*閑話* 久々の帰省は強制連行
学祭も終わり、大学はフレッシュな気配漂わせていた1年生もすっかり大学に染まり切り、ぜつみょーにダラけかけたあたりで試験期間に突入、そんな7月。僕にとっては、トラブルと共にいらん事実を突きつけられてから約1ヶ月。
この一月、僕の携帯には鬼のよーに着信とかSMSとかメールとか着信とか、まーとにかく凄かった。もちろん先日また連絡しますねーって言ってた怜君はもちろん、一人暮らししてからほとんど連絡してこなかった両親たちまで鬼電。いや全く、モテるなら素敵な女の人がいいんだってば。
で、僕がとった対応といえば、無視一択だ。
だって、どー考えても面倒ごとだもん。チビ達の件に至ってはもはや誤魔化しよーがないというか、アウトでしかない。とりあえずうまい言い訳が思いつくくらいまで、できればこのまま夏休みに突入して逃げきれないかなーなんて、思ってたんだけども。
「おはようございます、涼平さん」
「……おはよー怜君」
試験もほぼほぼ終わった、さる土曜日。僕は講義は平日だけで組む派なので、今日は完全フリーデイだ。加えて月一度の『知識屋』休業日が被ったので、貴重で楽しい二連休。さーてバイクでもかっ飛ばして気晴らししよっかな、最近あんまし構えてないチビ達に捕まっちゃうかも、なーんてあくびまじりにアパートの階段を降りた、んだけど。
やっとこさ姿を見せる朝日を背景ににっこり笑った美少女、もとい美少女顔負けの怜君にバッチリ出待ちを食らってしまった。なんと、お高そうな車と運転手付きである。
……しまった、夜明け前に出るべきだったか。
「昨夜から車で待機させていたのですが、案外健康的な生活ですね」
「ええ……」
なんで家の権力フルに使って待ち伏せてるの、ちょー怖い。しかもよく考えたら、僕の住所はなんでバレてるんでしょ。
「……えと、ごめんね怜君、僕ちょっと野暮用が」
「ご両親からの再三の連絡よりもなお優先されるご用事ですか?」
「んーそれはほら、試験で忙しかったからね。バイトもあるし」
「あなたの『バイト』先、今日はお休みですよね?」
(おっとこれはバイトじゃなくて店員なのもバレてるな?)
ニコニコしながら大学生の僕を追い詰めにくる中学生。やだなあもう、最近おっかない子供ばっかり関わるじゃないか。
「あはは……いやほら、ちょっと臨時で友人の助っ人に」
「涼平さん」
ジリジリと逃げ場を探る僕に、怜君はひとこと。
「なんでしたら、「家」を通してのご連絡でも僕は構いませんよ」
「……行きます」
しれっと眞琴さんに直通で呼び出しかけるぞ、と脅された僕に選択肢はなかった。
***
往生際悪く「僕バイクで行ってもいーい?」と言ったのは却下され、車に乗り込み向かった先はというと。
「こんにちは。お邪魔させてもらいます」
「ようこそいらっしゃいました。……涼平、おかえりなさい」
「父さん、ただいまーっと」
まあ予想通り、懐かしの我が実家だった。顔出すの入学以来じゃないだろうか。
「……母さんも奥で待っている、上がりなさい」
「はいはーい」
僕のゆるい返事にちょっとしかめ面になりつつ、お父上が無言で奥に向かった。うーん、既に自分のボロアパートに帰りたくなってきたな。
靴を脱いで適当に揃えてから廊下を進む。結構しっかりとした一軒家の我が家は、なんというか、建売住宅そのまんまな四角四面ぶりだ。間取りもインテリアも、お堅く無難にまとまっている。
いや、これはこれでありだよ。安定感というか、きっちり整ったくつろぎ空間というか。各部屋が各部屋に求められている役割をしっかりきっちりこなしている、そんな感じ。色合いも落ち着いてて、誰が見ても安定した印象を持つ感じにまとめてある。理想のお家って思う人もたくさんいると思う。
「ようこそいらっしゃいました。……涼平さんも、おかえりなさい」
「お邪魔しています」
「はいはい、ただいまー。母さんも元気そうで何より」
