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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第4巻
55/80

「こちら側」

「それよりも……。嘉瀬君、さっきの子と知り合いなの?」

 久慈さんの声が一段低くなった。目を向けると、微妙に強張った顔をしている。

「……まあ、ちょっとした?」

「ほー。綺麗な姉ちゃんだったし、前にナンパしたとかやろ」

「違う違う、そういうのじゃないからね。いやまじで」

 その誤解は恐ろしすぎるのでやめてほしい。食い気味に否定したら、福茂が軽くのけぞった。

「なんや、嘉瀬らしくもない。好みっぽい顔してたやないか」

「だーから、そうじゃなくて──」


「──やめておいた方が良いわ」


「へ?」

 ついつい福茂にツッコミを入れてしまい逸れていた意識を戻すと、久慈さんはみょーに真剣な顔で僕を見ていた。

「あの子、私知ってる。小学校が同じだったの」

「あれ? 月菜ちゃんって紅晴出身だったっけ〜?」

 小海さんが驚きの声をあげる。久慈さんは小さく肩をすくめた。

「父の仕事の関係で小学校の間だけね。大学で久々に戻ってきたのよ」

「そうだったんだ〜」

 簡潔な説明に小海さんが小刻みに頷く。その小動物っぽい仕草に、久慈さんは少しまなじりを緩めたけど、変わらず真剣な声で続けた。

「それで、あの子とも一度同じクラスになったのよ……短い間だったけど」

「短い間?」

「転校したの」

 短く言葉を区切って、久慈さんは少し迷うように間をおいてから続ける。

「なんというか、ちょっと変わった子でね。……あまり私たちと遊んだり話したりすることもなくて、一人で何もないところを見て独り言を言って、笑うの。子供って正直よね、なんとなく不気味だなって、ほとんどの子が遠巻きにしてた。でも一人だけ仲のいい子がいたの──ある日、消えるまでは」

「……消えるって」

「文字通り、ふっと消息が途絶えたの……帰り道で、あの子と別れてから」

「……」

 いきなりの剣呑な話に、息を呑む音が重なった。

「当然大人たちが総出で探して、誘拐も疑われて警察まで動いたけど、最後まで足取り一つ追えなかったんですって」

「……でも、それだけじゃ」

「分かってる。それだけであの子を疑うなんてしちゃダメよ。私もそう思ったし、あの子も手を振って別れてからのことは分からない、って大人たちに説明していた。誰もそれは疑っていなかった」

 そう言いながらも、久慈さんの顔色は暗い。ひとつ唾を飲み込んで、続けた。

「でも……あの子。学校で、消えた子と仲が良かったクラスメイトに問い詰められてね。そしたら、こう言ったのよ」


『おともだちにつれていかれちゃったみたいだね』


「って。……それでそのあと間も無くして、転校したわ」

 空気が一気に重くなる傍ら、僕は顔が引き攣りそうになるのを必死で堪えていた。

(ああー……眞琴さん、引き寄せるタイプだったのね……)

 どうやら、見える人あるあるの事件が起きちゃった模様。眞琴さんにそんな時期があったというのはちょいと意外だけども。

 妖や幽霊って、見える人に集まってくるんだよね。というか、見えない人間に害をなせるほど力のある妖って滅多にいない。だからこそ、見える人にはこぞって襲い掛かろうとする。昔は僕もよく狙われては、チビ達に逃げろと言われて助かったものだ。


 それだけでも相当迷惑なんだけど、さらに大迷惑なのは、そういう見える人の側にいる、見えない人にまでちょっかい出しちゃうパターンだ。


 どういう原理かはいまだによくわかんないんだけど──そういやこの辺はあんまり眞琴さんから教わってないよーな──、見える人の仲良しさんもまた狙われやすい。しかも狙われてる間に見えるようになっちゃったりすると、こうやって失踪事件となる。……しかも神隠しに遭っているか食べられちゃったかの二択で、ほんとーに後味が悪い。

 眞琴さんの当時の発言からすると、神隠しに遭っちゃったんだと思う。まだ子供時代の眞琴さんはちょっと迂闊なこと口走っちゃった感じかな。


 ……悪いのは妖だけなんだけど、ね。


「……だから、やめておいた方が良いと思う。酷いこと言ってるんだけど」

 なんとも嫌な話、現実的な解決方法としては久慈さんが正しいんだよねえ……。

 それを口にした久慈さんは、ひじょーにバツの悪そうな様子。福茂も小海さんも怪訝そうな顔をしながら、久慈さんのことは責めない。彼らも紅晴で暮らして、うっすら気付いてるからだろう。


 ──この街にはちょっと不思議なことがあって、それには不用意に手を出してはいけないのだ、と。


 好奇心のままに首を突っ込もうとしないくらいには、彼らはもう大人だ。だからこそ久慈さんも、躊躇いながらも距離を置くことを選んだし、僕にも忠告しているんだと思う。


 けど。


「あはは。だいじょーぶだいじょーぶ」

 僕はヘラッと笑った。

「そーゆー関係ってわけじゃないのは、さっき言ったとーりだよ。それなりに知り合いだけど、特に問題なし、平穏無事に暮らしてますとも」


 すでに僕は、不本意ながら「そちら側」の住人だ。両足どっぷり突っ込んでで、それでも無難に生きていく為の知識を溜め込みつつある、魔術師見習い。

 その程度の危険から身を守る方法は、僕はもう「知っている」。


「でも……」

「とはいえ、一応頭に入れとくよ。ありがとね」

 やんわりと線を引いた僕の姿勢に、久慈さんも何かを感じたらしい。「ごめんね」と呟いて、口を噤んだ。

(うん、まあ、謝るのは僕なんだよねえ……)

 ここで何言っても墓穴なので笑って誤魔化す僕を許して。いやホント、僕も同類だったんだよねーとかこの場で言えないから。

 なんとなくぎこちない空気になっちゃったまま、僕たちは解散することになった。



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