魔女様のもう一つの顔
「さーて、君たち。何か言いたいことはあるかな?」
夜、自宅アパートにて。
僕はチビ達を前にして、いつものおやつを没収してにっこりと笑っていた。
『なんで怒ってるんだよりょーへー!?』
「なんでじゃないでしょーが」
明らかに褒められる気だったドヤ顔をショック顔に変えて、雑鬼たちが抗議の声をあげる。それにピシャリと返して、僕は口をへの字に曲げた。
「どうして君たちが昼日中から人前に出てきてるのかな。しかも攻撃までしてるし。僕知らないよ、君達がおっかない妖認定されちゃっても」
助かったのは本当だけど、チビ達のやらかしはほぼアウト。昼日中に人の多いところにいるだけでもかなりやばいのに、その上で人間を攻撃しちゃったわけだ。もし怪我でもさせてたら問答無用に討伐対象になってしまう。
けれどチビ達はそこでえっへんと一斉に胸を張って反論してきた。
『オレたちもそこまで馬鹿じゃないぞー! ちゃんと転んだ先にたくさん仲間がいて、クッションになったもんな!』
「そーだそーだ! あいつはよくわかんないまま転んだけどなぜか痛くないっていう目にあっただけだぞ!』
いや、うん。……その用意周到さは、是非とも別方面に役立てて欲しいんだってば。
「またみょーな連携技を……それでもダーメ。不気味な事件って調査されたら、君たちなんて一発で見つかっちゃうんだからね」
探索魔術はそこまで難しいものじゃない。僕にでも出来るくらいだ。もちろん対策している魔術師を掻い潜って探索するのは高等技術だけど、こいつらみたいな呑気にその辺でお昼寝してる妖なんてサクッと見つけ出せてしまうし、その先はお察しだ。
だから心配して僕が珍しく真面目にお叱りモードだと言うのに、チビ達は僕の心知らずでぶんむくれた。
『りょーへーが困ってるから助けてやったのに、うらぎりものー!』
『うらぎりものー!』
「だーかーら、それが余計にまずいって言ってるんでしょーが。僕を巻き込むんじゃありません」
雑鬼たちが僕を助けてくれようとしたのは分かってるし、善意自体は嬉しくもあるんだよ。あるんだけど、むしろ僕を追い詰めているってことに気づいてほしい。切実に。
……鬼を使って人間を襲わせたと判断されたら、僕まで討伐対象になっちゃうんだってば。本当に勘弁して、またノワールさんに激詰めされたら今度こそ生き残れない。
「僕と一緒にいた子が君達のこと見えてたんだよ。とゆーか声も聞こえてたっぽいから、僕の名前呼ばれたのもバレたんだけど、どうしてくれるのかな?」
にっこりを深めて、ちょっぴり眞琴さん風に怒りを滲ませると、なぜかチビ達は顔を見合わせた。
『それはだいじょーぶじゃないのか? りょーへーの身内だろ?』
『なー』
「大丈夫じゃないよ?」
『え、でも、あの子供って確か、魔女のねーちゃんと同じで、おっかない奴らの中でも偉い人だよな?』
「…………」
『だからちゃんと、オレらが悪い妖じゃないって分かってるはずだぞー』
『そうだぞー、助けてやったおん? もあるしな!』
「……なんでそんなとこだけ悪知恵働かせるかな……ああもう……」
しれっと怜君の正体がバレた上で付け込んで悪さをしていたという、まあまあ頭の痛い事実も事実ながら、呑気な声で突きつけられた事実に僕は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
『りょーへー、どうしたー?』
『頭でも痛いのかー?』
「君達のせいだからね本当に……いや正確には違うけど……」
ブツクサ言いながら、僕はスマホを取り出してSMSアプリを立ち上げた。学祭で逸れた時用にと入れておいた連絡先へと、簡単に文章を送る。
『今日はとんだ学祭にしちゃってごめんよ。慧君は少しは落ち着いた?』
ちょっと時間が遅かったかなと送ってから気づいたけど、怜君はまあまあ夜更かしさんだったようで、少しして返信が返ってきた。
『ありがとうございます。もう大分落ち着きました。こちらこそご迷惑をおかけしました』
『それは何より。迷惑じゃないって言ったでしょ。それじゃ、慧君にもお大事にと伝えてね』
『ありがとうございます。……吉祥寺の件については、またご連絡しますね。では』
(……うん。これは、バレてるな)
ということは、僕の推測もほぼほぼ当たってるわけで。
「あーあーあーあー……」
思わずしゃがんだまま、ガシガシと髪の毛を引っ掻き回した。
スマホの画面をチラッと見る。既読スルーしてしまった連絡先は、「嘉上 怜」。
嘉上、という家は地元の名士ってやつだ。もっとぶっちゃけると、この街の不思議関連担当のお家だったりもする。術を扱い外からくる魔術師の対応や人を攻撃する妖退治を担当する術者一族ともいう。
で、怜君はそのお家の後継ぎなのだ。めちゃくちゃお坊ちゃんな彼が学祭に慧君と二人きりだった上にお迎えを呼ぶのも躊躇ったのは……うん? 待ってあの子抜け出してたな?