きちっと首元の詰まったシャツに膝下のスカート。いつでもお客様を迎えられる体勢で、実際にこんな朝っぱらから本家のお客様にも丁寧に対応して。
うむ、相変わらず、とてもしっかりしたお家だ。なぜか僕の実家でもあるんだけども。
応接間のソファの上座は怜君に、僕は適当に座る。両親も姿勢正しく向かいのソファに座った。
(あー……チビ達と床でゴロゴロしたい)
とても口に出せないことをこそりと考えつつ、僕はにこやかーなまましらっと座っていた。
「……この度は、我が家の事情でご迷惑をおかけして大変申し訳ない」
「いいえ。元は僕からの相談ですから」
開口一番深々と頭を下げるお父上に、怜君が当然のように笑顔で応じる。大の男に頭を下げられても平然とできるの、ホントすごい。
「差し支えなければ、僕から涼平さんにお話をしても?」
「お手数をおかけいたします」
と、怜君と両親の顔が同時に僕の方を向く。あのまま3人で話進めてくれないかなーとかちょっぴり期待してたけど、まあそんなわけないよね。
「さて、涼平さん」
「はいはいなーに?」
へらりと笑うと、両親がまなじりを吊り上げた。
「涼平、そのような口の利き方を」
「ああ、それは別に構いませんよ。僕と涼平さんの仲ですし。ね?」
「そーだねえ、一緒に学祭回った仲だもんね」
「……その節はお世話になりました」
とりあえずカード一枚引き抜くと、怜君の勢いがちょっとだけ削られた。よし、これは上手く使っていこう。
こほんと咳払いを一つしてから、怜君は気を取り直して続ける。
「その際に見たことについて、少しばかり聞きたいことがありまして」
「んーなんだろ」
「吉祥寺の次期当主と、一体どちらで面識を持たれたんですか」
……おお。まさかド直球で来るとは。
もう少し変化球とか腹の探り合いとか、その辺から行くかなーって思ってたからちょっと予想外。
(ああでも、そっか)
中学生なのだ。どこぞの魔術どっぷりの中坊と違って、術者というのは真っ直ぐというか、神様に顔向けしづらいことは絶対に出来ない堅物ばっかりだ。搦手とかそーゆーのは忌避してる、のかもしれない。その割に色々面倒くさいことめちゃくちゃやってるっぽいけど、まあ、うん、僕はよく知らない。知らないったら知らない。
……まあともあれ。今目の前にいる怜君がそーゆー面倒くささをポイ捨てして、直球勝負をしてくれたのには変わりなく──僕にとってはありがたい。
「次期当主?」
はて、と首を傾げて僕はすっとぼけた。
「そんなご立派な方とお知り合いになるよな心当たりは、ないかなあ」
「……涼平さん」
怜君が笑顔のまま少し目を細める。僕はひらひらと手を振ってみせた。
「だってホラ、僕ってそれなりにちゃんと真面目に大学生してるし? 講義にレポートに試験にと忙しい傍ら、大学生らしく遊んだりもしてるけどさ。キャンパスライフ満喫中ですよ?」
「遊ぶお金はどうしているんですか?」
「んーそりゃお父様からいただいている仕送りのやりくりと、あとはバイトで」
「バイト、ですか」
「そりゃあ大学生だもの、バイトくらいしますとも」
少し空気がピリついた。この辺で勘弁してくれないかなー……って無理か。むしろこっからが本番だ。
「どのような?」
「んー、接客業が多いかな。居酒屋の深夜帯とかけっこー割りがいいんだよね。あとはイベントスタッフとかそーゆースポットバイトかなあ」
嘘は言ってない、大学入ってしばらくはその辺を回してたから。あとスポットバイトはこの間福茂の代打で入った──なんであいつはスポットバイトなのに日程調整ミスるんだろね──から、多分怜君も調べたなら出てきたんじゃないかな。
「……なるほど。そういう場で知り合ったんですか?」
「んー? いやまあ、かわいー女の子と連絡先を交換したり、バイトの打ち上げで楽しくお話ししたり、そーゆーことなら幾らか心当たりはあるけども」
そもそもさ、と僕はにこにこしたまま返す。
