛み締めていた僕たちだったけど、梗平君が一言で現実に引き戻してきた。
「さて。ならば片付ける、ぞ──」
言葉の途中でピタッと止まった梗平君の声に、こめかみにたらりと汗が伝う。
「涼平さん」
「……なにかな?」
「何故、襲撃でひっくり返った時よりも、散らかっているんだ」
妙に静かな声で聞いてくる梗平君の視線の先を追うと、さっきまで僕が一人奮闘していた魔術書魔導書の山がそこにはあった。
うむ、こうやって離れてみると、梗平君が言うとおり、片付け作業を開始した時よりも酷いことになっているのが良くわかる。
静かに頷いて、僕は厳かに答えた。
「ぶっちゃけ、僕にもわからない」
正直すぎる言葉に、梗平君は目をスッと細めた後、深々とため息をついた。
「……夜明けまでに、なんとか、現状復帰するぞ」
「で、できるかなあ」
「さもなくば、隠す隠さないに関係なく眞琴に悟られるだろうな」
「よーし、頑張るぞー!」
そのばれ方は、カッコつけが台無しにも程がある。腕まくりしてやる気アピールした僕に、梗平君は思いっきり呆れた様子でため息をついた。
……すでに台無しかもしれない。とほほ。




