魔王とは
「……まおう?」
キテレツな単語を超真面目に口にした梗平君と向き合いつつ、僕の脳内に二つの選択肢がよぎる。
ひとつ、年齢的にぴったりな、有名かつ重篤な病。
ふたつ、魔術師としてなんらかの幻覚を見せられている。
「……どちらでもない」
じっとりとした眼差しの梗平君にはっきりと否定された。心を読まれたことはともかく、どっちも不正解だなんて、そんな馬鹿な。
「ええ……いや、マジで……?」
僕はこれでも生まれつきチビたちが見えて、交流を重ねる中で妖について教わり、魔女様には魔術を教わり、果ては異世界なんていうトンデモが実在することまで思い知った身である。
世の中「まさかそんなことが」が溢れていることは身をもって知っている。
けど、それでも言わせてほしい。
「いくらなんでも、とんでもがすぎない?」
「異世界も異界も知識があるのに、魔王の実在は知らないのか。本当に眞琴はどういうつもりなんだ」
「別にどれもこれも僕は欲しかったわけじゃないかなーって……いやごめんなさい、なんでもないです」
じっとりから冷ややかに変わった梗平君の視線を受けて、僕は思わず背筋を伸ばした。
「はあ……」
梗平君がふかーいため息をつく。
「世界における悪意の集合体が魔王だ。殺戮、破壊衝動を核とする人ならざる存在。生きるために人を食べる妖とは異なり、衝動や快楽のままに人を壊し、世界そのものを破壊し尽くす。それが魔王だ」
「おっかないなんてもんじゃないんだけど……?」
なんでそんなものがこの世に存在するのか。適切な言葉が思いつかないくらいおっかない。
ドン引きする僕に眉を寄せて、梗平君は大人びたため息をつく。
「創造するものが在れば破壊するものが在るのは世界の摂理だ。多重世界のバランスを取るための調整装置は幾重にも構築されているが、魔王はその中でもバグに近いために増殖をしやすい。だからこそ、世界には勇者が配置される」
「あ、うんごめん僕が悪かった」
しまった、こうなった梗平君は止まらない。そして僕は既に話について行けていない。
情けないという勿れ、これを初見でツルッと理解できる現代人とかいないでしょ。
「それでその魔王とやらが、うちの街を攻撃してるってことか」
よってやや強引に話を引き戻した僕は、改めて現状の不可解さに首を傾げざるを得なかった。
「え、なんで?」
「理由は無い」
「無いの!?」
「言ったはずだ、ただそこに在るだけで破壊を振り撒く。それが魔王だ」
「ええ、理不尽すぎる……」
そんな理由でうちの街滅びかけてんの、と愕然とする僕に肩をすくめて、梗平君は淡々と説明を続けた。
「当然だがこちらとしては大人しく滅ぼされるわけにはいかない。よって眞琴は現在、この街を守護する術者たちの指揮にあたっている」
「おお、さすが魔女様」
「……」
ちょっと色々と答え合わせ出来そうな発言は、全力でスルーした。またもやアホの子を見る眼差しが突き刺さるけど、すっとぼけた顔をなんとか維持する。
少しして、諦めたらしい梗平君が魔法陣を指差した。
「……そして俺は、その指揮系統の一環として、街の建造物の守護を任されている」
「なるほど」
うん、話がやっとこさ繋がった。
つまり、この魔法陣は魔王の襲撃から街を守るための防御魔法陣ってわけだ。
「……いや、すごすぎない?」
このマセガキ、対魔王に有効な魔法陣作れるの!?
改めて規格外がすぎる若い魔術師さんは、僕のびっくり顔を見て口をへの字に曲げた。
「不完全な代物だ。街一帯に作用する魔法陣の構築と維持だけならともかく、魔王の率いる眷属の軍勢による攻撃を防ぎ切るには強度が足りない。破壊の速度を遅らせるのが精一杯だ」
「……」
おや珍しい拗ねた顔してる、と和むべきか。いやいや十分とんでもないんですけど、とドン引きするべきか。
つい迷ってしまったものの、場の空気を考えてとりあえず曖昧に頷いた。
「うん。えーっと……とりあえず、僕は何をすれば……?」
このやたらと複雑で細かい魔法陣を前にして、魔術師見習いが呼ばれた目的はなんなんだろう。
ぶっちゃけできることと言ったら──
「魔力を注いでくれ」
──案の定のお答えだった。いや、うん、それしか出来ないよねって思ったとも。
「りょーかい」
素直に頷いて、魔法陣の外側で床に膝をつく。手をかざして魔力を注ぐと、魔法陣の明りが少しだけ増した。
よしよし、ちゃんと魔力は注げている模様。
「……問題はないようだな」
「うん。ところで、これどのくらいやるの?」
「魔石も預かっているが、緊急用の予備だ。基本的には自前でなんとかする」
「……足りる?」
僕の魔力でこの規模の魔法陣に供給できる量なんて、たかが知れている。魔王軍とやらの侵攻を防ぐ間──そもそも防げるの? どうやって??──、ずっと保てるのだろうか。
ちょっと、いやかなり心配して尋ねた僕に、梗平君は淡々と返した。
「そもそも、魔王の破壊活動に勇者でもない術者が抗える可能性は極めて低い。そして勇者やそれに類する能力を持つものが駆けつけるのは、街が一つ二つ滅びてからだ。今やっているこれは、時間稼ぎでしかない」
「……」
「眞琴としては、一般人を可能な限り避難させたいのだろう。せめて避難誘導がかろうじて行える程度には街道を維持したい、という思惑だな」
「…………」
うん。なるほど、時間稼ぎね。
僕は、魔力を注ぐためにかざしているのと反対の手を、そっと上げた。
「……梗平君や。もしかしなくとも、僕を巻き込んだの、眞琴さんの指示じゃないよね?」
「使えるものを全て使って守れ、というのが魔女の指示だ。俺を任された采配権の範囲で使えるものを呼び出したまでだな」
「そっかー……」
このクソガキ、僕を時間稼ぎの撤退戦に巻き込んで避難から外してくれやがった。
嘘でしょ……。




