不穏な呼び出し
その日の帰り道は、何かがおかしかった。
いつも通り店じまいをして、いつも通りバイクを押して帰っていた僕は、はてと首を傾げた。
「……チビたち?」
なんとなく呟いても返事がこない。ちょっと意識して気配を探っても、どこにも感じ取れない……というか、息を潜めているような、そんな感じ。
「なんだろ……いやだねえ」
思わず声が漏れる。いつもの騒がしいチビ達がいない、それだけなのに、やけに街の空気が気味悪い。夜になっても残る暑熱が、べたりと肌に張り付いた。
これはさっさと帰ったほうがいいなとメットを被り直してバイクに跨ったその時、スマホの着信音が大きく響いた。ちょっと警戒していたせいでビクッとしてしまう。
一応周辺を確認した僕は、バイクに跨ったままでスマホ画面を確認する。梗平君だった。
……いやな予感がした時に魔術師からの連絡は、ちょっと不穏すぎない?
そう思えど、ここで出ないという選択肢もなし。僕は画面に指を滑らせて電話に出る。
「もしもーし?」
『すぐに店に戻ってくれ』
メットのインカムで話しかけると、梗平君から端的すぎる指示が飛んできた。戸惑って黙り込んだ僕に、畳み掛けるように続ける。
『詳しい事情は後だ。貴方には手伝ってもらう。眞琴からの指示だ』
「……りょーかい」
魔女様からのご命令とあらば致し方なし。僕は車体を反転させてアクセルを蒸した。
***
「や、さっきぶりー」
「……。貴方に緊迫感というものはないのか」
帰り道も半ばからバイクを飛ばせば、知識屋はすぐだ。
ガレージにバイクを置いて中に入った僕を出迎えたのは、無表情ながらなんともいえない目で僕を見て来るマセガキだった。
「失敬な。なんか変だなー気味悪いなーちょっといつもと違う感じだなー、くらいは察しているとも。けどだからと言って、僕がビクビクしたところでどーにもなんないでしょ」
「……本当に、殺されても死ななさそうだ」
呆れ切った声で呟いた梗平君は、けれどそこで着いたため息と共に、到着時から漂わせていたピリピリした空気がちょいと和らいだ。うむ、これぞ年長者の威厳というものである。
「それは違う」
「何故に」
「本題に戻す。俺と涼平さんの仕事は、ここで防御魔法陣の強化と維持を続けることだ」
人の心を読んで否定しておいて強引に話の主導権をぶんどっていったこの子、本当に中学生なんだろうか。そんな疑問は仕方なく棚上げにして、僕は梗平君の説明に首を傾げた。
「防御魔法陣?」
「こっちだ」
くるりと背を向けて歩き出した、とことん説明の足りない先輩魔術師の後を追う。何が何やらさっぱりなんだけど、とりあえず僕はものすごくナチュラルに梗平君のお手伝いをさせられるらしい。
従業員用の部屋に入った僕は、目に飛び込んできたそれに思わず目を丸くした。
「わーお、でっかい」
「…………。そうか」
梗平君がものすごくもの言いたそうなのになんて言っていいのかわからない、って顔で僕を見てる。うん、ごめん。今のは僕が悪い。
改めてそれ──部屋の床一面に広がった魔法陣に目を向ける。見てるだけで目がチカチカしてくるくらい細かい文字や紋様が刻まれた魔法陣は、うっすら光って明滅を繰り返している。
「何の魔法陣か分かるか」
「……一週間くらいくれれば?」
「解析しろとは言っていない」
同じじゃなかろうか。そんな思いはもろ顔に出たらしくて、梗平君がすっと目を細める。
「数ヶ月前にこのあたりは学習させたはずだが」
「……そうだっけ?」
うん、ごめん。アホの子を見る目は甘んじて受け止めるけど、僕の頭はそこまで記憶力抜群じゃないんだよね。
「……はあ。全ての魔法陣の仕組みを割り出すのは解析だが、主要な紋様や形状から魔法陣の系統を読み取るのは魔術師の基礎技術の一つだ。魔法陣系統学習はしていないのか」
「君が僕の教育に参入してからその辺りもぎっちりやったとは思うけど……えーと、あっちにこの模様でこっちにこの文字だから……防御かな?」
「そうだ」
おお、当たった。万が一用に身を守る魔法陣はいくつか叩き込まれてるけど、それに似た感じだったんだよね。なるほど、読み取りってそういうことね。
……じゃなくて。
「……こんなでっかい防御魔法陣、どしたの?」
「俺が組んだ」
「わーお、まじか」
うむ。このマセガキ、本当に魔術師としての腕前はとんでもない。こんなでっかいの、僕だったら手描きでもまず無理だし、そこに魔力を通して発動させるとかもっと無理だ。他人に魔術教育しながら維持するまできちゃうと、もはや意味がわかんないレベルである。
……いや、そうでもなくて。
「これ相当でっかい範囲に効果あるよね? なんのために?」
最初はお店用かと思ってたんだけど、それにしてはデカすぎる。そして知識屋からそんな広範囲に防御魔法陣を広げる理由は何なのだろう。
僕の問いかけに対する梗平君の答えは、あっさり目に投下された。
「街を守るためだ」
「えっ」
待って、今めちゃくちゃ不穏な台詞吐かなかった?
ギョッとして振り返った僕に、梗平君はあくまで真顔で続けた。
「魔王が、この街を襲っている」