ま、まあそれはもしもの時の交渉カードにしよう。
で、はとこである僕も一応は分家の一員ってことにはなる。しかもうっかり長男でもあるので、チビ達が見える僕にはそれなりに期待が向けられてた。
けど、僕は本当にそーゆーの向かないんだよ。厳格に古い家らしくあろうとする空気も性に合わなくて、大学進学を口実にしれっと家を出てきたのだ。怜君が次の嘉上当主候補っていうのはほぼ決まりぽかったのに、年上の僕にも若干期待が残されてたりで、諸々ややこしいことになりそーだったから逃げたとも言う。
……逃げた、んだけどなあ。
「ヒントはあったけどさあ……よりによってさあ……」
『りょーへー、だいじょーぶかー?』
「ぜんっぜん、大丈夫じゃないんだよねえ……」
吉祥寺。
怜君は、眞琴さんを指してそう呼んだ。
吉祥寺もまた術者一族、というか、嘉上とはちょっと毛色は違うけど同じよな事をしてる一族で、どっちかとゆーと吉祥寺の方が偉い……もっと言ってしまえば、この街の術者一族の取りまとめ役だった気がする。細かくは忘れたし思い出したくない。
……前に眞琴さんが梗平くんの話をする時に「魔術が嫌いで術が大好きな旧体勢然を愛してる」と言った時にもチラッと嫌な予感はしたし、魔女様の実力を考えるとさらに嫌な予感はあったんだけども、まあそれだったら僕なんか捕まえようとしないよね、と深く考えないようにしてた。
(で、チビ達曰く、眞琴さんと怜くんの立場は「同じ」ときた)
これはつまり。
眞琴さんは吉祥寺の次期当主様でもいらっしゃると、そういうことだよね。
「うああー……もーどうすんのこれ……」
なんでそんな忙しい上に偉い立場の人が本屋さんなんてやってんのとか、ツッコミ入れたいけど入れるわけにはいかない。絶対に藪蛇が出てくる。
というか。
もっと言えば梗平くんの件も吉祥寺家のお家騒動じゃないのとか、もっともっと言えば僕を魔術師の道に拉致ってたり鬼遣いでもある僕の問題諸々を魔女様が担当していること自体が嘉上と吉祥寺の関係性的に大丈夫なのとか、藪蛇どころじゃない地雷が山ほどある。
「いやまじで、勘弁しろよ……」
流石の僕でもグチくらい溢れるよこれ。どーしてくれよう。
こういう、めんどーなことから逃げて、のんびり適度に真面目なお気楽ライフを送るはずだったのに……!
『りょーへーがなんか変だぞー?』
「変にもなるさ……どうしてこうなっちゃうかな、もう……」
その日僕は大変珍しく、一晩丸っと悩みに悩んで、チビ達を追い返すのも忘れたまま眠れない夜を過ごす羽目になったのだった。




