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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第5巻
63/80

避難誘導

 梗平君にしれっと巻き込まれたわけだけど、今更逃げることも難しい。


 一度魔力を注ぎ始めた魔法陣から離脱するのには、結構手間がかかる。魔力を注ぐのをやめても魔法陣が維持できるように、他の魔力との反発を……長くなるので省略。注ぎ始めるのは一瞬なのに、この面倒くささはなんだろうね。

 そしてそんな手間のかかる作業を、梗平君が見逃してくれるわけがない。普通に途中で止められるだろう。


 というか、そもそもこの場で梗平君を見捨ててスタコラ逃げられるほど、僕は非情にはなれない。

 ……もっと言うと、すでに外は魔王軍があちこちにいる危険地帯。逃げた方が早く殺されるんじゃない? まであるんだよね……。


 世の無情を遠い目で嘆きながら、僕は粛々と魔力を注ぎ続けた。恨むなら隣の呼び出し犯なんだけど、魔女様のご命令とはいえ自らこんなところで命懸けで頑張っている中学生に文句は言いづらい。なんというか、これに関しては眞琴さん、容赦ないなあという気持ちである。魔術師に年齢はあんまり意味がないとは言ったってさあ……。


「眞琴が外部に応援を要請したようだ」

 無言で魔法陣を維持していた梗平君が、唐突にそう言った。

 僕が視線を向けると、傍のノートパソコンを覗き込んで眉を寄せている。どれどれ、と僕も覗く。


「え、何このマッチョ集団……?」


 やたらとムッキムキの筋肉を引っ提げたおじさんたちが、なにやら笑顔で作業を行なっていた。この地獄みたいな環境と満面の笑顔が似合わなさすぎだ。


 ドン引きの僕に、梗平君が淡々と説明してくれる。

「街路整備を引き受けた術者だそうだ。避難経路の誘導と整備を受け持つらしい」

「それはすっごいけど、なんでマッチョなの?」

「……。戦闘もこなす術者集団だと、こういうこともある」

 梗平君がこんなにも言葉を濁すの、僕初めて聞いた。


 そういえば、学祭でマッチョ自慢の集団来てたな……いやいや、まさかね。


 頭によぎった予想は振り払って、僕は現実的な疑問を口にした。

「あのさ、梗平君。避難誘導っていうけど、どうやって? 大パニックじゃない?」


 当たり前だけど、この街は基本的には妖が見えない一般人がほとんどだ。魔王とその仲間が襲いかかってくるなんて非日常への耐性なんてあるわけがない。誰しもがパニックになるか、スマホで撮影して面白半分でネットに流すかのどっちかだ。

「そもそも逃げてる途中に襲われるんじゃない?」

 そしてそんな一般人を守って避難誘導なんか、出来るのだろうか。僕でも今から逃げるのは諦めたのに。


 そんな気持ちを乗せつつ尋ねると、梗平君は無言でパソコンを操作して画面を切り替えた。


「福茂?」

 悪友その一が綺麗に舗装された道路を歩いている。特に何かを気にする様子もないし、実際に周囲には何か危険そうなものは一切見当たらない。

 そして福茂の周囲には、同じように緊張も恐怖も全くない顔をした人々が、思い思いの移動手段で全く同じ方向へと足を進めて行く。


「……何これ」

「先ほど言った通り、誘導だ」


 気味が悪い。まず思ったのはそれだ。

 明らかに普通じゃない状況の中、ごく普通に、それこそ学校や仕事に向かうかのような足取りで進んでいく人々。その異常さが気味が悪い。


「意識の誘導と、軽い暗示で、今が平日の活動時間帯だと錯覚させている。さらに目的地を避難地帯だと思い込ませている。涼平さんでも時間をかければある程度は可能だ」

「……そっかあ」


 なんの気遣いもなくこれが魔術師に出来ることだと突きつけられた僕は、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「もっとも、これは魔術ではないが」

「え?」

「術式──いわば、眞琴の実家が扱うような、日本古来の代物だ。魔術とは理論が異なる」

「へー。日本の術者さん? でいいのかな」

「そうだ。さらに、これほど違和感なく意識を誘導できる──それも街の住民全員となると、使い手はかなり優秀だな」


 梗平君の追加解説になるほど、と頷く。言われてみれば、暗示誘導ってもっとこう、不自然にふらふらしたり虚な感じになったりしがちなはずだ。あと当たり前だけど、街中の人間に魔術行使なんて僕にはとても無理。すごい人が手伝ってくれているらしい。


「……後の苦労より今を取ったか。眞琴らしい」

 独り言のような小声は聞き流して、僕はもう一つの疑問について聞いてみる。


「それで、襲われないのはなんで?」

「妖よけの結界を経路に張った上で……何かが襲撃している妖を誘導しているようだな」


 そう言って示された画面に写った光景に、僕は危うく魔法陣から手を離しかけた。


「えっ何このキッモいアリ」

「……魔王の眷属だ」

「うへぇ……」


 なんだか梗平君が困ったものを見るような目を向けてきたけど、数メートル越えのシロアリはキモくてドン引きするのがフツーではなかろうか。


「本題が逸れている」

「あーえっと……うわ本当に誘導されてる」


 誘導している張本人の姿は見えないんだけど、なんか一定の方向に行こうとしたアリが不自然に行き先を方向変換していくのがはっきりわかった。線を引かれたように避けていくので一目瞭然だ。


「魔王の眷属って誘導できるんだ……」

「眷属を上回る脅威か、妖を誘導する魔術か術式かがあれば可能だ。後者が扱えるのも十分な特記戦力だが」


 淡々とした梗平君の解説を聞きながら思う。実はこの街、普通に見せかけておっかない存在が僕の想像以上にゴロゴロいるっぽい。怖いなあ、もう。




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