「僕、吉祥寺の次期当主さんがどなたか、ぶっちゃけ顔もよく知らないんだよね」
「……」
「……」
「……」
部屋に、というか3人分の沈黙が僕にのしかかった。
けど嘘は言ってないよ。いや、ほんとに。
だって、僕が知ってるのはどこぞの偉いおうちの偉い人じゃないからね。ある日突然夜道で人を拉致って問答無用に契約魔術で縛り上げた挙句に、君は今日から私の弟子で魔術師見習いだよ、なんて不審者も真っ青な横暴をかました魔女様なら知ってるけどさ。なんか面倒臭そうなおうちの関係者らしいとは聞いてるけど、それがどんなお家のどんな立場なのか、なーんて、知らないし聞いてない。
推測はあくまで、推測だからね。立証されていない推測は決して事実にならない、魔術師の基本のキだ。
僕が知ってるのは、『知識屋』の魔女様。それだけ。
「……そうですか」
「うん。聞きたかったことってそのこと? ならご心配なくというか、知らないうちにお知り合いになったとしても、大学繋がりなら別に迷惑かけないでしょ」
「涼平」
お父上が口を挟もうとしたが、怜君が片手をあげて止める。
「もう一つ。……学祭で、何か変なことに気づきませんでしたか?」
「というと?」
「……。いえ、思い当たらないならいいです」
ふむ、これは慧くんと一緒に出会したトラブルをこの場で言いたくなかったのかな。チビ達のことは聞きたいけど、そのために触れなきゃならない話題が邪魔ってところか。よし、便乗しとこ。
「そっか。じゃあ僕、そろそろお暇していーい? ちょっと約束があってさ」
「涼平!」
「ごめんよ父さん、もー時間スレスレ。母さんも、また今度ー」
お父上が声を荒げたけど、僕はあえて見ないまま早口に挨拶して立ち上がる。さっさと鞄を手に取って廊下に出ちゃえば、怜君が諦めたように後を追う。
玄関を潜って、しばし押し問答あったけど、押し込まれるように車に乗せられる。送ってくれるらしいので、素直に甘えさせてもらいますか。
しばらくは車の中は重苦しい沈黙だけだったけど、後ちょっとで僕の家ってあたりで、怜君から声をかけられた。
「涼平さん」
「なーに?」
視線は窓に向けたまま答えると、怜君はこれは独り言ですが、と前振りして話し出した。
「……あの人の裏の「肩書き」については、僕たちも把握した上で何も言わないことにしています。そのリスクも承知の上で、あの立場に立つことを容認しているとも言います。ただ、僕たちの立ち位置として、やはり魔術関係者は警戒対象になってしまうんです」
「……」
「だから、もしあなたが」
「怜君」
その続きは言わせず、僕は振り返ってへらりと笑った。
「考えすぎ考えすぎ。言ったでしょ、僕はたまーにバイトやってるだけの、適度に真面目な大学生だよ」
「……」
「僕は君の心配事がよくわかんないし、わかんないから無責任に言うけど、多分だいじょーぶだし、多分なんとかなるんじゃないかな」
というかなってもらわないと困る。いやほんと、チビ達の件抱えてるだけで僕は手一杯だし、それ以上の心配事はほんと勘弁。
既に魔術関連云々は泥沼? ……いざとなったら、引き摺り込んだ魔女様に責任持って助けてもらうということで。いや、というか魔女様その辺はどーゆーつもりなんだろね。絶対聞かないけど。
「……あなたのそういうところ、僕は昔から嫌いで、……羨ましいです」
「そっか」
ま、そうだろうね。だから僕は家を出たんだし。
だからそれだけ言って、僕は停車した車のドアを自分で開けた。
「じゃ、またね怜君」
「はい。お元気で」
困ったように笑う怜君にひらひらと手を触って、僕は車を降りる。僕が振り返る前に、車は滑るように走り出した。なんとなしにそれを見送ってから、ぼんやりと空を見上げる。
太陽はもう結構な高さまで上って、ジリジリと熱を肌に伝えてきた。
「……夏休み、他県の泊まり込みバイトでもしよーかな……」
ちょっと弱々しい独り言は、眩しい青空に溶けて消えた。




