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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第5巻
68/80

魔石と講義と迫り来る脅威と

 そもそも魔石とは何なのか。

 身も蓋もない疑問を口にした僕に、なんだかすごい残念なものを見る目を向けてきた梗平君が語り出した怒涛の講義をざっくりとまとめると、「魔力がたっぷりと蓄えられた石」で「魔術を補強出来る」らしい。


 自然界で偶然出来上がる魔力の濃い地域で、そこにある天然石に何百年とかけて魔力が蓄積することによって出来上がったのが魔石と呼ばれるそうだ。この世界はそもそも大気中の魔力が薄いので、めちゃくちゃレアで、当然目ん玉が飛び出るほど高い。


「つまりこれは眞琴さんのへそくりというか、箪笥貯金に近い?」

「その、気の抜ける例えは、どうにかならないのか」

 梗平君はじとりとした目で睨みつつも、僕の確認には頷いた。そして、すぐに視線を魔石に落として眉を寄せた。


「ここに保管されている魔石が緊急時用であることは聞いていたが……基本属性の魔石はまだしも、闇属性の魔石なんぞ、一体全体どこでどうやって手に入れたんだ」

「珍しいの?」

「希少性と金額で言えば桁が一つから二つ上がる」

「ひえ」


 ものすんごい高級品らしい。さすが知識屋でぼったくりじゃないかってくらい儲けている魔女様だ。……あと、この闇属性の魔石は、多分ノワールが関係してるんだろう。


「ちなみに、属性っていうのは色で見分けられる感じ?」

「ほとんどはそうだな。赤は火、青は水、緑は木ないしは地。四属性と5大属性と八卦という分類の差異によって誤差はあるが、おおよそは間違いない。迷う場合は、触れることで属性判定は容易だ」


 一つの質問にドバッと知識を降り注がれる。属性とか八卦とか、眞琴さんにあれだけ詰め込まれているというのに一切記憶に引っかからない単語が出てきた。僕は相変わらずの梗平君の博識ぶりに頬をひきつらせながら、促されるままに魔石に触れてみる。すると、ふわっと指先に触れる感触が、フル稼働中のストーブに触れるようなチリチリと痛みを伴う熱だったり、氷水に手を突っ込んだような冷たさだったり、乾き切ったグラウンドのようなカチッとした硬さだったりと、明らかに違う。


「あー……なるほど、はっきり分かるね」

「今触れた分は基本属性だが、闇と光は上位属性とされる場合が多い。あとは無属性というさらに希少な魔石もあるが、一生で出会うことはまずないから置いておく」

「そんなのもあるんだ……ええっと、じゃあこれは闇属性?なの?」


 言いながら触れた黒い魔石は、なんかこう、覚えがある感じの魔力である。さっきも感じた誰かさんの魔力にそっくりだった。ノワールの属性も闇だったので、なるほどこれが闇属性の感触なのか。


「そうだ。幸い、闇属性は空間魔術系統に優れている。結界の強化には最適だな」

「あ、そう言えばそんな事、眞琴さんが言ってた。空間と精神干渉系だっけ」

 ノワールの説明の時に、確か多分。曖昧な記憶を頼りに問うと、梗平君がしっかり頷いてくれる。

「もともと結界には空間掌握の特性が強い。眞琴もそのつもりで全て使えと言ってきたのだろうから、遠慮なく使うぞ」

「りょーかい」

「魔石による魔術強化の方法は──」


 ちなみに言うまでもないけど、この終わりのない講義の間も勿論状況は緊迫している。上空からえげつない爆音が立て続けに響いたり、地響きがとめどもなく聞こえてきたりと不穏さはどんどん増していると言って良い。だというのに梗平君は何やら妙なスイッチが入ったらしく、都度パソコンでチラッと状況を確認するだけして、後は延々と僕に講義を続けていたのである。

 このマッドサイエンティスト、ついに命の危機より知識の継承を優先させ出した模様。それでいいのか。いや、大人しく聞いていた僕も僕なのかもしれないけど。


 チビ(雑鬼)たちが一緒だったら今頃いびきかいて爆睡だろうな。そう自然と連想したところで、ふと心配になる。

「今更だけど、チビたち大丈夫かな」

「雑鬼のことを指しているのであれば、ああいう弱小妖怪は、身の危険を察知すると真っ先に逃げ出す。とうに避難を済ませているだろう」

「地震の前に飛び立つ鳥っぽいなあ」

「おおよそ間違ってはいない」

「そか。まあ、逃げてるならいいよ」

 ノワールとエンカウントした時みたく、心配して押しかけられてこなければ問題なしだ。そう続けた僕に、梗平君は少し目を細めたけど、何も言わなかった。


「──こんなものか」

 講義を繰り広げつつ、魔術を強化する作業をずっと進めていた梗平君が、ついにそう言った。ただでさえ細やかな魔法陣だったんだけど、今はさらにあちこちに書き込みがされている。僕が手伝う最初からこの細かさだったら、正直補助が追いついていたか怪しい。

「相変わらず、すごいねえ」

「そうでもない。眞琴の強化には遠く及ばない。──脅威に対してあまりにも付け焼き刃だ」


 自嘲の色を混ぜず、ただの事実を語るように梗平君はそう言った。でも僕は、そういう梗平君の拳が少し握られているのには気づいている。


「そっか」

 僕はそれだけ言って、ちょっと苦笑した。ここで同じように悔しいと思えない僕は、本当にどこまでも変わらないんだろうなと、自分でもそう思う。

「そんじゃまあ、最後まで目一杯頑張りますかね」

 だけどだからこそのんびりとした口調でそう返せば、梗平君は顔を上げた。へらりと笑って見せれば、はあっとため息をつかれてしまった。何故に。

「貴方は本当に……いや、いい。魔力枯渇ギリギリまでは注ぐぞ」


 言いかけた言葉の続きは深く考えるまい。大体想像がつくもの。緊張感がない、必死さがない、いい加減だ、エトセトラ。うむ、どれもこれもその通りであり、何秒後かに死ぬかもしれないからって変わることはない。というか多分、死んでも変わらない。

 よって、僕はへらりと笑ったまま、テキトーに空いた手で敬礼の真似事をした。


「あいあいさー」

「……本当に、気が抜ける……」


 梗平君がそうぼやいた瞬間、上空に集まりつつあった魔力が急速に収縮し、矢を引き絞るように鋭さを帯びていった。


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