怖い人と怖い世界
「ふー、今日もお疲れ様でしたっと」
閉店時間に独り言がてら店じまいをしていると、眞琴さんがなんだか難しそうな顔をして奥から出て来た。おや何かあったのかなと、作業の手は止めないまま視線を向ける。
「何かトラブル?」
「ううん、店の方は順調。ただ、ちょっと気になる情報がね」
「……難しい話?」
だったら聞かないぞと暗に示した僕に苦笑した眞琴さんは、けどそのままにっこりとお得意の笑顔に変わった。え、急に危険信号。
「うちに魔導書を卸してくれるノワールは覚えてるよね」
「そりゃ勿論」
僕の命運を握ってるっぽいお人だし。直ぐに頷いた僕に、魔女様はさらりと仰る。
「ちょっとここ最近、連絡が途絶えてるんだよね。卸しも止まっているし」
「おや、お忙しいのかね」
若いのにナントカって組織の幹部とやらをやってるとかだったハズだし、本を卸すなんていう緊急性低めのお仕事が後回しになっちゃうのは仕方ないよね。僕はそんな感想しか持たなかったんだけど、眞琴さんはやっぱり難しそうな顔のまま。
「それだけなら良いんだけど……ちょっと最近、暴走が酷くなってるという噂も聞くんだ」
「えと、何やら大嫌いな吸血鬼関係、だっけ?」
おもたーい話は基本ノーサンキューだけど、眞琴さんがちらっとそんな事を言ってたのは覚えている。僕が若干腰が引けつつ確認すると、果たして首肯が返ってきた。
「そう。前から吸血鬼が絡むと一切制御が効かなかったんだけど、最近は周辺被害にも全然気を使わなくなってきたとかでね。最近ついに、吸血鬼討伐を専門としている機構に真っ向から喧嘩を売ったらしくてさ」
「……本末転倒?」
敵の敵は味方なのでは、と首を傾げる僕に、魔女様は苦笑した。
「獲物の横取りをされたくないんじゃないかな。気持ちは分からなくないけど、敵を作りすぎている。いくらあちこちでやらかして評判の悪い魔法士協会といえど、流石に超えてはならない一線というのはあるからなあ」
「あるんだ」
「一般人の大量虐殺とか、仲間の魔法士を殺してしまうとかね」
「ひえ」
超怖い例えがサラッと出て来て戦く僕に、眞琴さんは肩をすくめた。
「考えてもみなよ、あのノワールだよ? 普通に魔術を使ったって、余波で人くらい簡単に殺せるでしょう」
「まあ、うん、そうだろーね……」
あのちょっと人間やめた魔力量なら、テキトーに魔術使うだけでも大惨事だ。というか、起こさない方が難しいまである気がする。
「普段はそれを器用に範囲や攻撃対象を指定して敵だけに当てているんだよ」
「わお、わけわかんないけど、すっごいね」
飾り気のない感想がツルッと出た僕に微苦笑し、眞琴さんは肩をすくめた。
「うん、あの歳で協会幹部になるわけだ。ただ、流石に魔法陣もかなり細かくなるわけで、かなり理性的に魔術を使わないとだろう? 最近の行動はちょっと理性が飛んでるみたいだから、ね」
「……うちの街で暴走しないことを祈るばかりです」
あんなのに巻き込まれたら絶対死ねる。思わず真剣に拝む僕に、眞琴さんはふっと苦笑した。
「確かに、それは勘弁して欲しいな。……しかも、ここ数週間は協会の方でも居場所が分からないらしい。また物騒な魔術の研究でもしてるだけかもしれないけど、ちょっと心配だよね」
「わあ……」
なんか、こう。僕はなんて人に目を付けられてるんだろね……。
言葉もなく震えた僕はそこで、ん? と首を傾げる。
「……居場所不明? そんなことある?」
魔術師の駆け出しとして、拠点がわかってて居場所が不明ってのはよく分からない。そもそも前に聞いた話では、ノワールの所属する組織は所在の確認には神経質だったはずだし。
僕の疑問に、果たして真琴さんは首を縦に振って肯定する。
「そうなんだよね。おそらく拠点にいるだろうって話ではあるらしいんだけど、どうも連絡が取れないみたいだ。それもあって協会はピリピリしてて、こっちにまで問い合わせが来たってわけ。こういう時ばっかり図々しいよね、しかも無駄に偉そうだし」
「ええ……」
サラッと毒を吐いた魔女様にむしろ慄きつつ、僕はもう一つ怖いことに気づく。
「いやあの、眞琴さん。これでもし、本人が怪我してて連絡できない状態だったとかそーゆー話なら、あのノワールに怪我させられるような怪物が別にいるってこと……?」
恐る恐る聞いてみると、魔女様は少し動きを止めてから、苦笑する。
「ノワールが連絡を取れないほどの怪我、か……ちょっと想像出来ないなあ……。でも、絶対にあり得ないとは言えない。確率としてはものすごく低いけど」
「可能性ゼロ、じゃあないんだねえ……」
魔術の世界、マジでおっかない。今更ながらに再実感してしまった僕であった。
魔女「いや、まさか……ね」
涼平「?」




