危機
「拮抗が続いている」
梗平君が唐突に放った言葉に、僕は若干意識を現実に戻した。
「拮抗? 良い事じゃない?」
魔王軍とやら相手に、善戦も善戦である。僕の命運もかかっているので頑張って欲しいなと思ってそう相槌を打つと、梗平君は逆に眉を寄せた。
「良いわけがない。地力は確実に彼方が上だ。一気に叩かなければ勝ち目はない。それが出来ていない現状は、望ましくない」
「そういうもの?」
「魔力量が桁違いの相手と魔術の腕前を競っていると想定しろ」
「ああ……なるほどね」
どんなに工夫してても、ガス欠になったら負けだ。そりゃ、ガス欠前にどうにかしないとね、と納得して頷いた。
「ということは、こっちからどうにか動きたいなって状態ってことか」
「むしろ、いい加減勇者が出張らないと滅びる段階にきている」
梗平君がものすごく不穏な事を言った途端、ノワールとは異なる、ゾワっとする感じの魔力が頭上に膨れ上がった。その不気味さに、全身鳥肌が立つ。
「何が──」
起きているのか、という言葉を続けるより先に、ものすごい轟音が響き、地面が激しく揺れた。
「うわっ!?」
「っ」
床に倒れ込みかけたのをなんとか堪えて、慌てて魔法陣を確認する。梗平君が息を詰める音が聞こえたけど、魔法陣はちゃんと魔力の流れを維持していた。ほっと胸を撫で下ろす。
「……涼平さんを巻き込んだ甲斐があったな。貴方の魔術維持技術がここまで伸びていたとは」
「え、なんか役に立ったの今」
全くそんな感じはなかった。率直に言うと、梗平君はすんっとした顔になった。
「状況が許せば一から講義をしたいところだ」
「げっ」
「生憎と、その余裕はないな。……魔王が攻勢に出たか」
梗平君がそう呟くとほぼ同時、僕のものではないスマホが着信音を奏でた。梗平君がスッと指を滑らせて応答する。
「何だ」
『梗の字、状況が悪化した。建物にかけてる保護結界、強度上げて』
眞琴さんの声だ。こんな緊迫した声音は、僕は初めて聞く。
「無理だ、魔力が保たない」
『部屋にある魔石はいくら使っても構わないから。梗の字に可能なだけ強度上げて』
梗平君の反論も押し潰すように返して、それ以上何も言わせないように通話が切れた。やり取りもいつもより乱暴だ。的確に言葉で追い込んでくるいつものやり方じゃない。
「……まずい感じ?」
「街の外れに砲撃が撃ち込まれた」
血の気が引く、なんて言葉を体感するのは初めてだ。
「そ、れって」
「幸か不幸か、襲撃先は街の守護者達も不干渉の特殊地域で、被害も軽微なようだが。この一撃で終わりと考えるのは楽観が過ぎる」
そう言って、梗平君は僕に見えるようにパソコンの向きを変えた。
「魔王の戦艦に、戦略級魔術レベルの魔力が蓄えられつつある」
画面に映し出された、空を埋め尽くすような巨大な戦艦を僕に見せながら、彼は言う。
「──標的は、この街そのものだ」
戦艦の腹から突き出した異様に大きな大砲が、この街を貫くようにその口を向けていた。
言葉もなくそれを見つめる僕を、梗平君は静かに見上げる。
「……強度を上げたところで、たかがしれている。それでも何もせず放棄することは許されない。──眞琴は、そう判断を下した」
真っ黒な瞳が、僕の奥の奥を覗き込んだ。
「涼平さん」
一瞬の沈黙。
「貴方は、どうする」