マセガキと友人と
そんな物騒な情報とは裏腹に、夏休み期間の知識屋は去年から少し変化はありながらも、概ねのんびりと運営をしていた、んだけど。
「おや、梗平君お久しぶり。今日はお店番?」
「今朝、急に連絡があった」
やや憮然とした様子でのお返事通り。8月も中ばになって、久々のおませなマッドサイエンティストが、知識屋の臨時店員として呼び出されていた。
「あ、今僕のスマホにもメッセ入った。眞琴さん急用かな」
「家のほうがざわついている」
「おや、それはお疲れ様だね」
何やらお家の方が忙しいらしい。よもやノワールの暴走じゃないかと一瞬疑ったけど、それなら確実にでっかいニュースになってるはずなので、多分別件だろう。
「……」
「ん?」
「……いや」
何やら無言で僕を見上げてきた梗平君に首を傾げるも、首を横に振って返された。……藪蛇っぽいな、知らん顔しとこ。
「それじゃあ、裏をお任せでいい? 今日は表の整理してくれる子が来る予定だし」
「……いい加減、店の整理整頓くらい自分たちで出来るようにならないのか」
「あはは。それはほら、人には向き不向きってものがあってだね」
思い切り笑って誤魔化す僕にため息をついて、梗平君は裏の担当をしてくれることになった。
若干がっかりした顔をする失礼なおじさん達を営業スマイルで接客しつつ、人が途切れるタイミングでは魔術書を読んでお勉強。いつも通りだけど、眞琴さんに課題として出されたスッキリ涼しい魔術がなかなか小難しくって習得できてないので、いつになく真剣に勉強していた。
「……うわ、珍しいところを見たわ」
「お? おひさしぶりだね、薫さん」
眞琴さんのご友人、薫さんだ。さっと魔導書を閉じて立ち上がると、何やら珍獣でも発見したような顔をしていた薫さんが軽く手を上げて挨拶を返してきた。
「嘉瀬くんって勉強することもあるのね」
「いやあの薫さん、僕これでも大学生……」
「バイトか遊びにかまけた放蕩学生だとばっかり」
ど直球にそんなことをおっしゃる薫さんに、僕は引き攣った笑みを返すことしかできない。
「いや、うん、まあ……全単位落とさないくらいには、僕って真面目に勉強してるよ……?」
「要領がいいだけだと思っていたわ」
薫さんが僕の外部評価を的確にまとめ上げてくる、辛い。乾いた笑いで誤魔化した僕は、勝ち目のないやり取りから早々に撤退して本題に入った。
「そ、それじゃあいつも通りよろしく。ごめんね、眞琴さんは急用みたいでさ」
「連絡来てるわ、いつもの実家でしょう。そんなことより、いい加減この片付かなさをどうにかしてよね、全く……」
呆れ気味に文句を言う薫さんのお言葉はごもっとも。そろりと目を逸らしつつ、僕は両手を合わせて掲げてみせた。
「いつもほんとーに助かってます! ありがとう!!」
「……嘉瀬くん、あなた本当にそういうとこよね。眞琴も眞琴よ、全く……」
ふかーくため息をつき、ぼやきながらも薫さんはサクサクと整理整頓をしてくれた。
「ところで嘉瀬くん。最近、眞琴とはどうなの?」
「へ?」
いつもサクサク仕事を終えてサッと帰る薫さんには珍しく、作業をしながら僕に雑談を振って来た。眞琴さんがいるなら別だけど、僕だけがいる時には初めてじゃなかろうか。
「え、急にどーしたん?」
「質問に質問で返すのはどうかと思うけど」
「そりゃ失敬。けど聞きたいことが読めないなーって?」
どう、と聞かれてもなんと答えればいいのやら。薫さんがどういう意味で聞いてるのかわかんないと答えようがないぞと指摘すると、薫さんは何故か思いっきり顔を顰めた。
「……それはわざと惚けているの?」
「え、割とガチ……なんだけど……」
言いさしたのは、薫さんの視線が言葉途中で突き刺さったからだ。え、ちょっと怖い。
「……今、眞琴、忙しいでしょう」
「あー、そうみたいだね」
「もともと眞琴のお家って色々複雑みたいで、あれで結構苦労してるのよ。普段は我が道を行くって感じだけど、お家ではそうもいっていられないことも多いみたいで」
「……ふーん」
まあ、うん、いろいろ大変そーだなとは僕も思ってるけども。
「私も眞琴にはいろいろと助けてもらっている訳だし、力になりたいとは思っているんだけど。私には絶対踏み込ませてくれないの。一度ここのバイトとして雇ってくれないかって言ったけど、片付けだけで十分助かっているからって断られちゃったし」
「……」
「でも、嘉瀬くんは違うでしょう? だから」
「薫さん」
なるべく穏やかに口を挟むと、薫さんはすぐに言葉を止めた。少し気まずそうな顔をしているところを見ると、一応踏み込んでる自覚はあるっぽい。この辺りは眞琴さんのお友達だなって思いつつ、僕は眉を下げて笑って見せた。
「ごめんね。その質問には答えられない」
「……貴方」
「眞琴さんは、いい友達を持ったなーって。僕からはそれだけ」
「……そ。分かった」
ぶっきらぼうに言うと、薫さんはいつも重たげなショルダーバッグをさっと担いだ。
「じゃ、帰る」
「いつもありがとー。またよろしくお願いします」
「また、を無くしなさいよ、いい加減……」
「あはは」
形式通りのやり取りを交わしてから、薫さんは出て行く。その背中を見送ってから、僕はカウンターの中に戻った。さ、魔術のお勉強しよっと。




