襲撃と救援
なんて、呑気にしていたのが悪かったんだろうか。
ガシャン! とガラスが割れるような音が鳴り響いた。
「!」
「なっ、何?」
梗平君が機敏に振り返る。音と梗平君の動きにびっくりして肩を跳ねさせるた僕のことは綺麗に無視して、彼はすぐに立ち上がった。
「梗平君?」
「結界の起点を割り当てられたらしい。襲撃だ」
「げっ!?」
つまりあのばかでかいシロアリが襲ってきたというわけか。悲鳴をあげた僕を尻目に、梗平君は険しい表情で入口の方を睨みつける。
「……ちなみに梗平君、戦闘のご経験は」
「ほぼ皆無に等しい。涼平さんは」
「バイクで逃げるの一択です」
ですよねー、という顔をお互いに見合わせる。僕らの共通点は、戦えないタイプの魔術師だということだった。いやまあ、戦える魔術師の方がレアらしいけども。
ともかく、おかげで割と詰んでいる。
「……結界を張る。時間稼ぎ中に救援が来ることを期待するしかない。涼平さん、この魔法陣の維持は任せる」
「えっ」
立ち上がった梗平君の言葉に面食らう。が、僕の返事を待つ余裕はないらしく、梗平君はさっさとお店へと出ていった。
「うわっ、ちょっ、まっ!?」
そしてずしっと全身が重くなる。うわ、待ってこれ、魔力がズルズル持っていかれる!?
咄嗟に両手をついて土下座もどきの体勢になり、僕はなけなしの意地をかき集めて魔法陣に持っていかれる魔力の量を調整する。魔法陣の維持に必要な分だけになんとか絞った僕は、頭だけ持ち上げて梗平君の様子を伺った。
「キシキシキシ!」
耳に響く鳴き声を出しながら入ってきたシロアリは、眞琴さんが張り巡らせている魔術防壁のおかげで本棚を薙ぎ倒せずにいた。苛立った様子を見せるシロアリは、姿を見せた梗平君をぎろりと睨みつけた。
「キシャー! ……!?」
勢いよく飛びかかってきたシロアリは、けれど梗平君のところより手前で見えない壁にぶつかったように止まる。
シロアリが鎌のような足を振り上げた。勢いよく叩きつけられ、ビシッと何かが──梗平君が張り巡らせた結界がひび割れる音が響く。
「……っ」
舌打ちをこぼした梗平君が両手を掲げた。魔力を注ぎ込んで結界のヒビが修繕されるが、その度にシロアリが足を叩きつけ、またヒビをが入る。
その攻防に、僕は固唾を飲んだ。これ、時間稼ぎ出来るんだろうか。
梗平君はただでさえ今、僕が支えている防御魔術で魔力を少なからず消耗している。こんな勢いで結界の修繕を繰り返していたら、あっという間にガス欠になってしまうはずだ。
とはいえ僕も魔術の維持で目一杯、これ以上は何もできない。魔術の並列起動なんて超絶技巧は持ち合わせてないし、そもそも魔力が絶対に足りない。
とかなんとか思っている間に、結界のひび割れ修繕が徐々に追いつかなくなってきている。梗平君がジリジリと後退りを始めていた。
(え、マジでやばくない?)
救援よ、今すぐきてくださいお願いします……!
なんて、僕らしくもなく神妙に祈ったのが通じたのか。
『風刃!』
まだ幼さの残る高い声が、凛と響いた。
ものすごい魔力の高まりを感じた次の瞬間には、シロアリがざっくりと二つに分たれた。
「え」
戸惑いに小さく声を漏らしてしまったことにも気づかず、僕はシロアリが塵となって消えて行くのを呆然と見守っていた。
「残党はいないか」
先ほどの声が問いかけてきた。呆然としたまま声の方へと視線を動かすと、まだ小学生くらいだろうか、小柄な女の子がまっすぐ立っていた。
(……この子、が?)
あの、空恐ろしい化け物を一撃で倒した、のだろうか。
(いやしかも、魔力めちゃくちゃ多いな!?)
ノワールで慣れてなければ腰が引けそうな魔力圧をビリビリと感じる。何、この歴戦の戦士見たいなド迫力。あんな女の子が放っていいものなのだろうか。
「……ああ」
同じく気圧されているのか、梗平君がやや掠れた声で肯定する。それに対して、女の子は頷いたようだった。
「妖よけの結界を残しておく。ただしあまり強度は高くないし、幹部級の妖どもも現れている。安全地帯への避難を勧める」
声音に似合わない口調でそれだけ告げると、女の子はあとはこちらに見向きもせず去っていった。
「…………」
その背中を、梗平君はずっと見つめたまま佇んでいた。




